「さて、この死体どうしようか」
私はごるびんの死体を背負って寮まで帰って来た。こいつが3000エンだなんて流石に安すぎると思い、買い取りは断って一旦帰る事にしたのだ。カエルだけに。
「うん。持ち帰ったはいいけどさ、コレどうするんだい?」
「食べる?」
「やめとけ」
一つ目の案はドナベさんに秒で却下された。
「太ったおっさんの見た目をしたカエルって、絶対毒とかあるよ」
「それ、ドナベさんのゲーム攻略情報?」
「いや、そんな情報は無いけど、無いからこそ食べちゃ駄目だ。知らないリスクを取るのは避けるべき。僕は結構君に無茶をさせてきたけど、それはリターンがあるという根拠が有ってこそだよ」
ドナベさんは着ているパーカーと同じぐらい顔を青くしながら食べるなと主張する。同居人がそう言うのなら仕方無い。これは無しだ。
「分かったよ、それじゃ、食べる以外の案をドナベさんが出してよ。いつもみたいに」
「えっ?いやその…、高値で売って終わりの予定だったのでゴニョゴニョ」
今夜のドナベさんは絶不調。どうやら、彼女は本当に人や人っぽい者の死が怖くて、頭が回らない状態の様だ。
「ドナベさんお疲れみたいだし、今日は土鍋の中でゆっくり寝ていてよ。コレの処分は私が考えておくから」
「うん。休ませて貰うよ」
私はドナベさんが湯気の様になりながら土鍋へ入って行くのを確認すると、部屋の床に干し草を敷き、その上にごるびんの死体を乗せ、更にその上に干し草を重ねた。
「これで少しでも腐るのを遅らせれば良いんだけど。塩も撒いておくか」
ダメ元で塩を上から掛け、私も明日に備えて眠りに着く。どうか、あんまり腐っていませんようにと祈りながら。
翌日、私はベッドから飛び上がると、干し草の中に頭を突っ込んで臭いを確認した。
クンクン。
「思ったより臭く無い!ドナベさん、起きてー!」
土鍋の蓋を取りドナベさんを起こす。
「ふぁー、何だい」
「死体の保存が成功してるから見て欲しいの!ほら、嗅いでみて!」
昨日に比べ大分顔色の良くなったドナベさんに安心しつつ、私は干し草にドナベさんの顔を突っ込ませる。
クンクン。
「本当だ、思ったより臭く無い」
「でしょ?これなら、まだ買い取って貰えそうだよね。私、ベッドの中で考えたんだけど、ギルドに直接売る以外に、ごるびんを欲しがっている人を私達で見つけて売る方法もあるかなって思ったんだ」
「良いんじゃない?試す価値はあると思うよ」
ドナベさんからも快くオッケーを貰った私は、まずは朝一でギルドへ向かう。ダンジョンの取引を個人間でやって良いものか確認する為だ。
「お姉さーん、昨日のごるびんなんだけど、私が直接買い手を探して売るのって出来ないかな?」
「良いけど、あなた買い手の心当たりはあるの?」
「全くありません!」
「ならオススメ出来ないわねぇ。ピンポイントで今、ごるびんの素材が欲しいなんて人見つからないでしょうし、見つかる頃には劣化しまくって売り物にならないでしょ」
「つまり、個人間での取引自体は許されてるんですね?」
私はお姉さんに確認を取り、先程書き終えた依頼書を手渡す。
【レアモンスター、ゴールデンガマおやびん買い取り希望】
必要ランク:無し
報酬:ごるびんの死体丸ごと一体
業務内容:ごるびんの死体を買い取ってくれる方を探しています!現在死後二日目で多少臭いますが状態は悪くないと思います。金銭若しくはアイテムとの交換で、5000エン前後での取引を希望します。
「お姉さん、この依頼を貼り出しお願いします!はい、これ登録料」
昨日の依頼で貰った500エン銀貨をお姉さんに渡すと、諦めた顔をして依頼書と銀貨を受け取ってくれな。
「まあ、何事も経験ね。今日一日だけ貼り出してあげるわ」
「やったー!」
果たして、この募集に乗っかってくれる人は居るのか!?私はいつ買い取りしてくれる人が来ても良い様に、ギルド内の酒場でミルクと水を飲みながら待ち続けた。そして、日が沈んだ頃、一人の学生が私に話し掛けてきた。
「ごるびんの死体を売ってくれるというのは、貴女ですか?」
「え、嘘!?買う人来た!嬉しい!はい、私がごるびんの依頼をしたカトリーヌン・ライスで…、リー君!?」
声に振り返り顔を確認すると、それは理系攻略対象のリー君だった。
「驚きましたよ。学校の帰りに寄ってみれば、貴女が依頼を出していて、しかも希少モンスターの取引なんてしている」
「ふふーん、見直した?私の事、見直した?」
「ええ、どうやら僕が考えていた以上だったとデータを修正せねばなりませんね。それで、ごるびんの現物は?」
私は、干し草で包んだ死体の所までリー君を案内すると、彼は干し草の中へ顔を突っ込んだ。
クンクン。
「思ったより臭くないですね。干し草の糖分と、振りかけられた塩が良い働きをしています」
「ナマモノは砂糖や塩に漬ければ長持ちするからね。おっかさんから学んたんだ」
リー君は再度ごるびんに顔を近付け、今度はお腹を擦ったり足を触ったりして感触を確かめる。
「うん、これなら10000エンで買い取りますよ」
「いいの?5000で想定してたんだけど」
「この死体にはそれだけの価値があると僕が判断したからです。上乗せした分は、僕からの依頼達成のお祝いとでも思って下さい」
「そーゆー事なら毎度あり!それじゃ、ごるびんは私がリー君の家まで運ぼうか?コレ、80キロぐらいあるし」
「いえ、ご心配なく。欲しい部分だけ切り取って持ち帰りますので」
そう言うと、リー君はナイフを取り出してごるびんのお腹に突き立てると十字に切り裂いた。腐りかけていたごるびんのお腹は簡単に裂けていき、内蔵が露わになる。リー君は内蔵の中へ手を突っ込むと、胃袋と思われる物体を取り出し、今度はそれを切り裂いた。
ジャリンジャリン。
腐敗した胃液に混ざり、小さく薄い金属板が何枚も床に落ちる。
「思った通りです」
リー君は金属板を全て回収すると笑みを浮かべた。
「リー君、それ何?何でごるびんのお腹から金属が出てきたの?」
「これは古代貨幣です。ゴールデンガマおやびんは寝て食べてまた寝る生活を繰り返す長命の魔物ですからね。こうして昔の人間の所持品を飲み込んでいる事があるのです。僕はこれが目当てで買い取ったのですよ」
「えっ?それじゃあ、その昔のお金って、ごるびんより価値あるの?」
「ざっと合計で20万エンになりますね」
それってつまり、私は20万の価値がある物を一万ぽっちで売っちゃったって事になるの?私がとんでも無いミスをしてしまった事に気付き、頭を抱えていると、満面の笑みを浮かべたリー君が私の肩に手をポンと置いた。
「助かりましたよ。貴女が僕が考えていた以上に間抜けで本当に助かりました。おかげで良い取引が出来ました。今後こんな事が無いように、鑑定眼を磨くか、信頼出来る仲間を作る事をお勧めしますよ。では、貴女の休学が終わったらまた会いましょう」
リー君が去っていく中、私は頭をフル回転させて、今回私が取る事が出来た選択とその結果について考えた。
・ごるびんを即座にギルドに売る→3000エンゲット
・ごるびんを自宅で食べる為に解体する→20万エンの価値の古代貨幣ゲット
・ごるびんを自分で売買する→20万エンを損した事実ゲット
「損したー!むっちゃ損したー!」
私は唇を噛み締めて悔しがった。
「落ち着くんだ雑炊。ギルドに売るよりも6500エン儲かったし、内蔵の無いごるびんも手元に残っている。後、攻略対象との会話イベントも進んだ。君の判断は大正解だよ…ぷぷっ」
ドナベさんが私を慰めるが、彼女の顔はリー君と同じ様に私を馬鹿にする笑みを浮かべていた。
「ドナベさん、さてはテメー、古代貨幣の事知っていたな!」
「うん、知ってた。ごるびんから超低確率で取れるドロップアイテムだったから、もしやって思っていた。昨日は色々あって言い出せ無かったけど」
「だったら、今日言えやー!」
私は土鍋をごるびんのお腹に突っ込んだ後、傷口を縫い合わせて寮まで運んだ。帰宅中ずっと、ごるびんの中から臭い臭いと悲鳴がしていたが聞こえないフリをした。