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第十九話【ボーナスタイムは己の手で引き寄せる模様】

 受付のお姉さんに連れられて初心者向けのダンジョンに来た私は、入り口でスタンプ帳と笛を渡された。

「ここから時計回りにぐるっと一周して、三つのチェックポイントで待機している冒険者さんにスタンプ貰って入り口に帰って来てね。もし、魔物を見つけたら、直ぐこの笛を吹いて魔物から反対側へ逃げるようにしてね」

「はーい」

 受付のお姉さんと別れ、ダンジョンの最初の曲がり角まで歩く。道は左右に別れていて、時計回りに歩けって依頼内容に従うなら左向きに進まなきゃならない。

「雑炊、ここを右だ」

「分かってるよ」

 私はドナベさんと打ち合わせた通り、わざと間違えてルートを逆走した。この仕事、正確のルートを真面目に歩き続ければ何事よ無く終了し、500エンと僅かなキルド貢献の実績を得て一日終了となる。しかし、ルートを間違えた上でやってはいけない行為を繰り返すと、休眠中の強敵に襲われ最悪死亡、良くて依頼失敗扱いとなる。今回私がやろうとしているのは、意図的な失敗で魔物を呼び寄せて稼ぐという手段だ。

「ストップ。この部屋だ」

 逆走して辿り着いたのは、このフロアに三箇所ある全てのチェックポイントから最も遠い小部屋。ここに一定時間留まっていると、隠れて眠っている強敵を起こしてしまい戦闘となる。

「雑炊、あそこの壁だけ色が違うのは分かる?」

「うん。あそこから魔物が湧いてくるんだよね?」

 私とドナベさんが見つめる壁の先は隠し通路になっていて、この奥に強い魔物が居るとの事。これを倒せば報酬たんまり、受付お姉さんからの評価も大幅上昇。ルート外れた事も有耶無耶になり、得しか無い。

「じゃあやるよ」

 私は色違いの壁に向かい、ダッシュで体当たりを繰り返す。

「どすこーい!どすこーい!」

 ぶつかる度に跳ね返されるが、ドナベさんの言葉を信じて体当たりを続ける。二十回程突撃すると、壁がガラッと横に開き、人間の様に二足歩行をする黄金色のカエル型魔物が眠そうな顔をして様子を見に来た。

「ふわぁ〜、一体何事だガマ〜」

 このダンジョンの隠しボスモンスター、ゴールデンガマおやびん、略してごるびんだ。

 本当に出た。今回のドナベさんの情報は紛れもない本物だ。

「ん〜、お前らが煩い音を出して、ガマを休眠から起こしたんガマ?」

「雷の精霊よ、我が前の敵を撃ち払う為、一時その力を貸し給え。エレキバンド!」

 私はごるびんの問い掛けを無視して、完全詠唱の補助魔法を自身に付与する。右手に痺れる感覚が走ると共に血流が良くなり腕力が上がったのを感じる。

「お〜い、そこの人間。話を聞くガマ。正直に言ったら苦しまなくて済むように、丸呑みにしてあげるガマ」

「雷の精霊よ、我が手に武器を与え給え。サンダーウェポン!」

 ごるびんは徐々に不機嫌になり、こちらを威圧しながら睨み付けてくる。私は、額に汗を浮かばせながら、ニつ目の補助魔法を右手に掛ける。これで、腕力アップと属性付与が終わった。後はタイミングを合わせるだけ。

「まあ、何を言ってもとうせお前はガマに食われて死ぬのガマ〜!」

 ごるびんの舌が鞭の様に伸び、私の顔面へ迫る。触手先輩に比べると細いが遥かに速い。例え来るのが分かっていても、これにタイミングを合わせるのは今の私ではムリだっただろう。

「今っ!」

「ライトニングナッコウ!」

 私は、自分の目には頼らず、ドナベさんの合図に従い、ごるびんの舌にカウンターを合わせる。

「ガマァ!」

 私を迷子になった初心者だと思い込んで舐めまくっていたごるびんは、思わぬ反撃に遭いその場に倒れ込む。そして、そのまま後ずさりを始めた。

「今日の所はこのぐらいで許してやるガマ」

「逃がすかボケぇ!」

 隠し通路へ帰ろうと背を向けるごるびんの舌を掴み、電撃を流し続ける。

「ガマアア!!」

 全身が焦げ、両目を白濁させたごるびんはぴくりとも動かない。死んだ。私がこの手で殺したのだ。正直、めっちゃ嬉しい。

「やったあ!格上殺し成功!」

 ブピピピピピ!

「あっ、緊張が解けてオナラがいっぱい出ちゃった!わーい、勝った勝った勝ちましたー!天国のおっかさん見てるー?」

「…おめでとう、雑炊。でも、浮かれすぎだよ」

 私が喜びの舞を踊っている中、ドナベさんは苦い顔をしていた。

「ドナベさん、この大勝利に何か文句あるの?作戦が全部上手く行ったんだよ?ドナベさんの読みが完璧で、私が指示通り動けたのって今回が初めてじゃない!もっと喜ぼうよ」

「その事は喜ばしいのだけどね、雑炊は彼を殺した事についてどう思ってるの?」

 勝利に水を差す様なは質問をしてくるドナベさんに対し、私は少しムカッときた。

「殺れって言ったのはドナベさんでしょ?一体何が聞きたいの?」

「ごるびんは隠し通路の中でずっと寝ていた。君が起こさなければ、人々を襲う事も無く眠り続けていただろう。それを無理矢理起こして、本調子で無い彼を殺して得た勝利の味はどうだと聞いてるんだ」

「最高の味だよ!魔族は人を殺すんだよ?ドナベさんがここに隠れている奴を教えてくれなかったら、いつか遠い未来でコイツは人を殺していたんだから、私達は正しい事をしたんじゃない」

「う、うん。それはそうだけど」

 ドナベさんは、歯切れの悪い返事ばかりだ。せっかく大勝利したのに、これではお祝いムードに浸れない。

「ねえ、ドナベさん。何か不安な事があるなら言って。ドナベさんが黙っていて損するのは私なんだからね?」

「あ、いや、今回は情報の漏れとかそういうのじゃ無いから、心配しないでくれ。今、僕の気分が優れないのは、僕の個人的な問題なんだ」

「何よそれ。あ、分かった!ドナベさんも緊張してオナラしたくなったんでしょ!私しか聞いてないから我慢しなくて良いよ」

「違うって、君じゃあるまいし。…実はね、僕は他人を殺すのに抵抗があるんだ」

 ドナベさんはオナラを否定した後、小さな声で語り始めた。

「僕の居た世界は、魔物もおらず、戦争とは無縁の平和な場所だったんだ。殺すとか殺されるとかも、ゲームの中だけの話で、だから人や人に近い者を殺すのがどんな事か、こうして体験するまで理解出来なかったんだ」

「あー、それでいざ実際に殺してみて、ごるびんに同情しちゃったって事?」

「我ながら情け無い話さ。ちょっと人に近い奴一人殺しただけでこのザマだ。僕は自分で思う程、有能な指導者では無かったみたいだよ」

 思えば、私がドナベさんの弱音を聞くのはこれが初めてかも知れない。得体の知れない超越者だと思っていたドナベさんが、同じ人間であると感じた私は、俯き震えている彼女を安心させる為に手を取った。

「ドナベさんは情けなくなんて無いよ。誰だって得意な事と苦手な事があるんだし、ドナベさんは誰かが死ぬ戦闘の時は私に任せて、司令塔に専念していてよ」

「慰めのつもりかい?まあ、今日は君に甘えておこうかな」

「それに、私だって触手先輩が死ぬかもって時は、ちょっと焦ったもん。ドナベさんの気持ちは分かるよ」

「フフ、そこはもっと焦っておきなよ」

 魔物と人は決して相容れない。例え人に似た姿で同じ言葉を使おうとも、出会ったからには殺られる前に殺るしかない。そして、殺した魔物は生きていく為の糧となる。皮膚や骨は武器と防具に、内蔵は薬に。今日倒したごるびんは、貴重な素材として以外にも、経験や絆という糧をも私に与えてくれた。私は、ごるびんの事を一生忘れないだろう。

「それじゃ、待機している冒険者さんに怒られる前に順路へ戻ろっか。あ、この死体はどうしよう」

「一旦ここに放置して、ぐるっと回って回収するしか無いね。君がアイテムボックス使えたなら、こんな苦労する必要無いんだけど」

「それは言わないでよー」

 いつもの調子に戻ったドナベさんと共に私は時計回りのルートへ戻り、早足でチェックポイントへ向かう。

「すみませーん、ちょっと道に迷いました!」

「ああ、初心者なら良くある事さ。で、魔物は居なかったよな?」

「はいっ!」

 チェックポイントで待っていたベテラン冒険者達は、特に怪しむ事も無く私の話を信じてスタンプを押してくれた。そして、三箇所のチェックポイントでスタンプを貰い、誰も見ていないのを確認して脇道の小部屋に入って笛を吹く。

「キャアー!こんな場所に魔物がー!なんとか勝てたけど怖かったよぉー!」

 駆けつけた冒険者達に泣き付いて、嘘の状況説明をする。私の得意魔法で殺した事は疑い様の無い事実であり、ごるびんの死体は私の物として認められ、依頼自体も、多少道に迷ったが問題無くこなしたと認められた。


「ごるびんの死体なら、3000エンで買い取るわ」

「ズコー!」

 帰還後、受付のお姉さんからごるびんの買取査定結果を聞き、私は盛大にズッコケた。

「お姉さん、私が新人で学生だからって足元見てない?桁が一つ違うと思うんだけど」

 ドナベさんから聞いた話では、ごるびんの死体は状態が良いものなら五万エン以上になる。

「お姉さん、ごるびんってかなりレアな魔物ですよね?それが3000エンって安すぎませんか?」

「それがねぇ、公爵様がダンジョンをいっぱい見つけてから半年ぐらい後にね、公爵令嬢様が大量のごるびんの死体をギルドに持ってきて値崩れしちゃったのよ」

「ズコー!」

 私はまたコケた。今回は完全に上手く行っていたのに、最後にこんな落とし穴があるなんてー!というか、ドナベさんのゲーム知識とこの世界のズレに悪役令嬢関わりすぎじゃない?ギギギ、ぐやじいー!

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