「はい、これが冒険者カードよ。もし、なくしたらなるべく早くここに伝えに来てね」
ニスを塗った木の板に仮登録と書かれた質素なカード。私にはその安っぽい作りのカードが輝いて見えた。
天国のおっかさん見てますか?私は遂に冒険者への道を歩み始めたのです。
「冒険者になったぁ!わーい!ペロペロペロペロ」
「にしても、この時期に冒険者登録するなんて、変わってるわねぇ〜。何か理由があるの?」
喜びの余り冒険者カードをペロペロ舐めている私に、受付のお姉さんが質問してきた。
「実は私、色々事情があって休学してまして、それで今日登録に来たんですよペロペロ」
「あらそう。だから、こんなに登録が遅くなってしまったのね」
「ペロっ?」
私はカードを舐めるのを止め、お姉さんの言葉の意味を理解しようとする。えーと、私は休学タイムを使って他の生徒より一足早く冒険者登録しに来た。しに来たつもりだった。でも、お姉さんの口ぶりだと、そうじゃないって事になるの?
「あ、あのー、私以外の冒険者学園の生徒って、大体いつ頃に冒険者登録してるんですか?」
「まあ、大体は始業式の日から一週間以内ね。学園が終わってから真っ直ぐここに来れば登録受付時間に間に合うから、新入生の多くは友達と一緒に登録に来るわね。だから、冒険者学園の生徒の殆どは学生冒険者でもあるわ」
「そ、そうなんですか」
「こんな時期に登録に来るのは、あなたみたいに怪我とか病気で休学していた子か、友達が誰も居なくて先生の話も聞かず、冒険者登録を忘れてた子ぐらいよ。まあ、そんな子は大体来年には居なくなってるけれど」
「ありがとうごさいましたっ、失礼しまーす!」
私は、トイレに駆け込み誰も居ないのを確認して土鍋の蓋を開けると、中が出て来たドナベさんの額に冒険者カードの角を突き刺した。
「無駄だよ。僕はお助け妖精だからそんな攻撃は効かない。それで、一体何を怒ってるんだい?」
「な・ん・で・教え無かったんじゃいオラー!もう少しで大恥かく所だったんだよ!」
受付のお姉さんが本当の事を教えてくれなかったら、私は休学開けに冒険者カードを自慢気にクラスメイトに見せつけていただろう。そして、皆からそんなの入学直後に取ってるとカウンター喰らって無知を馬鹿にされていたに違いない。
「一足先に冒険者登録しちゃうもんねって、そう思っていたのに、実際には私以外の皆が先を行っていたんだよね?」
「ああ、そうだよ。君が放課後を走り込みとガリ勉に費やしていた間、モブ生徒達は冒険者登録を終えて、学生でも受けられるチュートリアルクエストを終えている。帰宅路が皆と逆方向でクラスでも孤立していた君は今まで気付かなかったけどね」
「ふざけんな!」
私は土鍋の蓋を軽く持ち上げた後、勢いよく蓋を閉めた。もう一度蓋を開けると、でぅかいタンコブを作ったドナベさんが出て来たが、とーせダメージは無いのだろう。
「痛いなあ」
「そーゆーのがあるのなら、ちゃんと教えてよ!ドナベさん言ったよね?先の展開のネタバレもしてあげるし、効率よく育ててくれるって!あれは嘘だったの!?」
「嘘じゃない。僕が君の冒険者登録をギリギリまで遅れさせたのは、意図してそうした。モブの皆と足並み揃えてチュートリアルクエストをこなすよりも、体力の限界まで走り込んで勉強した方が有利になる」
「それは、そうかも知れないけど…」
「冒険者登録の話なんてしたら、好奇心旺盛な君は喜んでギルドへ行き、その過程でC組の皆と仲良くなれていた。でも、そのやり方じゃあハーレムエンドには届かない」
ドナベさんは自分のやり方こそが唯一だと、言葉を並べる。
「始業式直後の冒険者登録なんて行っていたら、何日もの間、訓練が出来なくなる。対して、今こうして一人で登録に来たら半日で終わったし、ブーンの好感度が上がったサプライズまであっただろ?」
確かに私はこの短期間で強くなれたかも知れない。でも、このやり方で本当に良いのだろうか?
「ドナベさんには強くして貰えた事は感謝してるよ。けれど、これから先も本当に信じていいの?ブーン様が試験に出てきたり、隠しダンジョンが隠れて無かったり、ドナベさんの言う情報とこの世界の情報に食い違いがあるって、私にも分かってきた。だから、二人で話し合って軌道修正を…」
「君の様な勘の良いガキは嫌いだよホンワカパッ波〜!」
あ…、最近喰らって無いから…、油断した…。
(ホワンホワンホワ〜ン)
冒険乙女カトリーヌンをプレイ中の皆様こんにちは!冒険者ギルドの受付お姉さんよぉ~。今日は、ギルドでのクエストの受け方を教えちゃうわね。
ギルドの入り口から真っ直ぐ進んだ壁には、現在募集中のクエストが表示されてるから、その中から受けたいクエストを選んで私の所へ来てね。私が各ダンジョンへ案内するわ。
でも、ここで注意!クエストにはランクがあって、あなたの今の冒険者ランクより高いランクのクエストは受けられないの。自分の受けられるクエストをこなして、真面目に冒険者学園に通えばランクは上がっていくわ。だから、無許可で高難度クエストに挑もうとしちゃ絶対ダメ!お姉さんとの約束よ?
(ホワンホワンホワ〜ン)
「一攫千金ー!」
私はトイレを飛び出し、依頼が貼られた壁へしがみついた。
「チイッ、Fランクの仕事はどれもこれも子供の小遣い並の報酬しか無いね!ドナベさんがここへ来るのを後回しにしたのも頷けるよ!」
「ふふふ、僕の主張を理解して貰えたみたいだね。そう、低ランクのクエストで一日を費やすぐらいなら、校庭と家で体力と知力を鍛えた方がずっと有意義なのさ」
「でも、こーゆー仕事を何度かやらないとランク上がらないんだよね」
学費に寮費に三人分のデート代金に、冒険の為の装備にアイテム、いずれは貴族様の社交界に出る服も必要だし、マナー教室にも通わなきゃならない。何はともあれ、金・カネ・マネー!
「コスバ良くて冒険者ランクアップに繋がる仕事はどれじゃーい!教えて、ドナベさん!」
「今雑炊が右足で踏んづけてる紙に書いてあるやつ」
「これかー!」
私は足を上げて書いてある内容を確認する。
【魔物掃討済みダンジョン見回り】
必要ランク:F
報酬:二時間勤務で500エン
業務内容:初心者向けダンジョンの浅い層を一周し、魔物の討ち漏らしが無いか確認するお仕事です。周回業務に携わっているベテラン冒険者さん達が狩り尽くした後ですので、魔物に出会う危険はほぼありません。学生・初心者・ご年配大歓迎!仮登録者でも受けられるお仕事です。
「安しー!」
あまりの報酬の安さに私のアゴがカクーンと外れた。500エンなんて、この間の外食より安いじゃない!
「ドナベさん、私は自分にとってコスバ良い仕事がしたいの。ギルドにとってコスバ良い仕事はやりたく無いの。いつもの冗談は今はナシでお願い」
「ふふふ、冗談じゃ無いんだなこれが。一見、初心者向けのクエストの一つでしか無いその依頼は、条件次第では隠しダンジョン巡りに次ぐ効率の良い稼ぎになるのさ」
「本当?それなら、締め切られる前にさっさと受けないとね。お姉さーん!これー!」
こうして私は、期待と不安を胸に、初めての仕事へと向かうのだった。