私は今度こそ登録をする為に、書き終えた書類を持って受付のお姉さんの所へ行った。本日三度目の顔合わせである。
「冒険者の登録お願いしまーす」
「はい、それじゃ申請の書類預かるわね。あら、貴女学生さんなのね。だったら、実力を測ってから仮登録になるけど、時間大丈夫かしら?」
「今日は休みなので大丈夫です!」
正確には今日もだけどね。
「それじゃ、模擬戦を行うから、準備が整ったらあそこの試験室に入ってね」
私は試験開始までの待ち時間で、ドナベさんにこれから起こる模擬戦の内容を確認する。
「やっぱ、ギルドと言えば模擬戦だね。脳汁が止まらないよ」
試験を受けるのは私なのに、ドナベさんは妙に嬉しそうだ。
「ドナベさん、楽しそうだね」
「ギルドの模擬戦はクズをぶっ飛ばして、ギャラリーから凄い凄いと褒められ、結果が良ければ本編が一気に有利になるし、とにかく気持ちの良いイベントなんだよ。やり込み要素は皆無だけど、単純に爽快感が作中トップレベルだから僕の好きなイベントなのさ」
「そうなんだ。だったら、攻略のコツとかも特に無いんだね?」
「ああ。対戦相手は悪役令嬢の商会に属するモヒカン頭のチンピラだ。対抗戦の個人戦メンバーよりずっとステータスが低いから、遠慮無くぶん殴ると良いよ」
成る程、ゲームをしている人を楽しませる為に生まれた様な存在があの扉の向こうで待ち構えているのか。
「ドナベさん、そのモヒカンの人って、『ヒャッハーここはおめぇみたいなガキが来る場所じゃないぜー?』とか言うかな?」
「言う。むっちゃ言う。で、負けたら無様に土下座する。他のゲームにも同じ様なテンプレが使われるぐらいスカッとする展開だから、日頃のストレスの発散になると思うよ」
ドナベさんのアドバイスを聞き、緊張のほぐれた私は、意気揚々と試験室へ行き元気一杯に扉を開けた。
「ヒャッハー!こんな試験、三十秒で終わらせてやるぜー!」
「ほう、学園に居る時よりも威勢が良いな」
「ヒャハ?」
部屋で待ち構えていたのは、モヒカンでも無ければチンピラでも無かった。大貴族の風格を纏った金髪の美青年、この乙女ゲームの正ヒーロー、ブーン様が仁王立ちで私を出迎えたのだった。
「生意気な事言って、すんませんでした~!」
ドゲザザザザザ!!
私は試験室に飛び込んだ勢いのまま頭を地面に付き、スライディング土下座をする。ドナベさん、話が違うぞこの野郎!何で、ここにブーン様が居るんだよ!?
「雑炊よ、私がここで試験官をしているのが意外なようだな」
「あ、はい。学園へ行かなくて良いんですか?今日平日なのですけど」
「五年前に公爵様が数多のダンジョンを見つけたのと、公爵家がダンジョン管理から身を引いたのが原因でな、慢性的に人手が足りぬ。それ故たまにこうして手伝いをしているのだ。これも、貴族の義務。無論、学園には休む許可を貰っている」
そー言えば、ついさっき公爵がダンジョン事業を辞めて云々って話を聞いた気がする。それなら、公爵家傘下のチンピラがここで働いて無いのも、事業を引き継いだであろう他の貴族家の人間であるブーン様がここで現れるのも、理屈は通っている。ドナベさん、疑ってゴメン。でも、お前の情報どんどんアテにならなくなってきてるぞ。
「と、言う訳で私がお前の試験を担当する。私は個人的にお前の事は好いてはおらんが、試験は平等に行うから安心するが良い」
「安心出来ません!私、これからブーン様と模擬戦するんですよね?勝てる訳無いじゃないですか、やだー!死ぬー!」
「それはそうだ。そもそも、冒険者登録前の素人が試験官に勝てる訳なかろう」
「ハイ、ソウデスネ」
ドナベさんから聞いていたチンピラ試験官殴り飛ばしてスッキリ爽快イベントに引き擦られ、勝たなきゃいけないと思い込んでいたが、本来の試験官との模擬戦って負けて当たり前のものだよね。
「それで、勝たなくてもいいのなら、模擬戦では何を判定するんですか?」
「ああ、今から説明する。模擬戦はこれを使って行う」
ブーン様は新聞紙を私に渡した。何の変哲も無い、ギルドの待合室とかに置いてある新聞紙だ。
「これを、こうして、こうやって折って、こう」
ブーン様は優雅な手つきで新聞を折っていく。数十秒後、ブーン様の手には、新聞紙で出来た剣が握られていた。
「私はこれを使って戦うから、お前もそこの新聞紙を使って好きな武器を作れ。完成したら、その武器を使って私と五分間打ち合いをして貰うぞ」
「要はチャンバラごっこですね?でも、こういうのって木剣を使ったりしないんですか?」
「怪我したらどうするんだ。新人の得意な戦術と、どの程度動けるかを見る試験なのだから、新聞紙で十分だろう?では、今から十分やるから、それで好きな武器を作ってみろ。どんな風に折っても構わんが、魔法は使うなよ?では、始め!」
私は、新聞紙を手にしたまま考え込む。
「どーしよ、ドナベさん?」
「僕だってこんな展開知らないよ。だけど、ここでブーンと会えたのは予想外の幸運だ。ここで、君の優れた所を見せれば好感度アップ間違い無いよ」
「で、具体的にはどうすれば良いかな?」
「君の得意武器を作れば良いんじゃない?」
私はこれまでの猛特訓を思い返す。中級雷魔法ライトニング、ダッシュ移動、それと五時間以上マラソン出来るスタミナと簡単な調理が私の全てだ。
「詰んだ!武器技能一切育てて無い!助けてドナベさん!」
「君には、ナイフで戦った経験があっただろ」
「それ、自分の手首切っただけのやーつ!この試験では使い物にならないよ!」
考えが纏まらないまま、時間は刻々と過ぎていく。マズイ、せめて何か武器の形にはしないと、この試験に真面目に取り組む姿を見せないとブーン様に更に嫌われてしまう。でも、仮に剣や槍を作ったとして、それでブーン様から一本取れるだろうか?魔法無しで正面からヨーイドンのルールでは絶対無理だ。どんな武器を使っても、模擬戦の始めから終わりまで一方的にしばかれる未来しか見えない。だったらいっそ!
ビリビリビリ!
私は、新聞紙を適当な大きさに千切り、それを次々と丸めて服の中へ詰め込んでいく。
「雑炊、それは何のつもりだ?」
「私はあらゆる武器術に自信がありません。だから、この新聞紙は、こうして服の中へ入れて使います。良いですか?」
「…ああ。この試験は冒険者に必要な発想力を見る目的もある。お前が防具を作り、守りに徹すると言うのなら、それも有りだ」
私は何とか時間内に全ての新聞紙を服の中へ入れ、模擬戦へと挑む。
「ではこれより、五分間の模擬戦を始める」
「はいっ!」
ブーン様は新聞紙ブレードを優雅に構える。
ズバッ!
ただの新聞紙を折って作った剣も彼が持てば由緒正しい聖剣と映った。
ズバッ!ザシュ!
折り方が上手いのか、振り方が上手いのか、新聞紙で作った剣とは思えない痛みが伝わってくる。これが木剣なら斬られた回数私の骨は折れていただろうし、真剣ならバラバラにされていただろうと確信出来る。
ズバッ!ザシュ!ザクッ!ズシャア!ザンッ!
それにしても、この五分で私は何回斬られるのだろうか。ブーン様の動きは早く鮮やかで、反撃も回避もままならない。両腕で顔と胸を守りながら後ずさるしか出来ない。でも、このままガードしてるだけで終了までってのも駄目だと思う。せめて一撃、高評価に繋がる行動を。
「うりゃー!」
私は、左手の袖から丸めた新聞紙を取り出し、ブーン様の足元に向かって投げつける。ブーン様は足を軽く動かし躱すが、これは当てるのでは無くブーン様の視線を下に向ける為の布石。
「まだまだー!」
右の袖から丸めた新聞紙を取り出し第二投。当たってくれたらいいなってぐらいの気分で胸元へ投げた新聞紙は、剣によって弾かれた。
「よし、ここまで…」
プッ!
「っ!?」
ブーン様が試験終了を告げたと同時に私は口の中に仕込んだ小さな新聞紙の玉を吐き出した。小さな新聞紙の玉は、ブーン様の口元に当たった後、力無く床へ落ちた。
「足元に投げた新聞紙は、口の中へコレを隠したのを私に悟らせぬ為か」
「えへへ、その通りです。上手く行って良かったあ。これ、制限時間ギリギリだけど有効でしたよね?」
「…ああ、加点材料となる。では、模擬戦の結果を発表する」
ドキドキ。武器を作れと言われて防具を作ったり、防具として申請したもので攻撃したり、終了時間と同時攻撃で間接キッスしたり、結構無茶苦茶な事しちゃった気かするけど結果は如何に?
「お前は、冒険者より山賊の方が似合っている」
「ガビーン」
「何だあの戦闘は?与えられたルールのグレーゾーンを狙うアタシカッコいいー!とか思っていたのか?ソロ冒険者ならともかく、パーティを組むならお前の様な奴が一番要らん」
「うひぃ!」
さ、刺さるっ!試験が終わってもブーン様の刃が私を斬りつけて来るー!
「そして、ソロでやるにも明らかに実力が足りん。その癖、承認欲求は人並以上、自分に何が出来るかも分かっておらんまま、今これをやったら面白そうだなという感性だけで現場を乱す」
「もうやめてー!」
「更に言えば、冒険者学園で入学一ヶ月で問題を起こし休学中。そんな奴を迎え入れるパーティはこの国にはおらん」
「うわあああん!今回の試験とは関係無い事まで言われた!事実だから何も言い返せない!」
「よって、Fランク仮登録相当であると認める。これを持って一階の受付に行くがよい」
そう言って、ブーン様は合格証書を取り出し机に置いた。
「え?」
「合格だと言ったのだ。それを持って出ていけ。私はお前の相手を長々とやる程暇では無い」
「で、ても、あれだけボロクソ言っておいて合格でいいんですか?」
「この試験で落ちるのは、明確にルールを破った者のみ。例えば、使うなと言ったのにも関わらず魔法や指定した以外の武器を使ったり、明確に殺意を持って攻撃をしたり試験中に部屋の外に逃亡したりした者だけだ。お前はそれらの違反をしていない。それとも、不合格が良かったのか?」
「い、いえいえいえ!それでは、お邪魔になるのでこれにて失礼しまーす!」
私は合格証書を手にして、猛ダッシュで試験室から逃げ出した。この人、マシ怖い。