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第十六話【七時間マラソンの末に土鍋を埋める模様】


 無事休学手続きを終えた私は、一旦寮へ戻り冒険の準備を始める。

「冒険者ギルドまでの地図と、包丁と、ドナベさんの入る土鍋と、学生証と」

「ストップ。雑炊、君もしかして冒険者ギルド経由でダンジョンに潜るつもりなのかい?」

「普通そうでしょ?学園の練習用ダンジョンを使う時は学校に、校外にある本物のダンジョンに入るにはギルドにお願いするのは国民の義務だよ?」

 この国はダンジョン資源により潤っている。それ故に、ダンジョンへの人と物の出入りはギルドに申請して許可を貰う必要がある。こんな事、ド田舎暮らしだった私でも知っている常識だ。

「ドナベさんのやっていたゲームではどうだったかは知らないけど、ダンジョンに入るにはその度にギルドへの申請と審査が必要なんだよ」

「そこは分かってるさ。僕が言いたいのは、もっと効率が良い方法があるって話さ」

「先に言っておくけど、密猟なら絶対やらないからね!」

 ついこないだ校則違反して痛い目に遭ったばかりの私は、ドナベさんがアウトローな手段を言い出す前に釘を刺しておく。

「おや、意外だね。雑炊にも良心とかがまだ有ったんだね」

「心の問題じゃ無くてリスクの問題だよ。校則違反と法律違反では罰の大きさが違い過ぎるから、ドナベさんが提案しても私は断るよ」

「心外だな。僕は乙女ゲームマスターだよ?その辺の盗賊でも考えつくアイデアなんて出さないさ。いいかい?この国にあるダンジョンは基本的に国有のものとされ、冒険者ギルドが管理を担っている。だが、まだこの世界の住民が見つけていないダンジョンなら?」

 私はドナベさんの言わんとする事を理解した。誰も発見していないダンジョンなら、確かに自由に出入り出来るし、資源をいくら入手しても税金は掛からない。

「でもさ、この国には未発見のダンジョンなんて…」

「割とあるんだな、これが。『冒険乙女カトリーヌン』のやり込み要素の一つが隠しダンジョンの発見と攻略と言われてるぐらいだからね。そして、転生者の僕なら、本来もっと後に見つかるダンジョンへの行き方を知っている」

 ドナベさんは満面の笑みを浮かべながら親指で自分を指差す。これまでに、こんなにも自信に満ち溢れた顔をしたドナベさんがあっただろうか?いや、無い。何故なら今回ドナベさんに求められているのは地理的な知識。今までと違い、『ゲームでやったのと、ちゃうやんけ!』といった想定外が起こる確率は限りなく低い。

「さあ、僕に着いてきてよ雑炊!まだ、誰も踏み入れて無いダンジョンでお宝ザックザクだよ」

「ザックザク!」

 私は、書きかけのギルドへの申請書類をポイして、ドナベさんと共に外へと走り出した。歩いて走って空中ダッシュする事一時間、無事に目的のダンジョンは見つかった。

「凄い、本当にダンジョンがあった!」

「ハッハッハ、これが転生者パワーだよ正確には転移者パワーだけど」

「でも、このダンジョン管理されてるよ?ほら」

 ダンジョンの入り口には見張りのギルド職員が立っており、その横には『このダンジョンは国有地です。王国歴○○年に発見されうんぬん』みたいな事を書いた看板が立ててある。どー見ても、管理されていた。

「ドナベさん?話が違うんだけど?」

「うーん、おかしいなあ。ゲームではここはまだ、誰も見つけていないダンジョンだったんだよ。まあ、ダンジョン自体は僕の記憶通りの場所にあったし、次の隠しダンジョンへ行こう」

 しかし、次のダンジョンも、次の次のダンジョンも、次の次の次のダンジョンも、バッチリ管理されていた。

「オラァ!」

 ドコズ!

 五つ目のダンジョンも管理されていたのを確認した私は、土鍋を地面に打ち付けた。地面にめり込んだ土鍋の蓋がパカッと開き、湯気と共にドナベさんが飛び出す。

「酷いな雑炊、何を怒ってるの?」

「怒るわ!こちとら、朝から七時間ぶっ通しで走ってるんだよ!私の頭の上で指示を出してるドナベさんと違って、疲れるんだよ!」

「先月は四時間で力尽きて一歩も動けなかったのに、着実に成長してるね。エライエライ、君を育てた僕がエライエライ」

 私はスコップで穴を掘って土鍋を埋めて、その場から立ち去った。五つ目の隠しダンジョン(隠れてねえ)の傍にあったカフェでサンドイッチと桃のジュースを注文し、ゆっくりと身体を休める。

「おばちゃん、お会計お願いしまーす」

「600エン丁度ね」

 十分に休んで体力を回復し心を落ち着けた私は、土鍋を埋めた場所へ戻り掘り返した。

「ドナベさん、ごめんなさい。流石にやり過ぎたと思っています」

「いや、僕も成果を出せず申し訳無い。ダンジョン自体は全部記憶通りなのに、どういう事なのかなあ」

「取り敢えず、今日はもう帰ろ?ここからなら、寮も近いし」

 休学してのダンジョン巡り一日目、私の足がクタクタになって、ドナベさんと喧嘩して、少し高い外食をして帰宅。成果無し、寧ろマイナス。


「よし、明日はダンジョン探索の為にギルドへ行こう。雑炊、申請書類揃えておいて」

 翌朝になり、ドナベさんは昨日とは真逆の真っ当な方針を示す。

「流石にそれは無いよ、ドナベさん」

「仕方無いだろ?この国の隠しダンジョンは何故かどこもかしこも発見されてたんだから、次善の手段を取るしか無いさ。さあ、急いで。時間は有限だよ?」

「…はーい」

 ドナベさんに当たっても仕方無い。私は、昨日クシャクシャにした書類のシワを伸ばしてカバンに入れ、冒険者ギルドへ向った。

 到着後、さっそく受付へ必要書類を持っていこうとする私をドナベさんが引き止める。

「ちょっと待った。冒険者登録より先に、地図を見に行ってくれないかな」

「地図?」

「ギルドには、ダンジョンの位置が示してある地図が置いてあるはずだから、それを借りて来て」

 受付に行き、地図について尋ねると、大きな地図が貼り出されている壁の前へと案内された。タテヨコの長さが私の背丈の倍以上ある地図には、無数のダンジョンマークが書かれてあった。

「なんて事だ。昨日回りきれなかったダンジョンも、キッチリ全部表記されてる。僕が来たからか?それとも、女神があまり深く考えずにこの世界を作ったのか?」

「ねえ、ドナベさんは本当に隠しダンジョンなんて知っていたの?」

「僕はこんな、『すぐバレて自分の評価を下げるだけの嘘』は付かないよ。このダンジョンも、そっちのダンジョンも、今の時点で発見されてるはずが無いんだ」

 土鍋の隙間から木の枝を伸ばし、昨日行った場所と行く予定だった場所を指すドナベさん。私はそれを目で追うと、ある違和感に気付いた。

「ねえドナベさん、これって偶然かな?ドナベさんが隠しダンジョンって言ってたダンジョン、全部発見されたのが五年前になってるよ」

 地図のダンジョンマークの下には、そのダンジョンが王国歴何年に発見されたかが記載されていたのだが、ドナベさんと見に行ったダンジョンは全部同じ年に発見されていた。

「他のダンジョンは発見された年がバラバラなのに、どうして隠しダンジョンだけ同じ年に発見されてるんだろう?」

「それは僕も気になるな。雑炊、ギルドの人に聞いてみてくれないか?」

 私は地図の場所を教えてくれた受付の人に、五年前の事について聞いてみた。

「すみませーん。地図を見たら五年ぐらい前に一気にダンジョン発見されてるんですけど、この年に何かあったんですか?」

「ああ、それね。全部ブルーレイ公爵って人が発見したのよ」

 受付のお姉さんはこちらの知りたい事を快く教えてくれた。

「公爵様は元々ダンジョン事業で財を成していたんだけど、五年前に娘が重い病気になったのを切っ掛けに事業から身を引き、娘と各地を旅して回ったの。そして行く先々でダンジョンを発見し、娘さんの病気も奇跡的に完治したそうよ」

「へー、そうだったんですか。ありがとうございます」

 受付のお姉さんに礼を言い、私はその場を去る。

「隠しダンジョンが見つかった経緯は分かったけれど、凄い運の持ち主って居るものなんだね」

「そうだね、偶然って怖いよね。じゃあ、疑問も解消したし登録に行こうか」

 さっきまで、隠しダンジョンが見つかってる事に凄くショックを受けていたドナベさんだったが、理由を知った途端その事に興味を失ったかの様に、冒険者登録を急かす。まるで、私にこれ以上この件に触れられたく無い様な…。

 あ、分かったぞ。さては、公爵様の豪運に嫉妬してるんだな!原作知識でマウント取るチャンスを、ただのラッキーで横取りされたのだ。ドナベさんが不機嫌になる気持ち分からなくもない。よし、ここは気付かないフリをしてあげよう。私って優しいね!

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