今日から三ヶ月間の対抗戦出場禁止、C組最下位への成績修正、そして次に上位クラスに担任の許可無しに侵入したら即退学。それが私に下された処分だった。
「これでも、原作設定を考えたら軽い処分になった方だよ」
私は、ドナベさんの言葉が真実であると、心から納得出来た。あの時、トムが庇ってくれなかったら、退学か停学になったのは間違い無いだろう。
「でも、トムが私を庇った理由結局分からないままなんだよね」
あの日の嘘のせいでトムはC 組降格となってしまい、順位も私の次、下から二番目となってしまった。上を目指していた彼にとって、これは何の得にもなっていない。その事が引っ掛かっていた私は、後日彼にあの時の真意を問い正したのだが、『何と無く、そうしたくなった』という答えになっていない返事が来ただけだった。
「まあ、退学にならなかったのは良いとして、一学期終るまでの間昇格チャンス無しなのと、ブーン様達に嫌われたのは辛いよ。トホホ、屋上で変に出しゃばったりしなきゃ良かった」
「何言ってるんだよ。あのリストカットと嘘泣きは、あの日最大のファインプレーじゃないか」
ドナベさんが、まーた皮肉を言ってる。そう思ったが、彼女の目は真剣そのものだった。いや、騙されるな私。コイツは真面目な時もふざけてる時も、それぞれ別の意味で危険なんだ。
「アレがファインプレー?私を馬鹿にしてるの?」
ホンワカパッ波を警戒しながら、私はドナベさんに言葉の意味を聞く。
「馬鹿だなー、とは思ってる。でも、同時に尊敬もしてる。僕はあの日初めて、君が主人公らしい動きをしたと、そして、僕の予想を超えたなと思ったんだ」
「つまり…どういう事だってのよ?」
「あの時、悪役令嬢に濡れ衣を着せて嘘泣きした事で君はメインキャラ達に顔を覚えられた。形はどうあれ、A組昇格前に交流イベントの切っ掛けを得たんだ。ま、それでもあの嘘泣きはバッドコミュニケーションそのものだったけど」
それは確かにそうかも知れない。だが、あれがプラスな結果だなんてとても思えない。ブーン様からは次に会ったら殺して来そうな目で睨まれたし、リー君とタフガイからは完全に軽蔑された。
「好きの反対は無関心って言うけどさ、あそこまで嫌われてしまったら、三年間で取り返せる気がしないよ」
「ダイジョブダイジョブ〜、これは乙女ゲーム、少女漫画みたいなものだよ?少女漫画の中には、家族の仇や自分を破滅させた詐欺師と結ばれる作品もあるから、まだまだへーきへーき」
ドナベさんは前の世界に居た時、どんな本を読んでたんだよ。私は純粋に気になった。
「で、僕が君に感心したもう一つの点、触手魔族に自分の血を吸わせて弱らせた事は本当に皮肉抜きで痺れたよ」
「あ、やっぱり嘘泣きでフルボッコにされた事を褒めたのは皮肉マシマシだったんだ」
「そりゃそうさ。でも、君の血を触手魔族に飲ませた時の動きは、このゲームをやり尽くした僕から見ても評価出来るものだった。まず、武器を現地調達したのがいいね」
割れた石を拾っただけなんだけどな。
「次に、地面ギリギリの小ジャヮプからの空中ダッシュ。これが素晴らしい。移動の起こりを相手に読ませない為の、高等テクニックなんだけど、雑炊にはまだ普通の空中ダッシュしか教えて無いのに、良く思いついたね」
いえ、あれは右足に負荷が掛からない様に移動したかっただけです、
「そして、相手の虚を突く為に、悪役令嬢の方を狙ったフリをしたのがイカしてるよ。悪役令嬢が意図に気付いてくれなかったら、その場で殺されても文句言えないムーブだったよ。でも、悪役令嬢なら即理解してくれるって思ったんだよね?」
あ、あの時に悪役令嬢にぶっ殺される可能性あったんだ。こうやった方が敵を騙せるやろというとしか考えて無かった。怖いなー、パンツ履き替えとこ。
「そして、迷い無く自分の手首切る!やり口が完全にこの世界の住民じゃ無くて、ゲームプレイヤーのそれなんだよ!雑炊、君もしかして、前世の記憶持った転生者だったりしない?」
「しないよ。ドナベさんじゃあるまいし」
「なら、君は素晴らしい才能の持ち主だよ。君は、賢さとステータスの大部分をどこかに置いてきてしまった代わりに、撮れ高を稼げる天然キャラという才能を持っていたんだ。きっとトムも君のムーブに脳を焼かれてファンになったんだよ。うん、そうに違い無い」
何だろう、やっぱり褒めるフリして、馬鹿にされてる気がする。
「ねえドナベさん、百歩譲って私に他人と違う魅力があるとしてさ」
「うん、なんだい?」
「現状、ハーレムエンドから程遠いのは疑い様の無い事実なんだよね?当初の予定ならとっくにA組に入って、三人と関係を築いてる予定だったのに、実際は退学リーチ状態だよ」
「さっきも言ったけど、三人と関係自体は築いたじゃないか」
「そういう誤魔化しは要らないから。私は、次にどうするかを聞きたいの」
「心配無いよ。オリチャー発動させるから、三分待って」
ドナベさんは床に胡座をかき、両手の人差し指でコメカミの上らへんをなぞると瞑想を始めた。
「…」
一分経過。
「…」
二分経過。
「…ちーん!閃いた!確か雑炊は秋になるまで対抗戦にはどう足掻いても出られないんだったよね?」
「それを解決する方法を閃いたの?」
「逆だよ、君はこれから九月までの間テストの点や出席に関係無く昇格ノーチャンスなのだから、この期間を使って出かけよう、ダンジョンに!」
私と触手先輩の戦いに触発されたのか、ドナベさんの提案はいつもより多目にハジケていた。
「さあ行こう。冒険乙女カトリーヌンは学園恋愛とダンジョンRPGを融合させたゲームなんだ。だから、乙女ゲーパートが手詰まりになったなら、ダンジョンパートを攻略する。うん、何も間違っては無いね」
「お、おう」
勢いに押されて肯定してしまうが、実際他の手段も思い付かなかったし反論出来なかった。
こうして、一狩り行こうぜとの提案を受けた私は、翌日いつもより一時間早く起きて職員室へと向ったのだった。
「デール先生、これお願いしまーす」
【休学届】
氏名:カトリーヌン・ライス
学年:一年
クラス:C
休学開始日:五月十二日
復学予定日:九月一日
休学理由:対抗戦に出れないなら授業やテスト受ける意味無いのと、屋上の件で根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だから。後、ダンジョン行きたい。
備考:お土産楽しみにしててね。
「ふざけてるんですか?」
デール先生は休学届を握る手をプルプル震わせながら私に確認した。まあ、これが当然の反応である。
「真面目に考えた結果です。昨日校則を確認したんですけど、出席していなくても三ヶ月経過すれば対抗戦への出場権利は復活するんですよね?なら今、この学園に居ても精神衛生上良くないと思いまして」
「それは雑炊の都合でしょう。今、学園内ではあの触手魔族がどこから持ち込まれたのかを調べているのです。当事者である雑炊に居なくなられたら、困るのですよ」
「そう来ると思い、あの日屋上で私が見聞きした事をこちらにまとめておきました」
私は制服のポケットから、自分が触手先輩について知ってる事全部書いたメモを出して、デール先生のデスクに置いた。
「私が覚えてる事はそこに全部書いてあります。もし、他に聞きたい事がありましたら、寮まで連絡して下さい」
「どうやら本気みたいですね。ですが、学園生活が嫌になって休学した生徒の殆どは、そのまま自主退学を選んでいます。先生は、雑炊がそうならない事をお祈りしています」
「ありがとうございます。では、また二学期にお会いしましょう」
デール先生に別れを告げて、職員室を出て、そのまま学園の外へと向かう。
「行くよ、ドナベさん。私達の冒険はこれからだ!」
「もう、打ち切りエンドみたいな事言わないでよ」