私のおっかさんは冒険者で、殆ど家に帰って来なかった。でも、村の皆を守る為にダンジョンの魔物を狩り続け、帰って来る度に面白い土産話を語ってくれるおっかさんが、私は大好きだった。
ある日、おっかさんは私にクイズを出した。
「カトちゃん、この世で一番強い生物は何か知ってる?」
「人間?」
「ピンポーン。人間は魔物を怖がってるけど、本当に怖いのは人間なの。だから、強い魔物程人に見た目が近かったり、人の姿に化けたりするてしょ。じゃあ、次のクイズです。人並みの知能と生き汚さを身に着けた魔物はどうやって倒せば良いでしょう?」
「分かんない。そいつらって、人間の上位種みたいなものでしょ?えっと、強いて挙げるなら、数の暴力?」
「それも悪くないけれど、リスクが大きすぎるわね。正解は、人間と同じ弱点を突くでしたー。人に近い魔物はね、人のダメな部分も手に入れちゃったのよ。欲望に限りが無く、自分が上に立ちたい、楽な手段があったら怪しくても手を出したい、その癖気まぐれに善人ぶって非効率な事に手を出したりもする。それが人の弱さ、人を真似した魔物の弱さになるのよ」
おっかさんの言う事は当時の私には難しかったけれど、今なら理解出来る。ここ最近の二ヶ月弱、私はおっかさんの言う汚い人間の特徴全部達成してしまっていたから。
イケメンハーレムという餌に振り回され、世界を救うという具体性の無い正義に酔っ払い、困った時にはドナベさんを頼り、自己肯定の為だけにクラスメイトを見下し続けた。
私は触手先輩と同じ、他人や周囲の環境を都合の良いゴハンとしか考えられない、人間の汚い部分の集合体だ。いや、触手先輩はチャンスを逃さず成長し、今こうして悪役令嬢に肉薄している。結果を出してる。つまり、私は触手先輩以下なんだ。凄いなあ、触手先輩は。同じクズなら、せめてああなりたいなあ。
「…よし」
過去を思い、己を振り返った私は今やれる事をすると決め、まずはヒビ割れた床に目を向けた。
「トム、あんたの体重でそこの床思いっきり踏み抜いてよ」
「そんな事しても、下の階には降りれねえぞ。表面の石畳が多少割れるぐらいだ」
「それでいい」
幸い、触手先輩は悪役令嬢の方へと注意が向いている。トムは気付かれる事無く、足を振り上げ床を踏みつけると、床が僅かに砕けた。
「うん、これで良いや」
私は床から剥がれた石畳の破片を拾い、ナイフに見立てて構える。
「お前、それで不意打ちするつもりか?やめとけ、俺達が大人しくしておくのが一番助かる確率が高いんだ」
「トムの言う通りだよ。対抗戦の時は背後から不意打ちすれば悪役令嬢相手でもワンチャンあると言ったけど、あれはゲーム内の限定的な状況を再現出来たらの話だ」
トムもドナベさんも動くべきでは無いと言う。それは多分正解だろう。私がやろうとしている事は、所詮は自分が満足したいが為の思い付きでしか無い。上手く行く保証は皆無だし、より状況を悪くするかも知れない迷惑行為。それでも、私はこれをやると決めた。
私は無事な左足に力を込めて、小さくジャンプ。そして、着地するかどうかのタイミングで空中ダッシュを使った。右足が折れて殆ど歩けない状態でも、こうすればそれなりの速度で突進出来る。勿論、着地後の怪我は避けられないだろう。一回切りの不意打ちだ。
「死ねぇぇぇ、悪役令嬢ー!」
「「「ええー!?」」」
「グロロー!?」
私は先の尖った石を構え、悪役令嬢に向かって一直線に飛び掛かった。トムもドナベさんも悪役令嬢も触手先輩までもが、『お前、まだそんな動き出来たのかよ!というか、この状況でそっち狙うのかよ!』といった感じの顔で固まっている。ヨシ、ここまでは狙い通り!私はそのまま悪役令嬢に重なり、石のナイフを動脈へと突き刺した。私と悪役令嬢が床に倒れると同時に、床が血に染まる。それを見た触手先輩がすかさず触手を伸ばし、床に付着した大量の血を吸収した。
「グロ、グロロー!?」
触手先輩の動きがおかしい。明らかに動揺している。それはそうだ。それはお前が大好きな悪役令嬢の血じゃない。私が自分の手首を切って出した血だよ!
「フッフッフ、欲望に振り回されて怪しいブツに安易に手を出すからそうなるんだよ!どうだ、触手先輩。悪役令嬢の血と思ってイッキ飲みした私の血はマズイだろーっ!」
「グロー!」
触手先輩はあっと言う間に萎びて枯れ木の様になってしまう。流石に、そこまで弱体化されると私が傷付くんですけど!?効くとしても、オレンジジュースのつもりで飲んだら酢酸だったぐらいのダメージにしてよ!
「セイッ!」
バシーン!
私が精神的ショックを受け、触手先輩が肉体的ショックを受けて硬直していると、悪役令嬢がスタスタと歩いて触手先輩の顔面にビンタした。触手先輩は悲鳴すら上げる事無く崩れ落ち、人間部分を残して全ての触手が灰の様に崩れ去った。今度こそ決着だ。
「さてと、予想とは色々と違ってしまいましたが、後始末をしなきゃですわね。それっ、リザレクション!」
悪役令嬢が手を翳すと、触手先輩の顔に生気が戻って行く。ラスボスの癖に最上級回復魔法まで使うんかいこの人。
「ふうっ、一命は取り留めたみたいですわね。こんな日の為に覚えておいて良かったですわ。では、残りもチャッチャと片付けましょう。リザレクション、リザレクション、も一つおまけにリザレクション!」
悪役令嬢がリザレクションを無詠唱で連打する。石畳は元通りになり、私の怪我も癒やされていく。最後に、悪役令嬢自身の手の怪我も治った。
「雑炊さん、もうお怪我はありませんわね?立てそうですか?」
「あ、はい。助けてくれて、怪我も治してくれて本当にありがとうございます。悪役令嬢さん」
私は悪役令嬢が差し出した手を取り立ち上がる。そして、手を離すと同時に彼女の右手は私のホッペタへと向った。
バシーン!
「ぐえー!」
どこか懐かしさを感じる痛みが私の顔面を襲う。
「余計な事はするなって、言ったやろですわ!」
バシーン!
「ぐえー!」
「それから、私何も悪い事して無いのに初対面で悪役令嬢と呼ぶなですわ!」
バシーン!
「ぐえー!」
「これは貴女の奇行に振り回された人達の分!からの、リザレクション!」
バシーン!バシーン!バシーン!
「リザレクション!」
三回ビンタして全回復してまた三回ビンタするループに突入した。私、悪役令嬢にここまでされる事したかなあ。したわ。けれど、そろそろ誰か止めて。トムはこうなってもしゃあないという顔で微動だにしない。ドナベさんは物理的な不干渉のルールに従い動かない。
「誰か、誰かー!」
私が天に向けて助けを求めると、屋上のトアが開き数人の男子生徒が駆けつけた。勿論徒歩だ。
「フリーダ、遅れてすまない」
「僕達はフリーダ様みたいには移動出来ませんからね」
「でもよぉ、ここに来るまでに助け呼びながら走って来たぞ!もーすぐ、スグニ君と先生達も来てくれるぞ!」
現れたのは悪役令嬢の取り巻きと化している攻略キャラ達だった。流石に、悪役令嬢も知人の前で無限ビンタはやらないだろう。良かった、これで助かる。いや、待てよ?これってチャンスじゃないだろうか?今ここで、悪役令嬢に傷付けられた事を涙ながらに訴えれば、全員とまでは行かなくても一人か二人はこちらに靡くかも!逃してなるものか、このアタックチャンスを!
「ビエエエエン!悪役令嬢にビンタされまくったのー!私、何も悪い事していないのにー!グスングスン、ホラ見て、このホッペタの手形!」
私は、渾身の嘘泣きで三人に訴え掛ける。だが、三人とも私を見る目は冷ややかだった。
「僕達はここに到着するのは遅れましたけど、貴女の非常識な行動の数々は使い魔を通して見てましたよ」
「えっ」
「私の婚約者への恩を仇で返す数々の行為、決してビンタ程度で許されるものでは無い。私も殴りたい所だが、他校舎への侵入含めお前には決して軽く無い罪が有りそれに見合う罰が下るだろう。後は先生方に任せるとしよう」
「ちょ、ちょっと待って。私は」
「鍛えた成果を試してぇのは分かるけど、鍛えるのは自分と仲間を傷つけない様にする為だろ?おめぇ、心のポージングが足りてねえよ」
「違うの、これは違うのー!やり直させて!」
私の言い訳を無視して、攻略キャラ三人衆は悪役令嬢と共に屋上を去っていった。そして、入れ替わりに入って来た教師達に囲まれる。欲望に駆られて安易に突っ走った結果がこれだよ!
「君、C組の雑炊だよね?何時、何で、どうやって屋上に来たの?」
ああ、やっぱり聞かれるよね。骨折と触手先輩の魔族化さえ無かったら、見つかりはしなかったのに。ええい、誤魔化しても仕方無い。正直に話して、退学以外の処分になる事を祈るしか無い!
「あの、私は空からデスネ…」
「俺がコイツを屋上へ連れ込みました」
私が覚悟決めて正直に言おうとしたが、トムのでかい声がそれをかき消した。
「俺、C組に居た時からコイツの事気になってて、芋煮会やるからお前にも食わせてやるよって言って、屋上に誘ったんです」
「えと、はい。そーです。私、入学直後からトムに何度も言い寄られていて、アンタの事は興味無いって言ってるのに、強引に抱きかかえられて…」
私は咄嗟に頭を切り替え、トムの作り話に乗っかった。先程の悪役令嬢への冤罪と違い、この嘘を疑う者は殆いなかった。
「いや、お前フリーダと同じやり方でB組校舎に行ってただろ」
親のコネだけでA組に居ると噂されてるスグニ・マゾクナルだけが、私の嘘に気付いていたが、人望の無い彼の言葉は戯言だとして聞き流された。
サンキュートッム、フォーエバートッム。何でか知らないけれど、アンタが庇ってくれたおかげで、多少はマシな結果になりそうだよ。