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第十三話【ラスボスは初期ボスに格の違いを見せつけた?模様】


「えっと、雑炊さんでしたわよね?これ、貴女の落とし物で合っているかしら?」

 悪役令嬢が私に手渡した土鍋は間違いなくドナベさんの本体とも言うべき土鍋だった。持ち手に紐が付いてるし、蓋の隙間からドナベさんがこっそりこっち見てるし、正真正銘私が頭に乗せていた土鍋だ。

「あ、ありがとう。でも、何でこの土鍋が私のって知ってたの?」

 ドナベさんのおかげで私はこの悪役令嬢の事は良く知っているが、私と彼女は初対面である。土鍋には名前なんて書いてないのに、どうして私のって分かったんだろう。

「それは…、そう!C組の問題児はいつも頭に土鍋を乗せていて、雑炊って呼ばれてるのはクラスの壁を越えて有名だからですわよ!ホーッホッホッホ!」

「そうだったんだ!私、学園全体で悪名高くなってたんだ…ショック」

「いや、B組ではお前の話なんてあんまり聞かないぞ」

 トムの慰めの言葉は私には届かなかった。モブキャラしか居ないB組やC組からはどう思われてもいいけど、A組の人達が私を嫌うのはとても辛い。何せ、私がこの学園で最も長く在籍し、将来に大きな影響を及ぼすのがA組なのだ。

「あーなーた達!今は土鍋の事はどうでも良いでしょう!これを何とかしますわよ!」

 落ち込んでいると、悪役令嬢の声で現実へと引き戻された。そうだ、未だ大ピンチだったんだ。触手は私達を取り囲んでおり、徐々に安全圏を狭めている。

「あなた達は邪魔ですので、後ろで大人しくしてなさい。直ぐに終わらせますわ」

「あ、はい」

 言い方はムカつくが、これはチャンス。触手先輩は恐らく初期ボスで悪役令嬢はラスボス。万が一にも負ける心配は無いし、ラスボスの戦い方を間近で見れる。対抗戦では果たせなかった、ラスボスの強さを知っておくという目標が思わぬ形で達成されそうだ。

「グロロー!」

 前に出た悪役令嬢に対し、当たったら即死級の触手アタックをかます触手先輩。だが、悪役令嬢はそれを前にしても全く臆さず、襲い掛かる触手を片手で振り払う。

「せいっ!」

 パァーン!

「グロロー!」

 す、凄い!ビンタ一発で触手を逆に弾き飛ばした!ビンタされた触手はたちまち千切れ飛び爆発四散!

「グ、グロロー!」

 パワーでは敵わないと判断したのか、触手先輩は細い触手を四方八方から伸ばした。

「出たっ、触手魔族の必殺技、エロ同人みたいな攻撃だ!」

 ドナベさんが何か言ってるが私は無視した。エロ同人とは何かは気になるが、今はそれ所じゃない。悪役令嬢がこれをどう突破するかをしっかり見なければ。

「せいっ!」

 パキーン

 悪役令嬢は、またも一声で状況を解決する。彼女が氷結魔法を放つだけで、周囲の触手が凍りついて動かなくなった。

「うわぁ…凄い」

 私は今の自分が悪役令嬢に絶対勝てないと確信し、絶望と共にため息を吐いた。彼女が使った氷結魔法は、恐らくは詠唱短縮した初級魔法。全力の1%も使わずに触手先輩を無力化したのだ。

 私が全力で放ったライトニングは、触手一本を痺れさせるのが精一杯だった。単純計算だけど、私と悪役令嬢には魔力量でも魔法の練度でも百倍以上の差があるのだろう。

「さーて、お仕置きの時間ですわよ」

 悪役令嬢は、氷漬けになり動けなくなった触手先輩にスタスタと近づき、本体の顔面にビンタ。

「グロロー!」

 うわ、凄い痛そう。いや、触手アタック以上の威力があるんだから、実際あのビンタはヤバい。そんなビンタを悪役令嬢は何度も触手先輩の顔面に放つ。

「おい、何でお前が痛そうにしてるんだよ」

「ふぇ?」

 トムに言われてようやく私は気付いた。悪役令嬢がビンタを放つ度に、私が自分の顔を押さえて震えている事に。

「だ、だって、いつかこの人と戦わないといけないって考えると…漏らしそうなぐらい怖くて」

「何で戦う前提の話になるんだよ。そんで、本当に漏らすやつがあるかよ」

 いつの間にか本当に漏らしてた。それでも、トムは私を抱きかかえたままだった。悪役令嬢が来てからも、ドナベさんを頭に乗せた後も、オシッコ漏らした今も、トムは私を抱いたままだった。

「トム、ごめん。もう降ろしていいよ」

「お前、足折れてるだろ。俺が掴んだのも原因かもしれねーし、この事態が終わるまではこのままでいい」

 そして、その事態は悪役令嬢の圧倒的勝利であっさりと終るのだろう。そう思った時だった。

「グロロー…グロ」

 十発以上のビンタを受けて触手先輩は崩れ落ち、完全に動かなくなった。

「し、死んたの?」

 私はトムに降ろして貰い、右足を引きずりながら、悪役令嬢に近寄る。人殺しに加担したという不安と、これで生還出来るという安心が混ざった感情を抱きながら。

「まだ終わってませんわ!」

「えっ?」

 崩れ落ちた触手先輩は細い触手を組み合わせて作ったダミーで、中は空っぽだった。

「グロロー!」

 地面を這って回り込んでいた本体が私に向かって触手を振り下ろす。あ、終わった。この足だし避けられない。私の人生こんな形で終るんだ。死の恐怖を少しでも和らげる為、私は目を瞑る。しかし、触手はいつまで経っても私に振り下ろされはしなかった。

「だから…動くなって言ったんですわよ」

 目を開けるとそこには、触手を頭上でクロスした両手で受け止める悪役令嬢が居た。しかし、完全にはガード出来ておらず、手首から血が滲み出している。

「あ、悪役令嬢!腕から血か!治さないと」

「いいからお下がりなさい!どうせ、貴女まだ回復魔法覚えて無いでしょ?」

 確かに、対抗戦でトム撃破の為にライトニング一本伸ばししていた私は、回復魔法を一切習得していない。何故悪役令嬢がそれを?と思ったが今はそれ所じゃ無い。私は足を引きずりながらトムの傍に戻り、今度こそ大人しく戦いの終わりを見届ける事にする。

「さあ、仕切り直しですわね。こんな怪我、丁度良いハンデですわ」

「グロロー!」

 悪役令嬢と触手先輩の攻防が再開する。しかし、先程までと違い悪役令嬢は攻め切れないでいた。それは、怪我だけが原因では無い。

「なあ、ジョーダン先輩の動き段々速くなってないか?」

 トムの指摘を受けて私も気付く。最初は不定形の巨体に見合ったスローな動きをしていた触手先輩が、今では悪役令嬢の攻撃をギリギリで躱している。悪役令嬢は怪我してるのと、私達に攻撃が行かない様に配慮しているのを加味しても、明らかにおかしい。

「悪役令嬢の血を啜って強化されたんだ」

 土鍋の中からドナベさんが呟いた。

「触手魔族は人間に寄生して、血肉を糧にして強化と繁殖をする生物だ。フリーダの血液は彼にとって最高のドーピング薬なのさ」

「で、でも、触手先輩は初期のボスで悪役令嬢は卒業前に戦うラスボスでしょ?流石に悪役令嬢が勝つよね?」

「どうかな。実はこの触手魔族はさ、僕の知ってるゲームとは出現のタイミングとか色々設定がズレてるんだよね。実質別物だから、初期ボスだからラスボスより弱いと決めつけない方が良いよ。まあ、それでも悪役令嬢が95%ぐらいの確率で勝つと思うけど」

 ドナベさんが不安を煽る。悪役令嬢はいずれ敵になるけれど、触手先輩は今確実に敵なのだから、悪役令嬢に勝って貰わないと困る。というか、ここで悪役令嬢が倒れたら、間違い無く私達は触手に飲み込まれて死ぬだろう。

 何か、今私に出来る事は無いか?下手に動いたら、また邪魔になってしまう。

「ドナベさん、攻略情報」

「無いよ。原作からは遠く離れた展開だから、自信を持って言える情報は何も無い。大人しくしてようよ」

「なら、今日は自分で考える」

 私は、このピンチを乗り越える為に必死で思い出す。ドナベさんと出会う前、私の心の拠り所となっていた冒険の師。今は亡きおっかさんの教えを。




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