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第十二話【B組の三年はおっかない模様】


「着地の仕方ドナベさんに教わって無かったぁぁぁー!」

 ドシャアアン!

 B組校舎の屋上に辿り着くまでに全ての運動能力を出し尽くしていた私には、屋上の人の有無の確認や、それを回避する余裕は残っていなかった。仮に余裕があっても、着地には失敗していただろうし結果は変わらなかったかもだけど。

「うっひゃー!ごめんなさーい!」

 着地時に誰か、若しくは何かを轢いてしまったと感触で気付いた私は、ぶつかった相手の方を向き謝罪する。

「雑炊、またお前か!」

「あ、トムじゃない。謝って損した」

 轢いたのはトムと、彼が持っていた大鍋だった。鍋の中身を盛大にぶちまけて、屋上の床が私の住んでる寮ぐらい汚くなっている。

「ねえトム、あんたこんな場所で何やってたの?あんたのせいで服が汚れたんだけど」

「ここ、B組校舎の屋上!俺、今月からB組!お前、C組!邪魔者はお前!てか、どこから来た!?」

 私が空を指差すと、トムは『こいつには何を言っても無駄だ』みたいな諦めた顔をして、私を無視して汚した床の掃除を始めた。

「ねー、このお鍋は何なの?何でトムは屋上でお鍋持ってたの?一人で食べるには大きいお鍋だね」

「お前には関係無いだろ。C組の生徒がB組校舎に居るのが先生に見つかったら停学ものだ。どうやってここへ来たかは知らんが、見つからん内に帰れ」

「じゃ、帰る」

 私は屋上の端へ向かい走り出すが、飛び立とうとした瞬間トムに足首を掴まれて転んだ。

「いったーい!トム、帰れって言われたから帰ろうとしたのに、何してんの!」

「こっちのセリフだ!お前、屋上から飛び降りようとしていたよな!馬鹿か!」

「はぁ?私が飛び降りようとしてた様に見えるの?飛び立とうとしていただけでーす!」

「お前は魔族か!人は飛ばねえ、落ちるだけだ!」

「失礼ねー、誰が魔族よ!私は人げげげげげ」

 私ほ足を押さえてその場へ蹲った。痛い、シャレにならんぐらい、何故か右足首が痛いのー!

「どうした、見せてみろ」

 トムが私の靴下を下げると、右足首が紫色になっていた。

「折れてるー!さっきトムに掴まれた時だ!」

「そんなすぐに足の色は変わんねえよ!折れたとしたら、お前がこの屋上に落下してきた時だろ」

「どうしようトム?私、この足じゃあ屋上から飛び降りて帰れない」

「万全でも帰れねえよ」

 本当にどうしよう。こんな時にドナベさんが居たらありがたい助言が聞けるのだが、彼女は多分A組校舎近くに転がっている。何か、何かこの足の怪我を治す方法は…?


『ここに生えてる草はね、クッキーの材料になるんだ。自分で食べるとHP回復、攻略対象に使うと好感度が1か2上がる』

『ヒットポイント?こーかんど?』

『怪我はクッキーで治る、クッキーをプレゼントすれば男は転ぶ。それぞれの効果は微々たるものだが、ゲーム開始直後から作れるのがクッキーの最大のメリットだ。だから、今日はこの草を抜きまくって、掃除した部屋でクッキー作りまくるんだ』

『はーい!』


 そうだ、思いだした。クッキーを食べれば怪我が治るって言ってた。私はポケットの中を探った。しかし、さっき粉塵爆発の時に全部使ってしまいクッキーは一枚もポケットには残って無かった。ならば、他の回復手段を!

「トム、このお鍋貰うねモグモグ」

「おいコラ!許可する前に食うな!つーか食うな!それ、先輩に頼まれていた芋煮会の鍋なんだぞ!」

 私はトムが持っていたおっきなお鍋に顔を突っ込み、底に残っていた煮物を啜る。

「ズゾゾゾゾ、ごっそさん!」

 デカ鍋を床に置き、足首を確認すると、ムラサキイモに激似だった肌が元通りになっていなかった。

「治ってねぇー!」

「治るかー!」

「主人公なら治るはずなんだよ!モブのトムには無理だけど、私やプレイヤーが操作出来るキャラはこれで治るんだよ!」

「その理屈なら、入学してからずっと俺より成績悪くて友達も居ないお前はモフ確定だろ」

「ガビーン!」

 あー、もうやだ。足は痛いし、トムの言葉も痛いし、もうお家帰りたい。こうなったら、屋上の扉から出ていって誰にも見つからない様に祈るしか無いのか!?そう思って扉の方を見た瞬間、その扉が乱暴に開かれ、怖そうな顔のおじさんが入って来た。B組の先生だろうか。

「トムー!芋煮会の準備はまだ出来んのかぁ!」

 怒り心頭といった感じで登場したおじさんは、空っぽのデカ鍋と床に飛び散った煮汁を見ると、顔を更に真っ赤にしてトムへ掴みかかった。

「貴様ぁ!B組名物芋煮会を何だと心得るかぁ!」

「ち、違うんですよジョーダン先輩!これは、その」

 おじさんはトムと言い争っていて、私には気付いていない様だ。逃げるなら今の内だね。そーっと、そーっと。

「あいつです!あの女が鍋を倒して、残った具も食べ尽くしました!しかも、C組です」

 と、トムの野郎、私を売りやがった!こーゆー時、ブーン様やリー君なら黙って私を庇ってくれただろうけれど、モブキャラは平然とこんな事をする。だからお前は駄目なんだ。

「何ぃ!?…本当にC組の名札じゃねえか!トムぅ!この学園の秩序はどうなってるだ、あぁん!?」

 私に気付いたおじさんは、ますます怒りに燃え上がった。

「おいトム、これはどういう事だぁ?何で芋煮会の準備頼んだら、C組の女連れ込んで二人で鍋全部食ってるんだ?お前、俺を馬鹿にしてんだろ?」

「違います先輩!全部、この女が空から落ちてきて勝手にやぅた事なんです!」

「やっぱ、俺を馬鹿にしてるなお前ら!」

 私に罪を被せ、おじさんの怒りのターゲットを私に替えようとしたトムの浅はかな策は、おじさんのの怒りを倍加させてターゲットを二人にしただけだった。

「不純異性交遊、無許可での上位クラスへの侵入、そして芋煮を勝手に食べた罪…もう、お前ら纏めて殺すしかねえなぁ!グロロー!」

 遂におじさんの怒りが爆発した。全身の穴という穴からタコの様な触手を出して襲いかかって来たのだ!!

「グロロー!」

「おじさんが触手のバケモノに!トム、冒険者学園の先生って凄いね!」

「馬鹿野郎!この人は三年生のジョーダン先輩!フケ顔だけど生徒だし、この人にこんな能力は多分ねえよ!あれは魔族化だ!授業で習っただろ!」

 そういえば、聞いた事がある。人や犬にタネを貼り付けて遠くに運ばせる植物とかがあるけど、それに似た性質を持った魔物とかが存在するって。

「じゃあ、この人は魔物に寄生されてこうなってるの?」

「先輩は食材を中級ダンジョンに採取しに行っていた。恐らくその時に…。アレに触れたら、俺達もああなるぞ!逃げろ!」

 逃げろと言われても、私の足はグニャグニャだし、触手先輩は唯一の出入り口の前に陣取ってるし、どうしようも無い。

「逃げ場なんて無いよ!それに、私足折れてる!」

「しょうがねえな!掴まれ!」

 トムは私をお姫様抱っこの体勢で持ち上げると、触手先輩から距離を取った。

「グロロー!」

 私達が退避した直後、先程まで立っていた場所に触手が振り下ろされ床に亀裂を生む。

「あっぶな!あんなの喰らってたら、寄生とか関係なく潰されてるよ!トム、あいつ倒せる?」

「出来ねえよ!色んな意味で!先生ー!せんせーい!」

 自分ではどうにもならないと判断したのか、トムは触手から逃げ回りながら大声で助けを呼んだ。

「ドナベさーん!ドナベさーん!」

 私もトムに抱かれたまま、必死に助けを呼ぶ。しかし、助けは一向に来ない。

「誰かー!オラァ!」

「助けてー!ライトニングー!」

「グロロー!」

 誰も助けが来ないまま、触手先輩と私達の追いかけっこは続く。逃げ回りながら、トムが触手を踏みつけたり私が雷魔法を放ったりしたが、焼け石に水だった。

「グロロー!」

 しびれを切らしたのか、触手先輩は触手を広げ、屋上全体を包み込み始めた。

「やべえぞ、本格的に逃げ場が無くなってきた」

「わーん!私、こんな死に方やだよー!せめて、イケメンに抱っこされたかったー!」

 屋上の中央付近を残し、びっしりと触手で埋め尽くされ最早これまでと思ったその時だった。

「騒がしいですわね」

 上空からパイプオルガンの音とお嬢様ボイス。見上げると、私が一番嫌いな女が土鍋を頭に乗せて宙に浮いていた。

「落とし物を届けに来てみれば…、大変な事になってるじゃありませんの」

 悪役令嬢フリーダ・フォン・ブルーレイがドナベさんを引き連れてB組校舎屋上に降り立ったのだった。

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