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第九話【悪役令嬢はピンクにビンタで圧勝する模様(フリーダ視点)】


 始業式から半月が過ぎましたわ。私はいつヒロインが凸して来るものかと身構えておりましたが、幸か不幸か彼女は私の前に姿を現しませんでした。


『私はこのゲームのヒロインなのよ!あんたにざまぁして婚約者を奪ってやるんだから!』なんて言いながら突撃してくれたなら、一瞬で不敬罪からの修道院送りで、私の不安は終了したのですがそうはなりませんでした。


 彼女が一番頭が悪いタイプのヒドインでは無かった事は分かりましたが、それでも未だに彼女の正体が分かりませんわ。


「リーさん、あのピンク髪について何か分かりまして?」


 対抗戦前日、私は屋上にリーさんを呼び、使い魔による偵察の成果を問いました。


「C組の生徒や担任から雑炊というあだ名で呼ばれている様です。それと、最近四時間以上校庭でマラソンをして気絶していました」


 なるほど、分からんですわ。転生者特有の効率的な鍛錬をしている様で、全く出来ていませんわ。原作のカトリーヌンは四月の時点で丸一日全力疾走しても倒れないバケモノでしたもの。


 それに、雑炊というあだ名。彼女が転生者として、こんな悪口同然のあだ名を選びますか?彼女が前世の記憶持ちだとしたら、よっぽどプレイが下手か、ゲームの内容を殆ど覚えて無いか、ネタプレイに走っているかですわ。


「未だ、有力情報は無しなのですわね」

「偵察の件ですが、より多く情報を得るには、やはり僕が直接」

「なりません」


 ヒロインと単独で話がしたいというリーさんの要求を、私は秒で却下しましたわ。だって、私知ってますもの。乙女ゲームみたいな世界では、攻略対象はヒロインと出会った途端に頭が悪くなる展開が多々ある事を。


「最初に言ったでしょう?勝手に一人でアレと会うのは避ける様にと」

「しかし、このまま彼女の正体が分からないままですと、後手に回り続ける事に」

「ダメですわ」

「もし、僕があのピンクに靡く事になったなら、遠慮なく切り捨てて構いませんから」

「ダメったらダメですわ。貴方はブーン様のご友人ですもの。切り捨てられませんわ」

「…すみませんでした。では、引き続き気付かれない距離からの偵察に留めます。では、また明日対抗戦で」


 リーさんが屋上から去った後、私は改めて早くあの雑炊を何とかせなと心に誓ったのでした。


 そして翌日、気合と共に登校し対抗戦へと参加。


「なー、お前ら。個人戦始まったら、一度全員で一箇所に集まろうぜ」


 スグニがつまらない事をほざきましたが、当然全員無視しました。


「なー、やろうって。冒険者ってのはパーティ組んでナンボだろ?B組はその戦術で行くらしいぜ。だから俺様達も対抗しよーぜ。な?」

「貴様、許可なく私達に話し掛けるなと忠告したのを忘れたのか?」


 あまりにしつこいスグニに、遂にブーン様が怒ってしまいましたわ。


「こっ、これは日常会話じゃなくて、緊急報告と作戦立案だからノーカンだろ!やろーぜ、全員集合」

「断る。これは個人戦。ソロでのダンジョン探索をテーマとした試験だ。同じ組とはいえ群れるのは課題に即していない」

「お前はそうかもしんねーけど、他の皆はどうだ?」


 スグニは希望の籠もった汚い眼差しで、私達の方を見ましたが、その希望はあっという間に消えてしまいますわ。


「僕も一人がいいですね。この学園の教師達が考案した練習用ダンジョンがどんなものか、じっくりとこの目で楽しみたいので」

「オレはB組の奴らと五対一で戦ってみてぇぞ!スグニくん、情報ありがとうな!」

「私もブーン様の意見に賛成ですわ。もし、集まりたいのなら、他クラスが全滅してから私達の中で勝者を決める為に集まりましょう」


 私達全員から否定されて、スグニは泣きそうな顔をしていますわ。あらあら、どんな顔をしても気持ち悪いお方ですわね。


「ちくしょー、お前らなんてB組の連中にやられればいいんだ!俺様は忠告したからな!アバヨ!うわーん!」


 泣きながら自分のスタート位置に走り去るスグニでしたわ。


「やれやれ、ああは成りたくないものですわね」

「そうだな。所でフリーダよ、お前はアレには気付いていたか?」

「ええ、気付いてましたわよ。アレには」


 ブーン様が言うアレとは、団体戦の応援もせずにこちらを睨み付けてくる雑炊の事ですわ。


「フリーダ、あの雑炊と呼ばれる珍獣は何者なのだ?スグニなぞとは比べ物にならぬ気配を感じるのだが」

「今日、その正体が分かるかも知れません。ブーン様は、あの女と出会わない事だけを考えていて下さい」

「ああ。私やリー達にとってあの女は毒なのだったな。直接助力は出来んが勝利を祈っているぞ」


 団体戦の終了が告げられた後、私達もそれぞれのスタート位置へと向かう。


「さあ、行きますわよ!」


 スタートの合図と共に私は全力で走り出しましたわ。原作ゲームの対抗戦には、『C組のトムという生徒に重なっていれば狙われない』という仕様があります。雑炊が転生者であるなら、当然この戦術を取る!そう信じて私はトムの出発地点を目指し駆け抜けましたわ。


 居た。目的の部屋に入ると、C組のトムが壁の方を向いて倒れてましたわ。


 「下手なかくれんぼは辞めて出てきなさい」


 私の声を聞き、トムの身体が僅かに震える。果たしてこれは気絶しているトムか、それともトムのフリをした主人公か?


 前に回って確認すると、鎧の隙間から土鍋が見えてました。正体見たり、ですわ。私は、雑炊が隠れているであろう部分に蹴りを入れましたわ。


「んぎゃー!」


 悲鳴と共に、エビの様に身をよじりながら雑炊がトムの鎧から出てきましたわ。


「あ、悪役令嬢!どうして私が隠れてるのが分かったの!?」

「土鍋がはみだしてましたわ」

「しまったー!だ、だけど、アンタ部屋に入ってから迷いなくこっち来たじゃない!それはどういう事なの!?」

「簡単な事ですわ。私も貴女と同じという事なのです」


 私はお前の正体を知っている。そう言われたも同然となった雑炊の取った行動。それは、ガン逃げでしたわ。


「あびゃああああ!!」


 始業式の干し草二刀流キリモミ突撃を思わせる決断の速さ、まるで野生動物ですわね。良かった。この部屋の出入り口に結界を張っておいて。


「何これっ!?」


 檻に入れられた獣の様に、見えない壁をバンバンと叩き弾かれる雑炊。


「私、このゲームのラスボスや準ラスボスをしておりますのよ。ボスから逃げられないのは常識でしょう?」

「ドナベさーん!何とかしてー!」


 逃げられないと理解するや否や、雑炊は誰かへ助けを求めましたわ。はて、『ドナベさん』とは一体誰の事でしょう。


「助けてよ、ドナベさん!」


 再度、このゲームには存在しないキャラ名を叫ぶ雑炊。ドナベさんとは誰の事なのでしょう?他のC組の生徒、或いは寮母さんの名前でしょうか?


 あ、今コイツすげー隙だらけですわ。今のうちに動き封じておきますわ。


「そんな分析は後にして、別の対策を早く…ひいっ!」


 ハイ、雑炊が何かブツブツ言ってる間に凍結成功。やはり現時点では私の方が圧倒的に強いみたいですわね。


「いやぁぁぁぁ!!」


 雑炊の悲鳴が心地よい。この五年間の努力が報われようとしている事を実感出来ますわ。


「あら、この程度で終わりなの?正直期待外れですわね。この私に喧嘩を売ってきたのだから、まだ色々と準備していると思いましたのに。まあ良いてすわ。私、貴女に色々と聞きたい事がありますの」


 達成感に酔いしれるのは程々に、私は本題を切り出しました。


「今から私の質問に正直に答えなさい。答えなかったり、嘘を付いたら、その度にひっぱたきますわよ」

「え?なに?」


 ズバァァァン!


「んぎぃ!」


 唐突な質問タイムに理解が追いついていない雑炊の顔に、ビンタ一閃。私は悪役令嬢。尋問は慣れっこですわよ。


「質問するのはこちらですわよ?最初だから手加減しましたが、これから質問に答えない度に本気に近づきますわよ」

「ひいっ!」


 実は、さっきの一撃は結構強めに叩きましたわ。でも、こう言った方が話がスムーズに進みやすいのですわ。


「質問、答えて下さりますわよね?」

「ひぃっ、ひいっ」


 雑炊は鼻水を垂らしながら首を縦に振りました。今なら、何でも答えてくれそうですわね。


「よろしい。それではお聞きしますが、貴女の目的は一体何ですの?」

「ハーレムエンド!」


 バシィィィ!!!


「ぎげぇ!!」


 まだ嘘が付けるなんて、結構根性ありますわね。まあ、本気でハーレム目指してるとしても、ブーン様を寝取ろうとしている時点でビンタ確定なのですが。


「嘘は付くなと言ったはずですわよ?私と同じ転生者でハーレム目指すなら、もっとマシな方法がいくらでもあったでしょうに」

「て、てんせえしゃって?」


 バシィィィ!!!


 素晴らしいド根性、更なるビンタを与えねばなりませんわ。


「あ゛ぁぁぁぁ!!」

「この状況でそんなすっとぼけが通用すると思っていますの?貴女がトム君を使ってかくれんぼしていた時点で、転生者なのは間違いありませんわ」

「違うのぉ!ドナベさん、そう、ドナベさんがやれって」


 また、ドナベさんですか。しかし、彼女がここまで救いを求める存在ならば、例えゲームに存在しない名前でも、何かしらの重要人物かもしれませんわね。


 ドナベさん…ドナベ…土鍋?もしかして、頭のアレに呼びかけてますの?確認が必要ですわね。


「…続けなさい」

「どっ、ドナベさんって言うのは、私にハーレムエンドを目指す様に言ってくれた人で、これまで色々とアドバイスをしてくれたの。私はそれに従っただけで…」


 雑炊の話を聞いて、私はこの場に居ない重要キャラの事が頭に浮かびましたわ。妖精グロリア。ゲームで、ヒロイン及びプレイヤーの導き手となるお助けキャラですわ。ですが、私の記憶が確かなら、グロリアはハーレムに否定的だったはず。一体、どういう事でしょう。


「えっと、とにかく私はドナベさんに言われた通りに動いてただけなんだよ!私の行動の指針は彼女が考えたの!」

「貴女、グロリアはどうしたの?」

「あの妖精は死んだ!今はドナベさんが私の指導役だよ!」


 こ、こいつ、とんでもねえ事言いましたわ!グロリアが死んだ?まだ最序盤ですわよ?確かにグロリアはウザい部分もあるし、ハーレム目指すなら意見が食い違うけれど、どのルートでもイベント必須の存在ですわよ?


 その時、私はようやく雑炊の頭に乗っている土鍋の意味に気付きました。ゲームではグロリアがヒロインの頭に乗っていました。それが土鍋に置き換わっているという事、そして雑炊が頼るドナベさんという存在。


 もしかして、そういう事ですの!?


「それで、そのドナベさんは、貴女が頭に乗せている土鍋と関係がありますの?」

「うん!この土鍋の中に居るよ!ドナベさんは!」


 やはりそうですわ。ゲームの進行役に成り代わった存在がドナベさんで、雑炊はドナベさんの言いなりになっているだけ。だとすれば、この土鍋の中に居る存在こそが私の敵!その答えを確認する為に、私は土鍋の蓋を取りましたわ。


「今だ!ホンワカパッ波〜!」


 蓋を開けた途端、少女の声と共に謎の青い光が放たれ、私と雑炊を包みましたわ。


「くっ!」

「はにゃ〜」


 一体、何ですの…この…光は…。

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