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第七話【悪役令嬢には一片の慈悲も無い模様】

 悪役令嬢が現れた!どうする?

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・まほう

・どうぐ

「あびゃああああ!!」

 私は悪役令嬢の殺意の込められた視線に耐えきれず、打倒悪役令嬢を誓った事も忘れ逃亡した。だが、部屋の外に出ようとした瞬間、見えない壁に弾かれて元の位置に戻されてしまう。

「何これっ!?」

「私、このゲームのラスボスや準ラスボスをしておりますのよ。ボスから逃げられないのは常識でしょう?」

 そんな常識知らない。さっきから何言ってるの!?というか

、この怖さ初めてドナベさんに会った時と同じかそれを更新したかも?訳分かんなくて怖い!

「ドナベさーん!何とかしてー!」

 私は大声で頭上の存在に助けを求めた。理由は分からないが、相手にはこちらのタネが割れているみたいだし、聞こえても問題ナッシン。というか、小声で会話する余裕なんてナッシン。

「助けてよ、ドナベさん!」

「…うん、これは想定外だね。死んだふり作戦がノータイムで見破られるのは想定外。いや、これは寧ろ、この部屋で僕達が死んだふりする事が最初から分かっていたかの様な」

「そんな分析は後にして、別の対策を早く…ひいっ!」

 背筋が凍るかの様な感覚に襲われた次の瞬間、私の身体は本当に氷に包まれた。首から下が一瞬で氷に覆われ、感覚を失う。

「いやぁぁぁぁ!!」

 動けない恐怖と、感覚が残っている首周りからの耐え難い痛みにより、私は絶叫する。

「あら、この程度で終わりなの?正直期待外れですわね。この私に喧嘩を売ってきたのだから、まだ色々と準備していると思いましたのに。まあ良いてすわ。私、貴女に色々と聞きたい事がありますの」

 悪役令嬢は、私が抵抗出来ず泣き叫ぶだけなのを見て、拍子抜けしたかの様な顔をした後、私の目の前まで来て右手を上げた。

「今から私の質問に正直に答えなさい。答えなかったり、嘘を付いたら、その度にひっぱたきますわよ」

「え?なに?」

 ズバァァァン!

「んぎぃ!」

 状況が飲み込めず聞き返した私のホッペタにビンタが炸裂する。トムにホッペタを引っ張られた時とは比べ物にならない痛みだ。もしかしたら皮膚が破れて血が出ているかも知れない。

「質問するのはこちらですわよ?最初だから手加減しましたが、これから質問に答えない度に本気に近づきますわよ」

「ひいっ!」

 今のは、質問じゃなくて確認をしただけなのに!というか、手加減してこれ?なら、手加減しなかったら私の顔どうなるんだよ!

「質問、答えて下さりますわよね?」

「ひぃっ、ひいっ」

 私は可動域の殆どない首を、必死で縦に動かして肯定した。

「よろしい。それではお聞きしますが、貴女の目的は一体何ですの?」

「ハーレムエンド!」

 バシィィィ!!!

「ぎげぇ!!」

 先程の倍痛いビンタが私の顔面を打った。簡潔に正直に言ったのにビンタされた。今度こそ血が出てるかもと視線を動かすと、悪役令嬢の右手に私の血がベットリと付いていた。

「嘘は付くなと言ったはずですわよ?私と同じ転生者でハーレム目指すなら、もっとマシな方法がいくらでもあったでしょうに」

「て、てんせえしゃって?」

 バシィィィ!!!

「あ゛ぁぁぁぁ!!」

「この状況でそんなすっとぼけが通用すると思っていますの?貴女がトム君を使ってかくれんぼしていた時点で、転生者なのは間違いありませんわ」

「違うのぉ!ドナベさん、そう、ドナベさんがやれって」

 悪役令嬢が振り上げた右手が、私の顔に当たる直前でピタリと止まる。どうやら、ようやく彼女の期待に応える返事が出来た様だ。

「…続けなさい」

「どっ、ドナベさんって言うのは、私にハーレムエンドを目指す様に言ってくれた人で、これまで色々とアドバイスをしてくれたの。私はそれに従っただけで…」

 こんな事を話している私は、きっと凄くかっこ悪くて、全ての責任をドナベさんに押し付ける卑怯者として映っているだろう。でも、正直に話さないとこの悪役令嬢に顔面剥がされてしまう。なんせ私は彼女にとって、あれ?私、まだ悪役令嬢に不利益な事してないよね?何でこの人こんなに怒ってるの?

 いやっ、そんな事今はどうでも良くて、今はこれ以上ビンタされない様に喋り続けるんだ!

「えっと、とにかく私はドナベさんに言われた通りに動いてただけなんだよ!私の行動の指針は彼女が考えたの!」

「貴女、グロリアはどうしたの?」

 グロちゃんの事まで知ってるの!?聞きたい、今ここで彼女が何者なのかすっげえ聞きたい!ビンタさえ無ければ!今はたた話せ私!

「あの妖精は死んだ!今はドナベさんが私の指導役だよ!」

「それで、そのドナベさんは、貴女が頭に乗せている土鍋と関係がありますの?」

「うん!この土鍋の中に居るよ!ドナベさんは!」

 私の言葉を聞くや否や、悪役令嬢は私の頭上に手を伸ばし、土鍋の蓋を取った。

「今だ!ホンワカパッ波〜!」

 ここしか無いとばかりに、得意のアレを発動するドナベさん。

「くっ!」

「はにゃ〜」

 いつもより五割増ぐらいのホンワカパッ波の光が私と悪役令嬢を包む。気持ちよさも…五割増しだぁ…。

(ホワンホワンホワ〜ン)

『冒険乙女カトリーヌン』クリアおめでとうございます!カトリーヌン・ライス役の武者小路梢です!このおまけボイスを聞いてるって事は誰かのルートをクリアしたって事ですよね?よっぽど上手くプレイしないと、このゲームは全ての人を救う事が出来ません。

 そう、一周目でプレイヤーさんが救えなかったあの人達も、選択肢と戦闘の結果次第で全員救う事が出来るのです。その方法はここでは言えませんが、一つだけヒントを。

 あなたに色々と教えてくれる人を時には疑って、違う行動を取る事も大事ですよ?それじゃあ、次の冒険でまた会おうね!カトリーヌン役の武者小路梢でした〜。

(ホワンホワンホワ〜ン)

 夢から覚めると、私は保健室のベッドに居た。いつもと違って、あの光を浴びてから結構時間が経ったみたい。あの後、どういう経緯で私は保健室に来たんだろうか。上半身を起こして辺りを確認すると、ベッドのすぐ横にデール先生が立っていた。

「うわっ、びっくりした!」

「気が付いた様ですね。雑炊、あなた自分が何をしたのか分かってますか?」

 何でか知らないけど、デール先生は私を心配する様子はあんまり無い。逆に凄く怒っているのが一目で分かる。

「先生、どれの事ですか?」

 先生を怒らせる事に心当たりがあり過ぎる私が問うと、デール先生は目をつり上げながらこう言った。

「個人戦でトム君に襲いかかった事です!」

「あっ、それでしたか」

「何で同じクラスの生徒を狙いに行ったんですか!」

「だって、個人戦だし、ルールにも同じクラスの子を狙ってはいけないって書いてなかったし」

 ゲームでも、同じクラスの子を倒しても特にペナルティは無かった事はドナベさんから確認している。だからこそ、私は初手トム狩りに踏み切れたのだ。

「私のやった事、ルール的には問題無いよね?」

「それはその通りです。実際に、今回の個人戦では他のクラスが全滅した後に、余った時間でAクラス同士で戦っていましたからね」

「だったら、私だけ怒られるのはおかしいですよ!」

「雑炊、あなたは勘違いをしています。今回あなた達が行ったのは『クラス対抗戦の中の個人戦』という競技なのです。ルールに無かったからと、仲間を優先して襲うのは褒められたものではありません」

 先生の言っている事は当たり前の常識だ。私も、ドナベさんからやっていいと言われなければこんな事しなかった。そして、そのドナベさんはさっきから何度小声で呼び掛けても何の助言もくれない。

「取り敢えず、今はもう少し寝ていなさい。保険の先生に見てもらって何とも無かったら、改めて職員室で今回の件について話します」

 そう言い残して先生は出て行き、それを待ったいたかの様にドナベさんが土鍋の蓋を少し持ち上げ私に話し掛けてきた。

「やれやれ、言われたい放題だったね」

「ドナベさん、何で私が怒られてら間、話し掛けても無視してたの」

「仕方無いだろ。妖精グロリアは契約者以外の人間との接触を可能な限り避けている。彼女の立ち位置を奪った僕は、そのルールに従ったまでさ」

「なら、その事は文句無いけど、ドナベさんの言う通りにしたら怒られたんだよ?襲っても大丈夫だって言ったよね?」

「言ってない」

 出たよ、ドナベさん得意の責任逃れ。

「確かに言った!怒られないって!」

「そんな事言った覚えは無いね。作戦の説明をした時、僕は君にこう言ったんだ。『この学園は実力主義。勝てば官軍。君が悪役令嬢に勝利さえすれば、ルール上グレーな行為の一つや二つ大目に見てくれるさ』って」

 私は作戦会議の時の事を思い出す。確かに、ドナベさんはそんな風に言っていた様な…。

「ほら、今回も悪いのは君だろ?なんせ、悪役令嬢はおろか、最初に狙いを付けたトムにさえ返り討ちにされて真っ先に脱落したんだからね」

「ううっ、そう言われると何も反論出来ない」

 そう、私は本来味方のトムに不意打ちをしておいて、逆に倒されて開始三分で脱落。悪役令嬢や他のA組生徒の顔を間近で見る事も無く、個人戦を終えたんだった。

 …本当にそうだっけ?もう少し色々あった気もするけれど、うまく思い出せない。

「ねえ、ドナベさん。私、トムに襲いかかってからどうなったんだっけ?」

「雷魔法を受けて倒れたトムに押し潰されで、保健室行きだよ」

「もう少し何か無かった?」

「何も無かった。何も出来なかったよ。雑炊、もし君に個人戦で活躍したという記憶があるなら、それは何の成果も出せなかった事を認めたく無くて君自身が産み出した妄想、偽の記憶だと思うよ」

 ドナベさんに冷たく突き放された私は、ようやく現実を理解し、後悔と絶望に包まれた。

 私は、個人戦で全く活躍出来なかった。しかも、担任と同級生に大口叩いておきながら、クラスにとってマイナスの効果しか出さずに最速で負けてしまったのだ。

「ドナベさ〜ん!私、明日から学校行きたくないよぉ!」

「僕に泣きつかれても困る。モブキャラとの付き合いは、僕のケアの対象外だ」

「そんなぁ!!」

「だけど、君を強くする事は出来る。これまでの訓練がぬるま湯に感じるぐらいキツイし、この世界の人間には理解出来ないものだけど、これを受ければ君は確実にC組の奴らが逆らえない強さを手に入れられる」

「やるやるー!」 

 私は二つ返事で、内容すら知らないシゴキを受け入れた。学園で孤立してしまい退学一直線になるよりはマシだ。この時は愚かにもそう思ってしまったのだ。

「フフフ、ならこの誓約書にサインを」

「はーい!」

 こうして私は目先のピンチから逃れる為に更なる地獄へと自ら飛び込んだのだった。

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