四月末、クラス対抗戦の日。私は万全の状態でこのイベントに挑む事が出来た。筋肉痛も腹痛も無い。雑炊呼ばわりも慣れた。ドナベさんが寮に帰ってからも、しつこく雑炊と呼び続けてくれたおかげだ。
ありがとうドナベさん。後で絶対殴る。
「さて、まずは団体戦だね」
「うん」
今日も今日とて土鍋に入ったドナベさんが、頭上から話し掛けてくる。
「ドナベさん、個人戦が始まるまでに、何かしといた方が良い事は?」
「んー、特に無いね」
対抗戦は団体戦と個人戦に分かれていて、団体戦は学園内に作られた人工ダンジョンでの探索、個人戦は別の人工ダンジョン内での学生同士の戦闘となっている。私は個人戦に出るので、団体戦の間は応援係だ。
「フレーフレー!C組!」
トムが一生懸命応援しているが、無意味な事を無駄に頑張るなあとしか思えない。C組は主人公が参加してない方の競技は自動的に敗北する(ソースは安心と信頼のドナベさん)。
だから、ここで私達が応援しても意味が無いのだ。
と、言う訳で今から私はA組の面々をガン見して目の保養をする。
A組五位、タフガイ・マキシマム。攻略対象の一人で、圧倒的物理耐久力を持ち、有効な攻撃魔法を習得していないと突破は不可能と言われている。
A組四位、リー・ラオ。理系担当の攻略キャラ。魔法の瞬間火力が頭一つ抜けていて、初期ステータスで戦ったらワンパンで落とされるのは必至。
A組三位、ブーン・フォン・アークボルト。実力は平凡だが親のコネでこの順位を得ているという設定だ。だが、実際にはタフガイとリーに勝るとも劣らないオールラウンダーな性能となっており、やはり攻略は難しい。少なく見積もっても、B組の連中よりはずっと強い。
A組二位のスグニ・マゾクナルは、ブーン様とは違い、本当に家のコネしか無いクズで、ドナベさんから聞いた話では、弱いし、倒せば皆から感謝されるし、ボーナスキャラみたいなものだとか。
んで、A組一位フリーダ・フォン・ブルーレイはどのキャラのルートを進んでも私に絡んでくる悪役令嬢。ブーン様と付き合うと『ブーン様は私の婚約者ですわよ』と絡み、リー君と付き合うと『貴方達が未許可で危険な実験をしてる様ですわね』と絡み、タフガイと付き合うと『その方は私のパーティにこそ相応しいですわ』と絡んでくる。本当に厄介な相手だ。だが、私にはドナベさんが考えた攻略法がある。絶対にこの戦いに勝利して、分からせてやる。ギギギギ。というか、そこ代われ。
「おい、雑炊!何でクラスメイトの応援しないんだよ!」
イケメン三人に囲まれている悪役令嬢を睨み歯ぎしりしていた私は、トムの声で現実に戻される。
「はぁ〜、あっちは有能イケメンだらけなのに、こっちはトムやその他のモブか〜」
「お前、本当にいい加減にしろよ!」
突然、トムが私のホッペタを掴み、真横に思いっきり引っ張った。
「イダダダダ」
「練習用のダンジョンに入って行ったクラスメイトの事、なんで応援してやらないんだ!」
「いや、だってここから応援しても声が届かないし、どーせ負けるの分かってるし」
実際、団体戦の方は私が参加していない場合、自動的に敗北が決まってしまうのだ。
「だけど、勝ち目の少ない戦いでも、いや、そういう戦いだからこそ応援で心を一つにする必要が!」
「ウルサイ。私は個人戦に向けて目の保養…じゃなくてA組の様子を見てるから、結果に何の影響も無い自己満足の応援はアンタらだけでやっててよ」
「なっ!?」
私はトムの手を払い除け、土鍋の直径ぐらいにまで伸び切ったホッペタを手で押して元に戻しながら距離を取る。もし、私がA組に居たなら喜んで応援に参加しただろう。だが、これからすぐに他人になる、好感度設定も無いC組を応援して何になるというのだ。
トム達から見えない位置に移動し、イケメン観察再開。悪役令嬢の立ち位置に自分が居る妄想をしていると、トボトボとした足取りでC組のモブ達が帰ってきた。
「私、もうこの学校やめるっ!」
「隠された財宝も、ボスも全部、A組とB組に持ってかれた…もう駄目だ」
「いや、良くやった。全員怪我せずに帰ってきてるじゃないか!後は俺達に任せろ!勝てるかは分からないが、せめて一矢報いてやる!」
モブ達の悲鳴と彼らを慰めるトムの声が聞こえてくる。うーん、やっぱり駄目だったか。
「雑炊、お前からも何か言ってやれ」
負け組達に励ましの言葉を送っていたトムが私に声を掛けてきた。
「えー、私が?」
「彼らはこれから個人戦用のダンジョンに向かう俺達を応援してくれるんだ。だから、彼らの為に何か言うのが筋というものだろ?」
「まー、そういう事なら。えーと、対抗戦で何の成果も無く帰ってきた負け組の皆さんお疲れ様でした。恐らくここに居る内の半分以上は一度もB組にすら上がれず退学になるでしょう。でも、それは皆さんに努力か才能か、或いは両方が足りないからそうなるのです。ですが、冒険者以外の生き方だって立派なものです。皆さんは今の内に人生設計を見直して新たな目標に向け頑張って下さい」
「この馬鹿野郎!」
言い終わると同時に、私はトムにホッペタを引っ張られて皆の前から遠ざけられた。
「何言ってるんだお前ー!」
「トムが言えって言ったから。それに、この学園は実力主義なんだし、慰めるよりも諦めを勧める方が相手の為だよ」
「…もういい」
トムは私のホッペタから手を離してダンジョンの入り口へと向った。
「あー、痛かった」
「雑炊も随分と言う様になったじゃないか」
トムが去った後、団体戦の間ずっと黙っていたドナベさんが口を開いた。
「ドナベさん、なんだかいつもより嬉しそうだね」
「そりゃそうさ。今のやり取りで、君がこの世界での勝ち方を掴んできている事が伝わってきたからね」
「うん。私はハーレムの三人に全力を傾けないといけないんだ。モブの皆にリソースを割く余裕は無いからね。さてと、私も入り口に行かないと」
この個人戦では、参加者がそれぞれ別の入り口からダンジョンに入り、中に設置されたアイテムを回収しながら出会った参加者同士で戦うという形式となっている。
入り口の前に立ち、待つ事数分。開始の合図と共に、私はダンジョン内へ突入し、全力ダッシュした。
「雑炊、最初にするべき事は分かってるね?」
「おうよっ!」
私は打ち合わせ通り、入って直ぐ右へと折れ曲がり、誰よりも先に目標をゲットする為にダッシュアンドダッシュ!
そして、無事に『そいつ』を見つけた。
「ぞ、雑炊?お前もうこんな場所まで来たのか?」
「ライトニング!」
「んぎゃー!」
ダンジョン突入から三分足らずで私と出会って驚いているトムに、弱点の雷魔法をぶっ放す。トムはなすすべもなく気絶した。
「しゃあっ!第一関門クリア!」
「他の奴が来る前にそいつを着込むんだ」
「がってん承知!」
私は気絶したままのトムを背負い、彼の着ている鎧の中に自分の身体を隠す。無事に二人羽織が完成した私は、壁際に寄り寝転ぶ。
「死んだふり戦法完成!勝ったな、風呂入ってくる!」
「雑炊、静かに」
「ごめん」
今回の個人戦は、最後の一人になるか制限時間を過ぎたら終了となる。そこで熟練プレイヤーが発見した戦術が、『弱くて無駄にでかいトムを真っ先に倒しに行き、彼の身体に主人公を重ねて敵の目を欺く』というものだった。
後は、制限時間までそのままやり過ごして、トムの撃破と生還ポイントを得て昇格。これが原作ゲームでの勝ち筋である。
はい、卑怯ですよ?でも、ドナベさんが『原作でコレやった時、特にペナルティ発生しなかったし、ダイジョブダイジョブ〜。勝てば官軍ってヤツさ』と言ってくれたし、ダイジョブダイジョブ〜。
そして、ハーレムを目指す私達はこれに更に一工夫する!それは、ここを通りかかった奴に背後から不意打ちして、更にポイントを稼ぐという事だぁー!!
「雑炊、来たよ」
「うん」
他の生徒が部屋に入って来る気配を感じて、私とドナベさんは息を潜める。石畳に女性の足音が響き、とても良い匂いが私の鼻をくすぐる。こ、これは悪役令嬢!まさか、いきなりド本命が来てくれるとはなんたる幸運!
悪役令嬢は部屋に入ると、私が入ったトムの方を向き、真っ直ぐに近づいて来た。えっ、ナニソレ!ドナベさんに聞いてた話と違う!何で倒れてるトムを気に掛けるの!?私は今直ぐドナベさんに問い詰めたかったが、今口を開くと、悪役令嬢に気付かれる!
「下手なかくれんぼは辞めて出てきなさい」
悪役令嬢の冷たい声が部屋に響く。ゲエーっ、バレテーラ!?い、いや、ハッタリの可能性がががが。くっそー、どうすればいいんだよ!
怖くて何も行動出来ないでいる私のすぐ側まで悪役令嬢が近づく。そして、私の隠れているトムのお腹を正確に蹴り上げた!
「んぎゃー!」
激痛に身をよじりながら私はトムの鎧の中から抜け出す。
「あ、悪役令嬢!どうして私が隠れてるのが分かったの!?」
「土鍋がはみだしてましたわ」
「しまったー!だ、だけど、アンタ部屋に入ってから迷いなくこっち来たじゃない!それはどういう事なの!?」
必勝の策があっさり破れ、狼狽えまくる私。悪役令嬢はそんな私に対して、不敵な笑みを浮かべるとこう答えた。
「簡単な事ですわ。私も貴女と同じという事なのです」
どゆ事?