「カトちゃんが悪い」
着席するなり、ドナベさんが自己弁護を口にした。
「これは君の物語。僕は助言者に過ぎないんだ。だから、君の人生には君が責任を負うべきだ」
「何よそれ、『僕に任せろ』って言った癖に、いざ本番になったら何もせずにダンマリだったのはドナベさんじゃない」
「僕はまだこの世界に来て日が浅いんだよ。だから、僕の勘違いは仕方無い。うん、やっぱり君が悪い」
詐欺師みたいな事を言いやがって。いや、実際詐欺師じゃないか。ドナベさんが来てから、私に何か良い事あった?いや、無い。もし、ドナベさんが居なかったら、私はグロリアと一緒に学園生活をしているか、グロリアとも会わずに一人で居るかになるんだろうけど、どちらにしても今よりマシな学園デビューになっていたハズだ。
「ねえカトちゃん、もしかして僕の事疑っている?僕は間違いなく君の味方だよ」
「敵味方以前に、能力を疑ってる。あんた本当にこの世界と私を救う事出来るの?」
「そんな君にホンワカパッ波〜!」
「アッー!!」
土鍋の底がペカーっと光り、私の頭全体を包む。その技…、そんな発射も…出来るんだ…。
(ホワンホワンホワ〜ン)
『冒険乙女カトリーヌン』攻略のヒント・クラス対抗戦編!
ホーッホッホッホ!冒険乙女カトリーヌンをご購入してくれた皆様、ご機嫌いかがかしら?悪役令嬢フリーダ・フォン・ブルーレイですわ。今回は対抗戦イベントをクリア出来ないという皆様の為に、この私がアぁードバイスぅーをしてあげますわぁ!
このゲームで毎月行われているクラス対抗戦。これを制するコツ、それは…ズバリこの私、フリーダ・フォン・ブルーレイとの勝負を避ける事ですわ~!
何故なら、このイベントでの私は強靭無敵最強なのですわ。倒そうと思えば倒せますけど、やり込みや縛り目的でのプレイではないのなら、他の生徒を狙った方が、結果的にポイント稼ぎ効率が良いのですわよ。私の中の人も実際にプレイしましたけれど、『どの月の対抗戦もフリーダ様撃破は一周目では無理』っておっしゃってましたわ。
と言う訳で、この私を倒したくば、終盤のボスバトルまで我慢推奨ですわ。それでも『私は一周目の序盤からフリーダを倒したい』とおっしやるのでしたら止めません。手加減しませんから全力でかかって来るがいいですわ。ホーッホッホッホ!
(ホワンホワンホワ〜ン)
「悪役令嬢フリーダ、絶対に…コロス!」
先の展開を知らされた私は、まだ会ってもいないライバルへ殺意を燃やす。高校デビュー失敗のショックは完全に消え失せていた。んあ〜、やぅぱこの光気持ちええんじゃ〜。
「高校デビューの失敗は、対抗戦で取り返す!」
「頑張れカトちゃん」
「あんたも頑張るの!取り敢えず今月末までの三週間、何かやっておいた方が良い事があったら教えてよ」
「ふーむ」
ドナベさんは土鍋の蓋を僅かにずらし、教室の中を確認する。考えをまとめているのだろうか。やがて、決心がついたのか、ドナベさんは真剣な声色で語り始めた。
「カトちゃん、僕にはゲーマーとしてのプライドがある。だから、君に対しては細かいネタバレは可能な限り避けたかった。君には新鮮な気分で君自身の人生を楽しんで貰い、その上でハーレムエンドにしたかった。でも、君が原作よりポンコツだから、このままではノーマルエンドすら危うい。だから、これからは今まで以上に先のネタバレしつつ二人で対策を練っていこうと思う」
これまでのミスは私のせいだというスタンスが変わらないのは心底腹が立つが、ドナベさんが本気で私を幸せにしてくれそうなのは嬉しかった。
「…ありがとう、ドナベさん。で、そのネタバレ内容と私がやる事は何?」
私は怒りを頭の奥に押し込み、助言を乞う。
「まずは、このC組で今後行われる小テストで満点を取り、成績上位者になる。成績上位者になれば、対抗戦でメインキャラ達とのバトルに参加出来るからね」
「ふむふむ」
「そして、そこで悪役令嬢フリーダと攻略対象三人を君一人で撃破する」
「ふむー?」
私は首を傾げた。先程ドナベさんに見せて貰ったゲームの記憶では、今はまだ悪役令嬢には勝てない。仮に勝てたとしても、旨味は無いみたいな事を悪役令嬢本人が言っていたからだ。
「ドナベさん、悪役令嬢は倒すのは今は無理じゃないの?」
「確かに、一年目四月の対抗戦のフリーダ撃破は、やり込んだプレイヤーでも成功は難しいし、ここで勝っても得られるものは少ない。でも、倒す前提で戦うんだ。何故なら、今後悪役令嬢とは何度も戦う事になるし、君も僕も彼女の強さを実感しておく必要がある」
「対抗戦の先を見据えてって事だね。そーゆー事なら、言う通りにするよ」
こうして、四月末対抗戦に向けて、私達の挑戦が始まった。
「カトちゃん、今の君は原作主人公未満のステータスだ。今月中に、原作のヒロインに追い付いて貰いたい。なので校庭百周」
「どすこいとすこいどすこーい!」
四月九日、ドナベさんの指示で気絶するまでランニングさせられる。
「起きてよ、もう朝だよ。さあ今日も放課後ランニングだ」
「無理、筋肉痛」
「大丈夫、牛乳飲めば治るよ」
四月十日、主人公なら一晩寝て牛乳飲めば全回復すると言われて、また気絶するまで走らされた。
「足、痛い、お腹も痛い」
「君、本当に主人公?何で治らないの?」
「逆に聞くけど、何で治ると思ったの?」
四月十四日、筋肉痛が一向に治らず、牛乳の飲み過ぎで下痢にもなる。流石にこれ以上は無理だと頼み込み、足が治るまでは座学を鍛える事になる。
「ほら、雑炊。この問題はこの公式を使えば解けるだろ」
「そっかー、ありがとう。トム」
四月十八日、クラストップのトムから勉強を教わる。私の事を雑炊なんて呼ぶクソ男だが、上のクラスに行くまでの辛抱だ。
「今回のテスト、満点は二人。トムトム・トム君と雑炊さんです」
四月二十日、デール先生の抜き打ちテストで満点を取る。この日にテストがある事はドナベさんからは聞いて無かった。どうやら、私を鍛えるのに夢中で、テストの日を完全に忘れていたとのこ事。あっぶねー。
「うおっ、まじか!雑炊が成績五位だって!」
「じゃあ、雑炊さんがトム君達と一緒に個人競技に出るって事?」
「おい雑炊、対抗戦では絶対ふざけるなよ!俺達の昇格が掛かってるんだからな!」
四月二十四日、今月の総合順位が貼り出された。私は始業式のマイナスを取り返し、なんとか五位に滑り込み、悪役令嬢達と戦うステージに立つ権利を得られた。それにしても、最近モブ生徒のやっかみがウザくなってきた。
「カトちゃん、対抗戦の個人戦メンバーに入る事が出来たね。おめでとう」
「ありがとドナベさん。それは良いんだけどさ、最近モブ共の嫉妬がキツいんだよね。自身の努力不足を棚に上げて、私の陰口ばかり言ってる奴が居るんだよ」
「気にする事は無いよ。どうせ、来月には目の前から消える奴らだ」
「でもさ、私の事を雑炊って呼ぶんだよ!多分トムが広めたんだろうけど、酷いあだ名だと思わない?先生まで、私の事を雑炊と呼ぶし」
「雑炊?…あ、あ〜多分あれが原因?」
何かに気付いた、若しくは何かを思いだしたかの様な間延びした声を出すドナベさん。おい、またお前何かやらかしたのか!?
「ドーナーベーさーん?」
「違う、今回も君が原因だ」
土鍋の蓋をカタカタ揺らしながら、疑いを否定するドナベさん。一応言い訳は聞いてやろう。
「君が雑炊とクラスメイトや教師から呼ばれてるのは、自己紹介が原因なんだ」
「自己紹介って、始業式の?」
「そう。僕のプレイしたゲームでは、始業式の時の自己紹介で、あだ名を決める事が出来たんだ。デフォルトだとカトちゃんなんだけど、ここで他の呼び方を入力すると、以後は皆がその呼び方となる」
私は自己紹介で自分が何を言ったかを思い出す。確か、テンパって頭の土鍋が弁当箱で中身が雑炊とか言っちゃっていた。
「ま、まさか、あの時に私が雑炊とか言ってしまったから」
「あの時の自己紹介で君が発した名詞は土鍋と弁当と雑炊。その内土鍋は僕の名前で使ってるし、弁当は体育会系攻略キャラのタフガイの異名だ。よって、残された雑炊が君のあだ名になったんだよ」
「やだー!雑炊ってオバちゃん臭いからやだー!カトちゃんに戻す方法無いの!?」
「無い。卒業まで君のあだ名は雑炊。そして、物語の世界を安定させなきゃいけないから、今後は僕も君の事は雑炊と呼ぶから」
「イヤァァァァ」
こうして、私のあだ名は雑炊になった。クラスが変わっても雑炊。卒業までずっと雑炊。