本編最初の好感度アゲアゲチャンスを無駄にしてしまった私は、受付やってた先生に見張られながら、始業式が終わるまで大人しくしていた。
「えー、この学園に入学してからが本番です。入学出来たからって浮かれている子は、あっという間に落ちこぼれますよ。それは肝に命じといて下さいね。以上で始業式を終わります。生徒の皆さんはそれぞれのクラスに移動して、最初の授業が始まるのをお待ち下さい」
校長先生の締めの挨拶も終わり、生徒達が次々と立ち上がり体育館を出ていく。私も、受付の先生に腕を掴まれた状態で立たされ、そのまま一年C組へと連れて行かれる。
教室に着くまでの間、他の生徒達が私の方を見てヒソヒソと話していた。
「おい、あれ土鍋…」
「うん、どう見ても土鍋…」
「しかし、何で頭に土鍋…」
「多分、あの土鍋に支配されてるんじゃ…」
きっと、校長先生の言っていた『合格しただけで満足して落ちこぼれる奴』だと思われているのだろう。ところがどっこい、私は主人公だからここからすぐ這い上がるんだよなあ。待ってて、タフガイ、ブーン、リー。近い内に同じクラスになるから。ドナベさんの力でね!
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴ると、私を捕まえていた先生が教壇に移動した。どーやら、この先生が担任だった様だ。
「よし、全員席に着いてるね。じゃあ、まずは自己紹介から始めようか。先生は、この一年C組の担任をしているデールです。デール先生って呼んで下さい」
デール先生は黒板に自分の名を書いていく。うーん、なんというか無難な感じの男性教師だなあ。ゲームの主人公とやらが最初にお世話になる教師だからか、当たりでも無ければハズレでも無い、ザ・普通って言葉がしっくりくる教師だ。
「先生は一年間このクラスを担任しますが、この冒険者学園は実力主義なので結果を出した生徒は途中でA組やB組に転入する事になります。そして、二年生になる前に一度も上のクラスに転入出来なかった生徒は退学処分になりますので、皆さん頑張って下さい。先生も、一年間付きっきりで応援します。あ、一年間一緒の生徒は退学でしたね!たははは」
デール先生のブラックジョークに笑う者はいなかった。私を除いて。
「プププー、デール先生ってば面白ーい!でも、実力主義の学校で一番デキの悪いクラスの担任って事は、デール先生も教師の中でビリなんですよねー?先生も来年居なくならない様に頑張って下さいねー!あははは」
他の生徒達が苦い顔をしている中、私は大笑いしていた。デール先生が私の方を見て、笑顔のまま額の血管ビキビキしてても私は気にしない。何故なら私は主人公!何度でも言うぞ、私にはドナベさんが付いているのだ!
「こんなクラス通過点。そうだよね、ドナベさん?」
「ああ。この先は、いや、この先も僕に任せておきたまえ。こんなクラスに居ても良いイベントなんて無いから、最短で昇格に導いてあげるよ」
お互いにだけ聞こえるぐらいの声で私はドナベさんと会話する。私もドナベさんも、こんなクラスの授業超余裕なのだ。
…まあ確かに、クッキーの件と始業式の件はお互いミスったかもだけど、あれはハーレムエンドの達成を楽にする為の高等テクニック。一方、C組での授業は、普通にゲームクリアーするのに必要な基本中の基本。
要するに先程とは難易度が違う。この世界の元になったゲームを全ルート制覇しているドナベさんの力を借りれば、A組への昇格なんてあっという間。私達にとっては、A組に昇格し攻略対象と再会してからが本番なのであーる!って、ドナベさんがチャイムの前に言ってた。
「はい、それじゃあ先生の自己紹介も終わりましたので、次は君達に自己紹介をして貰います。入学試験の成績順に呼びますので、一人ずつ先生の横に立ち、この魔力測定器に手を置きながら自己紹介して下さい」
モブ生徒達の顔がますます険しくなる。成績順に自己紹介、そして、魔力測定となれば嫌でもクラス内での序列が明らかになる。
「それじゃあ、成績が良い順に呼びますよ。まずはトム」
「は、はいっ!俺はトムトム・トムと言います。このC組では成績トップみたいだけど、一年生全体では真ん中ぐらいなので、もっと上を目指します。俺は前衛のタンク役が得意なので、壁役が欲しい時は俺をパーティに誘って下さい!」
魔力測定器に手をかざしながらトムとやらが自己紹介をする。自己紹介を終える頃には測定が完了し、魔力値は150と示された。
「ねえドナベさん、この自己紹介ってどれぐらいの数字出せば良いのかな?」
私はヒソヒソ声でドナベさんに問い掛ける。
「ふむ。魔力測定は原作のミニゲームでやり込んだ。ここで高い数値を出せば、担任と生徒の評価が上がり昇格への道が早く開ける。具体的には、入学直後なら600以上の数字を出せば、最高の評価を得られたはずだ」
それって、このクラスで現在一位のトムの四倍だ。魔力量について詳しくない私でも、ドナベさんが無理難題を言っている事が分かる。
「今の私に600出せるかなあ?」
「僕を信じて。このミニゲームにはコツがあるんだ。自己紹介が始まったら、僕の言う通りにして。間違いなく600は超えられる」
ドナベさんに確認を取っている間に、モブ生徒が自己紹介を終えていく。全員が名前と特技と目標を語るだけのつまらない自己紹介をしていた。そして、トムの150の記録を超えるモブは誰も居なかった。全員が50〜120の間に収まっている。
うーむ、これは見事なモブ集団。私は安心した。この先、私がA組に昇格してこいつらと別れたり、私の成績が上がる事で誰かが退学になっても、きっと私は何とも思わないだろう。
優秀かつ個性が爆発している攻略対象達を目の当たりにしている私からすれば、このクラスのモブ達は言っちゃあ悪いが猿みたいなものだ。数十匹居る猿が一人や二人消えても、気にはしないし、どの猿だったかも忘れてしまうだろう。
「それじゃあ最後の土鍋、じゃなくて、カトリーヌン・ライスさん。前に来て」
「はいっ!」
私はデール先生の横に立ち、測定器に右手をかざす。
「ドナベさん、ここからどうすれば良いの?」
「自己紹介が終わるまでの三十三秒間に、Aボタンを百八回連打するんだ」
よっしゃ!一秒につき四回の連打なら余裕!私はドナベさんの言葉に従いAボタンを…。
「ドナベさん、Aボタンってどこ?」
「えっ」
私はボタンらしきものを探したが、測定器にも教壇にもそれらしきものは無い。
「というか、Aボタンって何?」
「ゲームのコントローラーに付いてるボタンで、主にプレイキャラクターに何かの決定をさせる時に押すボタンだよ。一部ではアクションボタンという呼び方もされていて」
「それ、絶対この世界には無いよ!」
「…」
ドナベさんは押し黙った。そのまま二十秒程お互い黙っていた後、
「カトリーヌンさん!何をやってるんですか!」
突然デール先生が、怒りを込めた声で私に喝を入れた。
「頭に土鍋乗せて遅刻したり!他の生徒に飛びかかったり!私を馬鹿にしたり!そして、散々好き勝手した癖に自己紹介一つ満足に出来ない!」
「ま、待って。違うんです!Aボタンが見つからなくて!」
「先生には君が何を言ってるか分かりません!もう、名前だけでも言って席に戻って下さい」
ガビーン!何という誤解!私はいつの間にか、自己紹介すら出来ない陰キャ扱いを受けてしまっている!
「わ、私の名前はカトリーヌン・ライスですっ!この頭の土鍋は…そう!お弁当箱で中に雑炊が入ってるから傾けられなくて頭に乗せてるんです!そんな私ですが、よろしくねー!」
自分でも何を言ってるのか分からない自己紹介を終えて、大慌てで自分の席に戻る。
測定結果は『6』だった。