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第35話 昇格祝いと様々な予感

「改めて。瑠奈先輩、Bランク昇格おめでとうございます!」

「えへへ、ありがとう鈴音ちゃん。じゃあ、私からも……鈴音ちゃん、Bランク昇格おめでとう!」

「ありがとうございます」


 Bランク昇格試験を終えてから早くも一週間。

 八月上旬の某日である今日は、瑠奈や鈴音が住むダンジョン・フロート西部第三地区で夏祭りが行われている。


 既に日は完全に沈み切り、夜闇の中に浮かび上がるは屋台や出店、そして等間隔に並ぶ提灯の明かり。


 二人はこの日を利用して、互いにBランク昇格を祝おうと約束していたのだ。


「でも、瑠奈先輩本当に凄いです。お姉ちゃんが探索者登録から半年でBランク昇格だったのを、先輩は三ヶ月。Bランクへの最速昇格記録が塗り替えられたぞって、最近そんな話題で持ち切りですよ」


 そう。瑠奈が探索者登録をしたのは高校入学と同時。

 Bランク昇格試験が行われたのは七月下旬なので、およそ三ヶ月でBランク探索者の地位まで来たことになり、歴代最速記録なのだ。


「あはは。でも、凪沙さんは当時中学一、二年でしょ? 流石にそれはバケモノすぎるよ~」

「確かにお姉ちゃんはかなりバケモノですけど、瑠奈先輩も負けてませんよ?」

「あぁ~! 鈴音ちゃん、それどういう意味ぃ~!?」


 瑠奈が不満げにぷくぅ、と頬を膨らませて見せると、鈴音は可笑しそうにしながら「ウソですウソです」と訂正した。


「瑠奈先輩は可愛いです」

「取り敢えず可愛いって言っとけばワタシが納得するって思ったら、大間違いだからねぇ~?」

「えぇ~、本当ですよ。その浴衣、とてもよくお似合いです」

「えっ、そう?」


 瑠奈はちょっと嬉しくなりながら、自身の身に付けている浴衣の袖を持って一回転して見せる。


 濃紺を基調とした生地に、赤く鮮烈な彼岸花と落ち着いた白色の彼岸花の絵柄が映えている。とても瑠奈らしい浴衣と言える。


 そして、褒められたからには瑠奈もお返しをしなくては……というより、元から言うつもりではあった。


「まぁ、ワタシが可愛いのは周知の事実だけどねぇ。でも、そんなワタシにも勝るとも劣らない鈴音ちゃんの浴衣姿っ! 写真撮って良い?」

「えぇっ、そこまでですか!?」


 サッとスマホのカメラを向ける瑠奈の前で、慌てた様子を見せる鈴音。


 こちらは白い布地に青色や水色の朝顔の絵柄が描かれており、シンプルながら鈴音の雰囲気によく合っている。


 ――カシャ!


「ちょ、瑠奈先輩!?」

(あぁ~、結い上げられた黒髪の美しさたるや……!)


 ――カシャ! カシャカシャ!


「あ、あの……!」

(恥ずかしがってほっぺとか耳とか赤くなってるのが可愛い……!)


 ――カシャシャシャシャシャシャァッ!!


「れ、連写!? って、何枚撮るんですかっ!?」


 もう駄目です! と顔を真っ赤にした鈴音が耐え切れなくなって、瑠奈のスマホを押さえつける。


「えぇ、あと百枚ほど……」

「んもぅ! ダメに決まってるじゃないですか!」

「可愛いは正義! 最優先事項だよ!?」

「瑠奈先輩の謎理論を押し付けないでください」

「はぁ~い……」


 しょぼんとしながらスマホを仕舞う瑠奈。


(まぁ、隙を見てまた撮れば良いか)


 ちっとも反省していなかった。


「よし、じゃあ取り敢えず屋台巡りだ~! わったあ~め、たっこや~き、き~んぎょ~すくぅ~い♪ あっ、まずはお面だよねぇ~」

「あ、待ってくださいよ~」


 インドアを決め込んでいた前世ではあまりこういったお祭りへ足を下運んだことがなかった瑠奈。


 なので、今日はかなりテンションが高く、足取りは軽やかで下駄を鳴らし、人込みをひょいひょいと進んで行く。


 鈴音も慌てて追いかけるが、人の流れに阻まれて徐々に彼我の距離は開いていき――――


 ドンッ。


「きゃっ……」


 誰かの肩にぶつかってしまった。

 思ったより強い衝撃で、鈴音がよろめく。

 一度体勢が崩れれば、人の流れに溺れ、上手く歩けなくなる。


「る、瑠奈先輩……」


 辺りは人だらけ。

 なのに、みるみる大きくなっていく孤独感。

 もはや誰が何を言っているのかわからないざわめきの中で、鈴音がもう見えなくなってしまった瑠奈の姿を考えていると…………


「ねね、君一人?」

「えっ……?」


 大学生と思しき男が二人。

 明るい茶色に髪を染めた人と、襟足を長く伸ばしたウルフカットの人。

 人の流れを避けるべく端の方によって佇んでいた鈴音に声を掛けてきた。


「あぁ、いえ……人と一緒に……」

「あ~、はぐれちゃった感じか~!」


 あちゃぁ、と茶髪の男がわざとらしく手で顔を覆ってみせる。


「じゃあ、お兄さんたちと一緒に探そうか!」

「なぁ、あっちの方とかにいんじゃね?」

「あっち……?」 


 ウルフカットの男が指さす先を見てみれば、あまり人気がなく提灯の明かりも届かないところ。


「ほら、やっぱはぐれた人も君のこと探してるだろうしさ? 人込みにいるより開けたところにいた方が見付けやすいじゃん?」

「え、でも……」

「ほらほら良いから良いから」

「あ、ちょ……!」


 ウルフカットの男が気安く鈴音の肩に腕を回し、半ば押すようにして人気のない方へ歩き出そうとする。


 妙に生理的嫌悪感を感じる二人。

 鈴音は声を出そうとするが、フラッシュバックする光景。


 それは、SNSで知り合った人達と臨時パーティーを組んでダンジョンに行き、強姦されかけたときのもの。


 未だ心の奥底で棘のように刺さった恐怖心は消えない。

 そして、恐怖は声を上げる勇気を削っていく。


 もう鈴音に抵抗する意思はない。観念した、と察して男二人があからさまに下卑た笑みを浮かべたそのとき――――


「――あっはは、鈴音ちゃんってもしかして男運ない?」

「あっ……」


 狐のお面を被って現れた彼岸花の浴衣を着た少女。

 お面のせいで声が籠っているが間違いなく、瑠奈だ。


 ウルフカットの男の手から鈴音を引き剥がし、自分の背に庇う。


「ゴメンね一人にしちゃって……反省反省……」

「瑠奈先輩……」


 そんな瑠奈の登場に一瞬驚いた男二人だったが、むしろ嬉しそうな顔をする。


「あっ、はぐれちゃった子って女の子だったの?」

「え、何か可愛い感じじゃない? ねね、顔見せてよ」


 要望にはしっかりと応えなくてはなるまい。

 瑠奈は可愛らしい声で「良いですよ~」と答え、ゆっくりと狐のお面を頭の方へずらしていく。


 徐々に曝け出される瑠奈の顔。

 みるみる期待に瞳を輝かせる男二人。だったが、すぐにその表情が強張った。


「お、おまっ……!」

「まさか、だっ、【迷宮の悪魔ダンジョン・デビル】!?」


「ねぇねぇ、お兄さぁ~ん。向こう行って何するつもりだったのかなぁ? ワタシにも教えてほしいな~」


「「……っ!?」」


 可愛い声とは裏腹に、瑠奈の金色の瞳が怪しげにスッと細められた。


「可愛い花に近寄る害虫は駆除しなくちゃねぇ……?」

「「すっ、すみませんでしたぁあああ!!」」


 ここはダンジョンではない。

 EADを起動していない瑠奈はただの女子高生と何ら変わりないが、それでもコイツに歯向かってはいけないと本能が警笛を鳴らすのに充分な雰囲気を放っていた。


 逃げ出した男二人の姿が見えなくなってから、瑠奈は振り返って申し訳なさそうに目を伏せた。


「ホントごめんね鈴音ちゃん……夢中になってワタシが一人で勝手に行ったばっかりに……」

「……」

「……鈴音ちゃん?」


 鈴音が静かに瑠奈の手を取った。


(そう……あのときも、瑠奈先輩は……)


 鈴音は改めてあの恐怖の日を思い出す。

 いや……あれは、恐怖の日なんかじゃない。


(あれは……瑠奈先輩と、初めて出逢った日……)


 鈴音は薄く涙を称えた黒い瞳で瑠奈を上目に見詰めた。


「私を一人にしないでください……」

「……うん、わかった……」

「私の傍に、いてください……」

「良いよ」

「……ずっと、ですよ。ずっと私の傍にいてください……」

「ん、それってどういう――」


 バァアアアアアン!

 パラパラパラァ……………


 突如胸を穿つ轟音と、頭上を明るく照らす閃光が瑠奈の言葉を遮った。


 瑠奈と鈴音が夜空を見上げると、そこには無数の花火が打ち上げられている。


「わぁ! 花火だよ鈴音ちゃん!」

「綺麗ですね……!」


 人混みから少しはなれた場所で、二人きり、花火を網膜に焼き付ける瑠奈と鈴音。


 咲いては儚く散っていく花火を見上げて瞳を輝かせる瑠奈。


 鈴音はふと、そんな瑠奈の横顔へ視線を向けて…………


「……本当に、綺麗ですね…………」


 鈴音は、握った瑠奈の手に指を絡めていた。

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