瑠奈は凪沙と
そして、今日――――
「え、えぇっと……それじゃあ、瑠奈先輩。私は【魔法師】枠のBランク探索者昇格試験の方の会場に行きますけど……」
昇格試験は『一般枠』と『【魔法師】枠』に区別されており、それぞれ試験を行う会場が違う。
現在Cランク探索者である鈴音も今回のBランク探索者昇格試験を受験するため、途中まで瑠奈と共に来ていた。
そして、これは二人がそれぞれの会場へ向かう分かれ道での光景なのだが…………
「う、うん……鈴音ちゃんも頑張ってねぇ……」
「本当に大丈夫ですか、瑠奈先輩?」
珍しく今日は瑠奈のテンションが低い。
というのも体調が優れないからで……言ってしまえば、今日は
前世が男子高生で魂が男のもの……というのが関係しているのかはわからないが、瑠奈は同世代の女子達と比べて、女性的な苦労があまりない方だ。
しかし、Bランク探索者昇格試験が行われる今日に限ってこんな状態。
とは言っても試験会場は目の前。
行かないという選択肢はない。
「あはは……大丈夫大丈夫。じゃあ、ワタシこっちだから……お互い頑張ろうね~」
お腹の辺りを押さえながら歩いていく瑠奈の背中を見詰めて、鈴音は眉尻を下げていた。
「瑠奈先輩……大丈夫かなぁ……」
◇◆◇
Bランク探索者昇格試験には一次試験と二次試験がある。
瑠奈が受ける一般枠の一次試験会場は、ギルド本部からそう遠くない位置にあるCランクダンジョンだ。
既に受講者と思われる探索者らがCランクダンジョンゲート前に集合していたので、瑠奈も重い足取りでそこへ向かう。
「お、おい……あれって……」
「だっ、
「何でここに……?」
「確かDランクだよな……」
瑠奈は配信で自身の探索者ランクやレベルを公表しているため、動画を見たことがある者ならば、瑠奈がDランク探索者であることを知っている。
ここはBランク探索者昇格試験会場。
集まっているのは皆、Cランク探索者。
つまり、Dランクである瑠奈がこの場所にいるのは、普通では考えられないことなのだ。
場違いな瑠奈に視線が集まるのは必然であり、中には――――
「はは、DランクがBランク昇格試験受けんの?」
「受かるワケないだろ」
「動画バズってるから調子に乗ってんじゃね?」
「動画の伸びと強さは関係ないっつうの」
瑠奈に直接は言わない。
それでも本人の耳には届く声量で、そんな陰口を言う探索者もいた。
やはりどこにでもアンチというのは湧くものなのだろう。
(あぁ~、こんなお腹痛いときに余計イライラさせないでほしいよ、まったく……)
相手がモンスターなら遠慮なくこの場でぶった斬れるのだが、流石に人を大鎌の錆にするわけにもいかない。
それに、他人の目があるところでそんなことをすれば、折角動画の影響で広まりつつある瑠奈の“可愛い”イメージが壊れかねない。
無視無視、と瑠奈が自分に言い聞かせていると、ゲートの前にギルド職員が数名現れた。
「受験者が集まったようなので、これからBランク探索者昇格試験を開始します」
探索者らの視線が集まる。
「これより行われる第一次試験内容は、あらかじめギルドの方で捕獲しておいたCランクモンスターとの戦闘です。一人につき、Cランクモンスター十五体を相手にしてもらいます」
「じゅっ、十五体……!?」
「マジかよ……!」
「一人でか!?」
受験者達に動揺が走った。
その中で、瑠奈も少し驚いていた。
(十五体……!? えっ、十五体倒せば一次試験終わりってこと?)
……と、他の受験者達とはまた別ベクトルでの驚きではあったが。
Cランクモンスター十五体というのは、脅威度の目安としてBランクモンスター一体と同じくらい。
これはBランクダンジョンで充分探索が可能な探索者を選抜する試験であるため、逆にそれくらいは倒せるレベルでないとBランクダンジョンではやっていけないということだ。
「では、皆さんEADを起動してダンジョンに入ってください」
Bランク探索者昇格試験。
その、第一次試験が幕を開けた――――
◇◆◇
「ふっ、ふざけんな……こんなの勝てるわけないだろぉおおお!!」
現在十三人目の受験者。
ギルドが設置したゲージの中で十五体のCランクモンスターと戯れていたが、開始三十秒で二体倒しただけで脱落した。
そんな風に試験は順調に脱落者を出して進んでいた。
まだ一次試験通過者は一人としていない。
ただ、一つ安心なのは基本死人は出ないということ。試験に際してギルドが連れてきたBランク以上の探索者が、受験者に危険が及ぶ前に助け出してくれる。
「次。Dランク探索者――え、Dランク? さ、早乙女瑠奈探索者……」
「は~い……」
若干戸惑い気味の試験官に名前を呼ばれた瑠奈が、ゆっくりとゲージの方へ向かっていく。
テンションが低いのはただ体調が悪いからなのだが、その様子を試験に怖じ気づいていると受け取った一部アンチが潜め笑いしている。
内心イライラを募らせながら、瑠奈がゲージの入り口の前に立つ。
「準備は良いですか、早乙女探索者?」
「いつでも大丈夫で~す」
瑠奈はEADの特殊空間から大鎌を取り出して肩に担ぎながら答える。
「では、開始してください」
瑠奈が試験官の合図に従ってゲージを潜る。
眼前には、赤褐色の体毛で全身を覆った狼型のCランクモンスター【ブラッディ・ハウンド】が、深紅の瞳を爛々と輝かせて瑠奈を睨んでいた。
相当怒っている様子。
それもそうだろう。
探索者の――人間の都合で捕獲されて、試験のために使われる。
生物として、これ以上の屈辱はないだろう。
怒気が、殺気が渦巻くゲージの中にのこのこ入ってきた瑠奈という獲物。
赤い狼が襲い掛かるのにそう時間は掛からなかった。
「「「グラァウウウ!!」」」
特に血の気の多い三体が先陣を切らんとして駆け、瑠奈に飛び掛かる。
体感的に時間の流れが緩慢になった世界で、瑠奈はゆったりと大鎌を構えながらため息を吐いた。
(あぁ……お腹痛いし、妙に気分が落ち着かないし……その上アンチが喧しいし……)
ギュッ、と大鎌の柄を握る手に力が籠る。
(っち、イライラする……!!)
瑠奈の金色の瞳がカッ! と見開かれた。
刹那、元の早さを取り戻した時間の流れ。その中で瑠奈の大鎌が横薙ぎに一閃される。
瑠奈の頭上で身体を両断された三体の狼が、体毛より更に鮮やかな赤を撒き散らし、すぐに黒い塵となって空気に消え失せた。
ざわついていた他の受験者らが静まり返る。
潜め笑いをしていたアンチらも、開いた口が塞がらない様子。
残り十二体となった狼も、思わず一歩後退り。
皆の視線の先で、瑠奈は不気味に口角を吊り上げた顔をゆっくりと持ち上げた。
「あははっ……憂さ晴らしにはちょうど良いね……」
腰を低く落とし、大鎌を身体に引き付けるようにして構える。
「君達の死因は、生理中のワタシの前に立ったデリカシーのなさかな――」
ダッ! と地面を蹴り出した瑠奈が低姿勢で疾走し、狼の群れのど真ん中に陣取る。
そのまま自身を軸に一回転しながら大鎌を振るう。
円周上に走る斬撃。
半瞬遅れて舞い上がる血飛沫。
「あっはははははっ!!」
鳴り響く笑い声。
響き渡る断末魔。
瑠奈、一次試験通過。
使用時間、三十二秒。