結論から言えば、瑠奈は凪沙に敗北した。
たったの一撃すら与えることも出来ずに、負けた。
しかし、観覧席で見ていた探索者の中で、瑠奈に憐れみを向けたり慰めの言葉を掛けたりする者は誰一人としていなかった。
皆が考えたのだ。
――自分ならあれほどに凪沙の攻撃を凌ぐことが出来るだろうか? と。
答えは否だ。
まして瑠奈はDランク探索者。
Sランク探索者である凪沙と正面から
だが、それでも本人はと言うと…………
「んぁあああもう! 悔しいぃ……!!」
「いやいや充分凄かったですよ、瑠奈先輩!」
「でも負けたもんっ……!」
ギルド本部三階の決闘用フィールドを出たあと、瑠奈と鈴音、凪沙の三人は適当なファミレスに入って昼食を取っていた。
先程から拗ねている瑠奈の隣で鈴音が宥めようと試みているが、なかなか上手くいかない。
確かに鈴音は瑠奈がランク以上の強さを誇っているのを知っているが、同時に自身の姉が一種の境地に至った最強であることも理解している。
この試合は最初から勝敗が決定していた。
むしろ、その中で凪沙と戦闘という形を保てていたことに称賛を送りたいくらいである。
「お、お姉ちゃんも何か言ってよぉ……」
「ん……?」
自分一人では瑠奈の機嫌を取り戻せないと思った鈴音が、対面のソファーに座って黙々とモグモグしている凪沙に助けを求める。
すると、凪沙はよくわからなさそうに首を傾げ、口の中に入っていたものを咀嚼し飲み込んでから口を開いた。
「何か……何か……? 取り敢えず、ウチは……瑠奈がどうしてDランクやってるのか、気になる?」
「あぁ、そういえば。私も気になってました」
鈴音と凪沙の視線が瑠奈に向けられる。
瑠奈は「え? え?」と戸惑いながら二人の顔を交互に見て、瞬きを繰り返した。
「何でって言われても……探索者レベルが20を超えた辺りから、何故かランクが上がらなくなったんだよ……」
そんな瑠奈の返答に、今度は鈴音は「え?」と声を漏らし、凪沙は再びパクリと一口大にカットしたハンバーグを食べていた。
「あ、あの……瑠奈先輩……」
「ん?」
「探索者ランク昇格試験って……ご存じですか?」
「え……ナニソレ……?」
目を点にして首を傾げる瑠奈を見て、鈴音が「あちゃ」と額に手を当てる。
「えぇっと……Dランクまでは探索者レベルによって自動的に昇格していくんですが、Cランク以降の昇格はギルドの試験を受けないといけないんですよ」
「えっ、そうだったの!?」
「た、多分探索者登録のときやDランクに昇格したときに説明されるはずなんですけど……」
鈴音の説明を聞いて、瑠奈は曖昧な笑みを浮かべた。
(そう言えばギルドカウンターでそんなことを聞かされたような……?)
ダンジョン探索配信や、とにかくモンスターを狩ることに集中しすぎて、すっかりそんなことを聞き逃してしまっていた。
瑠奈としては、正直自身の探索者ランクなどどうでもいい。
動画を通して自身の可愛さが世に広まり、ダンジョンという弱肉強食の世界でモンスターと戯れていられれば、それで良い。
とは言っても、探索者ランクは探索可能なダンジョンに関わってくる。
細かなルールはあるが、簡単に言えばDランク探索者は自身のランクより一つ上のCランクダンジョンに入るのが精一杯。
基本、自身のランク以下のダンジョンで探索するのが普通だ。
この前Bランクダンジョンにスムーズには入れたのは、同行者にSランク探索者である凪沙がいたため。
このままではより強いモンスターと相まみえることは叶わない。
「じゃあ、ワタシもその昇格試験を受ければ良いってことだよね?」
「そ、そうですね。瑠奈先輩は今Dランクですから、約二ヶ月後に行われるCランク昇格試験を受ければ――」
カタン……ナイフとフォークを置く音が鈴音の言葉を遮った。
「Bランクで良い……」
「お、お姉ちゃん……?」
凪沙の呟きに、鈴音が戸惑いの視線を向けた。
しかし、凪沙は構うことなく、さも当然と言わんばかりの平然とした表情で淡々と言う。
「瑠奈は、Bランク探索者昇格試験を受けるべき……」
「でもお姉ちゃん。瑠奈先輩は今Dランクだから、次は――」
「――Dランク探索者が、Bランクの試験を受けたら駄目っていう決まりは……ない」
凪沙はゆっくりと目蓋を持ち上げて、銀色の瞳を瑠奈に向ける。
「確かに、普通は順番に試験を受ける……でも……私も瑠奈も、普通じゃない……」
向坂凪沙――史上最速、最年少でSランク探索者となった天才。
中学一年生で探索者登録し、半年後にはBランクに、一年後にはAランク探索者となった。Sランクになったのは中学三年生の初めだ。
「普通じゃない人間が、普通に試験を受ける必要……ないよね……?」
そんなことを言う凪沙に、鈴音は恐る恐る尋ねた。
「お、お姉ちゃんは……今の瑠奈先輩なら、もうBランク探索者になれるって思ってるの……?」
それに対する凪沙の答えは――――
「もし、ウチがそこらのBランク探索者と戦ったら……一振りで、終わる」
なるほど、と鈴音は納得して口で弧を描いた。
姉妹間で意思疎通が叶っているその傍らで、瑠奈がどこか不満げに頬を膨らませて呟く。
「……なんか、ワタシが普通じゃないこと前提で話が進んでる気が……」
可愛さや強さを評価されるのは素直に嬉しいが、先程から二人の口振りがまるで自分が常軌を逸した何かであるような風に聞こえる。
瑠奈としては、何だか複雑な気分であったが…………
(まぁでも、飛び級で合格したら話題になってもっと注目されてワタシの可愛さも広まるだろうし……いっか!)
可愛いは正義。
可愛いは最優先事項だった――――