大鎌を新調した瑠奈と、ダンジョン・フロートに六人しかいないSランク探索者の【剣翼】として名を馳せる凪沙の
確かに瑠奈は強い。
同じDランク探索者でバトルロワイアルをさせれば、まず間違いなく最後に残るのは瑠奈である。
しかし、それはDランクという世界での話。
ランク無差別で戦わせれば、今の瑠奈より強い探索者など何人もいる。
その中でも凪沙はまさに
探索者としての経験、その中で培われた勘、隙のないバトルスタイル。そのどれをとっても凪沙の方が圧倒的に上。
両者の実力差は歴然。
鈴音は二人の
だが、その意見を素直に聞き入れられるほど、瑠奈も凪沙もまともではなかった。
ゆえに、
「お、おい聞いたか!?」
「ああ! 最近噂の【
「どうする、見に行くか?」
「あったりまえだろ!」
「だよなっ!!」
瑠奈と凪沙がギルド本部三階の決闘用フィールドに姿を見せた途端、そんな話題が一気に広まった。
横幅五十メートル、縦幅百メートルの長方形のフィールドの両端に瑠奈と凪沙が立っており、そんなフィールドを囲うように観覧席がある。
その観覧席には最初鈴音が一人で不安そうに座っていたが、その姿は続々と席を埋める探索者によって目立たなくなってしまった。
そして、フィールドの全体を映せる位置には一機のドローン。
もちろん瑠奈の撮影用ドローンである。
Sランク探索者との
(ふふ……抜かりはない。あとは……)
戦うだけ――と、瑠奈は縦長のフィールドの向こう側に立つ凪沙を見据える。
Bランクダンジョン攻略の件で同行してもらったときにも見ていたが、一言で言えば和風な装備。
青と白を基調とする着物に、鎧は胸当てと籠手のみ。
腰の両側には一振りずつ打刀が鞘に収まった状態で吊るされている。
(この前【クリスタル・ゴーレム】のレーザーから鈴音ちゃんを守ったときは、左腰の……白い刀身の刀しか使ってなかったけど……)
つまり、やっとの思いで瑠奈が倒したBランクモンスターである【クリスタル・ゴーレム】など、凪沙にとっては刀一振りで充分だということだ。
「そんなに……身構えなくて良い……」
勝負の前に、凪沙が声を掛けてきた。
「この決闘用フィールドは安全……探索者の身体はエーテル体に変換されてるから、生身が怪我することはない……」
「は、はい……」
そういう問題ではないのだが……と、瑠奈は正直そう思っていた。
怪我するとかしないとか、死ぬとか死なないとか。
ここはダンジョンではなく、安全に配慮されたフィールドの上で、今から行われるのが命のやり取りではないとわかっていても、拭えない恐怖。
ルールが定められているリングの上で格上のボクサーと対峙したときに、怖いと思わない者はいないだろう。
それと似たようなものだ。
そう、似たようなもの……ゆえに、恐怖の裏に見え隠れする感情がある。
(怖いけど……同時に今のワタシがSランク相手にどこまで通用するのか、確かめられる……!)
恐怖と期待が入り混じったような笑みを浮かべる瑠奈。
凪沙はそれを見て――否、感じ取って言った。
「準備は、出来た……?」
「……あはっ、万端です」
瑠奈は半身でやや腰を落とし、新品の大鎌を肩に担ぐようにして構える。
「じゃあ……始めようか……」
対する凪沙は特に身構えることもなく、ただ左手の親指で鯉口を切り、いつでも左腰の打刀を引き抜ける状態にだけしておく。
言葉はなくとも瑠奈はしっかりと凪沙のメッセージを受け取った。
――いつでも来い、と。
そんな無言のメッセージへの返答は――――
「あっははぁッ!!」
ダッ、と地面を強く蹴り出して飛ぶように疾走し、瞬きする間に彼我の距離を詰めた瑠奈が大上段から大鎌を振り下ろす。
凪沙は目蓋を開くこともなく、左足を後ろに引いて半身になり、必要最小限の動きで躱す。
が、それは瑠奈の想定通りの動き。
思い切り振り下ろすと見せ掛けて半分ほどまで振った辺りでピタリと止めると、大鎌の刃を凪沙に向くよう回転させ、そのまま横薙ぎに振り払う。
フェイクを置いてからの本命の一撃だ。
だが…………
「本当に、Dランクとは思えない……」
「……っ!?」
凪沙は焦る素振りすら見せず、瑠奈の斬撃の軌道より体勢を低くして回避。ほぼ片膝を突いたような状態。
ここからどう反撃するのか瑠奈には想像もつかない。
だが、今自分は大鎌を振るったあとの大きな隙を作ってしまっている状態。
すぐにでも後退して間合いを取り直さなければならない――と、そう考えている間に、凪沙の右手が流れるように鯉口を切られている左腰の打刀の柄へと伸びていく。
(抜刀……!? でも、その体勢だったら刀身が地面に当たって上手く引き抜けないはず……!)
それでも……それでも刀を抜いてくるという予感が、先んじて瑠奈の身体を斬り裂く。
パッ、と凪沙の目蓋が開くのと、瑠奈が不格好に体勢を崩しながら後ろに後退るのは同時。
ヒュンッ!!
逆手での抜刀一閃。
間一髪瑠奈が顎を持ち上げたため、切っ先が薄皮一枚斬る程度で済んだ。
瑠奈は大きく飛び下がり、体勢を立て直しながら戦慄と同時に感嘆する。
瑠奈の考え通り、地面擦れ擦れで鞘から刀を引き抜こうとしても、抜刀の軌道が地面と触れるため刀身が地面に弾かれてしまう。
そこで凪沙は、柄を逆手に掴んだのだ。
これなら抜刀の角度は上を向き、斬撃のリーチが短くなる代わりに問題なく刀を引き抜くことが出来る。
瑠奈が大鎌を振り、後退するまでに見せた一瞬とも言える隙に、その状況における最適解の反撃を繰り出して見せた凪沙。
(これが……Sランク……!)
ドッ、ドッ、ドッ……と、瑠奈の鼓動が加速する。
どうしても持ち上がる口角は抑えられない。
金色の瞳には細く鋭い眼光が浮かび上がった。
「最ッ高、だねっ……!!」
互いに一撃を見せ合ったところで、瑠奈と凪沙の
刹那の輝きを見せ、儚く散る、花火のような火を――――