「はぁあああああッ!!」
要領は前に【アイアンスケイル・グレータースネーク】と戦ったときと同じ。
ただ大鎌を振るっただけでは鋼鉄並みに硬い身体を砕くことは出来ないため、宙に飛び上がって身体ごと回転させながら遠心力を生み出し、加えて自由落下の勢いも大鎌の刃に乗せ――――
ガァアアアアアンッ!!
ドーム空間に戛然と響き渡る甲高い音。
激しく火花はまるで肉が裂けて散華する鮮血のようだが、瑠奈の大鎌が捉えた【クリスタル・ゴーレム】の胴体部分には一筋の切れ込みが刻まれる程度。
勢いをつけた分、初撃でゴーレムの脚に与えた切り傷よりは深いが、それでも致命傷には程遠い。
反対に、ゴーレムからの攻撃は一撃でも瑠奈にとっては致命傷になりかねない。
「っ!? しまった……!」
斬撃に勢いを乗せるために飛び上がったは良いが、当然人間は常に空中で動き回れるわけではない。
攻撃を終えて地面に着地するまでの間、宙にある身体は無防備。
そこを捉えたゴーレムが、三本の指を握り込んだ大きな右拳でアッパーカットを繰り出してきた。
瑠奈は大鎌を身体の前に持ってきて防御姿勢を取り、迫りくる巨大な拳を正面で受ける。
「ぐぅ……!!」
グワァン! と突如全身に負荷を掛けてくる
人間が宙を飛ぶ蝿や蚊をパンチする感覚。
あのとき拳にほとんど手応えを感じないように、殴られた蝿や蚊にもほとんど物理的な衝撃波発生していない。
それが今の瑠奈の状況だ。
ゴーレムのアッパーによる打撃的痛覚はあまりない代わりに、飛行機の離陸時のようなジェットコースターの降下時のような無理矢理対象に身体を張り付けられ、推進力と重力の狭間で圧し潰される感覚を味わっている。
ただ、細心の安全性が確保された例二つと違い、当然拳が振り切られた瞬間――――
ヒュゥ――――ダァアンッ!!
拳から離れた身体は後ろ向きに得られた大きな推進力に従って天井方向に風を切って吹っ飛んでいき、打ち付けられる。
「瑠奈先輩っ……!!」
「……」
悲痛の声を上げる鈴音の視線の先――瑠奈が打ち付けられた天井には土煙が舞っていてどうなっているのか詳しい様子はわからない。
LIVE配信のコメント欄にも絶望的なコメントが寄せられる。
だが…………
「あはっ! まだまだ勝負はここからでしょッ!!」
○コメント○
『えぇえええ!?w』
『生きてるし……』
『えっぐ……』
『なぜあれで死なない!?』
『流石ルーナ』
『
『逆にどうしたら死ぬんwww』
…………
吹っ飛ばされて天井に打ち付けられる寸前で身体を捻って足で着地したのだ。
もちろん尋常ではない衝撃と痛みが身体を駆け巡ったが、それは同時に吹っ飛ばされた勢いと同等の反作用を足場にした天井から得られたということで、
グゥン――!!
天井を蹴り出した瑠奈が、舞い上がる土煙を突き破って【クリスタル・ゴーレム】の遥か頭上から降っていく。
「スキル――《バーニング・オブ・リコリス》ッ!」
高速で落下しながら瑠奈が構える大鎌に深紅の焔が灯った。
その明かりが宙に軌跡を描く様子は、まるで隕石が大気圏でその身を焦がしているかのよう。
瑠奈がBランクモンスター【アイアンスケイル・グレータースネーク】にトドメを刺した、威力準二級相当の威力を誇る紅蓮の一撃。
それを見上げるゴーレムは咄嗟に両腕を交差させて防御姿勢を取り――――
「アッハハハァ――ぁあああああああッ!!」
ガガガガガァァアアアア…………ッ!!
深紅の焔を纏った大鎌の刃とゴーレムの大きな腕が激突し、拮抗。
周囲に炎の残滓と火花を散らし、激しい金属音をドームに反響させる。
だが、次第にゴーレムの腕に亀裂が生まれた。
一度出来た亀裂は網目のように広がっていき、亀裂が新たな亀裂を生む。
そして――――
「く、だ、け、ろぉおおおおおおおおおおおッ!!」
ゴーレムの腕に刻まれた亀裂をなぞるようにして瑠奈の大鎌から炎が迸り、砕いた。
ガラガラガラァ! と水晶の残骸がゴーレムの脚元に散らばっていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……ははっ……!」
水晶の瓦礫の山の頂に立った瑠奈は、荒い息を吐きながらも口角を吊り上げた。
「これで両腕なくなっちゃったねぇ? そろそろヤバいんじゃない?」
ゴーレムに発声器官はない。
ゆえに言葉による返答は得られない。
だが、これが答えだと言うようにゴーレムの顔面にある赤い宝石が今までないくらいに激しく輝いた。
もう本能だ。
とても目で捉えて反応できるような速度ではなかった。
咄嗟に首を傾けた瑠奈の顔の数ミリ横を一筋の赤い光が駆け抜けた。
一瞬だが肌に感じた熱。
光線……レーザーだ。
瑠奈の顔面を捉えそこなったレーザーが少し後ろの地面を撃ち抜き、爆発を引き起こした。
「は……?」
瑠奈は呆然とした。
両腕を失って攻撃手段がなくなったと思った矢先、ゴーレムがレーザーを放ってきたことに対する驚き。
人間の反応速度を上回る文字通りの光速。
加えてその威力も瑠奈の背後の地面を爆発させたほど。
……と、大半の探索者であればこの場で呆然と佇む理由はそうだろう。
しかし、瑠奈はどこか焦点を結ばない虚ろな瞳をしたまま、空いている左手で自分の薄桃色の髪の毛を持ち上げた。
毛先が焦げている。
先程反射的に首を傾けてレーザーの顔面直撃は避けたものの、遅れて動く髪の毛の一部は当たってしまったのだ。
薄桃色でふわっふわ。
転生してから手入れを欠かしたことはない。
瑠奈の自慢の髪の毛。
髪は女の命ともよく言われる。
それが、焦がされたのだ。
「……やってくれたなぁ……デカいだけの下手な石細工の分際で……」
スゥ……と瑠奈の金色の瞳からハイライトが消え失せた。
いつも狩りのときはバトルハイで狂気的な眼光が宿るが、今はそれの逆。
そんな瑠奈のただならぬ気配に、鈴音もドーム空間の端で「瑠奈先輩……?」と不安げな声を漏らす。
○コメント○
『ルーナ固まった』
『ルーナ動かんな……』
『そりゃ、ルーナでも絶望ぐらいするだろ』
『レーザーかぁ……』
『流石にこれは勝てないな』
『でも何か様子おかしくね?』
『何か怖い……』
『絶望とはちょっと違う気がするけど気のせいか?』
『ルーナどしたんやろ』
…………
コメント欄でも異様に静かなルーナの姿を疑問に思う声が流れている。
「ね、ねぇ、お姉ちゃん。瑠奈先輩どうした――って、お姉ちゃん……?」
「…………」
鈴音が隣に立つ凪沙へ視線を向けると、凪沙が光を映さぬ銀色の瞳をいっぱいに広げていた。
何も見えない。
闇が広がっているはずのその瞳が見詰めるのは、確かに瑠奈だった。
そして、鈴音が少し視線を下げれば、凪沙の片手が腰に吊るしてある刀の柄へ無意識の内に伸びようとしているかのように震えているのが見えた。
「お姉ちゃん?」
「……磨かれた……」
「え?」
「瑠奈の、狂気は……一種の刃……」
「刃……?」
「戦う度に……磨かれ、鋭くなり……打たれる度に……強くなる……」
見えぬ瞳で凪沙は見ていた。
瑠奈の全身から放たれる狂気という名の覇気が更なる高みへ至った瞬間を。
「粉々にしてあげるよ……ワタシの手で……」
ふわり、と瑠奈の髪の毛が揺れていた――――