「へぇ~、鈴音ちゃんの杖ってお爺ちゃんが作ってくれたんだ~」
「そうなんです。ちなみにローブなんかは祖母が作ってくれて……武器は祖父が、防具は祖母がといった風に役割分担されてるんです」
Cランクダンジョンを後にした瑠奈と鈴音は、そんな話をしながら電車で西部第三地区に戻ってきた。
「あっ、着きました。ここが私の家兼祖父母の店です」
「い、家……デカくない?」
「あはは……そ、そうですね。少し……」
鈴音がやや困ったような笑みを浮かべて謙遜しても、決して大きいことは否定出来ないほどに立派な日本建築のお屋敷。
マンション一つくらいなら余裕で建ちそうな広い敷地をぐるりと囲う塀の中には、手入れの行き届いた庭園がある。
「さ、瑠奈先輩。遠慮せず入って――」
「――オレの武器を振るうに相応しくなってから出直してきなクソガキッ!!」
「しっ、失礼しましたぁあああああっ!!」
轟く怒声。
大音量のしゃがれ声が鼓膜を激しく振るわせる。
瑠奈と鈴音が目を瞬かせていると、今まさに潜ろうとしていた門から青年が一人慌てて飛び出してきて、そのまま逃げ帰っていってしまった。
「ね、ねぇ、今の声って……」
瑠奈が恐る恐る尋ねると、鈴音がため息を吐きながら答えた。
「は、はい……祖父です……」
「えぇ!? だ、大丈夫!? 今からワタシ会いに行って大丈夫なのっ!?」
ダンジョンで暴れ回っているときの瑠奈ならともかく、普段は本当にただ凄く可愛いだけのか弱い美少女だ。
とてもじゃないが、今の怒声を聞いて「よし会いに行こう!」とは思えない。
「る、瑠奈先輩なら絶対きっと多分大丈夫です!」
「それどんどん確証が薄れていってるヤツだよねっ!?」
ワタシもいるので大丈夫ですよ、と瑠奈を安心させるように言ってから、鈴音が手を引いていく。
最後にボソッと付け加えられた「……多分」について瑠奈は是非とも追求したいところだったが、残念ながらその前に目的の場所へやって来てしまった。
見事な日本庭園の中に建てられた離れ。
ここが祖父母の工房であり、装備店。
「ただいま、お爺ちゃ――」
「――鈴音たぁ~ん! おかえりぃ~!!」
「わぷっ!?」
えっ、と瑠奈が戸惑いがちに声を漏らすころには既に、真っ白にした頭にハチマキを巻いているお爺さんが鈴音に抱き付いていた。
「お、お爺ちゃん! お客さんお客さん。お客さん連れてきたの……!」
「む? 客ぅ?」
何とか抱擁から逃れた鈴音がそう言うと、お爺さんが細めた目を瑠奈に向けてきた。
「ほら、昨日私を助けてくれた人がいるって話したでしょ?」
「あぁ~! お嬢ちゃんが……ほぉ~、そうかそうか!」
どうやら鈴音はあらかじめ祖父に瑠奈のことを話していたらしく、状況を理解したお爺さんが頭のハチマキを取ってから瑠奈に頭を下げた。
「こりゃすまんかったな。オレは鉄平ってもんだ。先日はオレの可愛い孫を助けてくれたみたいで、ありがとよぉ」
「ああ、いえいえそんな! えと、ワタシ早乙女瑠奈です! 今日はその……えっと……」
武器を注文しに来た、と言いたいところだが、どうしても先程の怒声が脳裏に過る。
果たして本題を口にして良いものかどうか悩んでいると、それを察した鈴音が代わってお爺さん――鉄平に言ってくれた。
「お爺ちゃん。実はお願いがあって……この瑠奈先輩に武器を打って欲しいの」
その言葉に、鉄平の眉がピクリと動いた。
孫の前だからか飛び切り甘々な顔になっていたが、今少し強張った気がする。
「なるほど……そういうことだったか……」
「ど、どうかな……?」
何か考え込むように腕を組む鉄平。
「……まずオレは、オレ自身が認めた奴にしか武器は打たん。特に最近の若いのは地力が伴ってねぇのに強い武器に頼って探索したがる。さっきのクソガキもそうだった」
先程、青年が鉄平の怒声を浴びて逃げ帰ったワケが語られた。
「だが、嬢ちゃんは孫を助けてもらった恩人。その恩には報いにゃぁならん。だから――」
「――鉄平さん。どうやったらワタシを認めてくれますか?」
恐らく鉄平は恩返しも兼ねて瑠奈の武器を打つという旨の話をしようとしていた。
だが、瑠奈はそれを言われる前に遮った。
自分にとって良い流れだったにもかかわらず、話を遮り、言った。
「確かにワタシは鈴音ちゃんを助けました。でもそれはワタシの信条に従ってやっただけのことで、恩返しを期待してたワケじゃないです」
バシッ、と自分の胸に強く手を当てて語る今の瑠奈には、鉄平の怒声によって芽生えていた恐怖は一切なかった。
「今、鉄平さんの前に立っているのは恩人じゃない。一人の探索者……早乙女瑠奈です」
「嬢ちゃん……」
鉄平はゆっくりとその目を大きく見広げていっていた。
そうしてジッと瑠奈を見詰める。
先程まで鉄平の視界に映っていたのは、大切な孫を救ってくれた恩人の少女。
しかし、今は違う。
何か固い信念と覚悟をその身に宿す、一人の探索者。
気付けば鉄平の口元は吊り上がっていた。
「……ハハッ、良いぜ嬢ちゃん。気に入った」
鉄平は一度奥の工房へ下がっていくと、すぐに何かを書き留めた紙を手にして戻ってきた。
「良い武器には良い素材が必要不可欠。この紙に書いたBランクダンジョンの最奥には、高品質なミスリル結晶が多くある。門番にはBランクモンスター【クリスタル・ゴーレム】が居座ってるが、そいつをブッ倒してから取って来てみな」
待って! と様子を窺っていた鈴音がここで声を上げた。
「お爺ちゃん。瑠奈先輩はDランク探索者なの! Bランクダンジョンの最奥に行くだけでも危険なのに、その上【クリスタル・ゴーレム】の討伐だなんて……無茶過ぎる!」
「ああ、無茶だ。だがな鈴音。オレを誰だと思ってる? Sランク探索者を含め、数々の名のある奴らの武器を打ってきた名工鉄平だ。それぐれぇやってのける奴にしかオレの武器はやれん」
でも……と食い下がろうとする鈴音の肩に、鉄平が優しく片手を置いた。
「それに見てみろぉ、この嬢ちゃんを。オレの無理難題を聞いてからずっと……笑っていやがる」
「……っ!?」
鉄平に言われて鈴音が振り向くと、確かに瑠奈の口角が持ち上がっていた。微かだが、ダンジョン内で見るときのような鋭利な眼光も揺らめいている。
「だがまぁ、オレも恩人に死なれたんじゃ寝覚めがわりぃいからな。護衛は付けるつもりだぜ?」
護衛? と瑠奈と鈴音が頭上に疑問符を浮かべると、鉄平はニヤリと笑って答えた。
「オレのもう一人の可愛い孫さぁ」
「……ま、まさか……お姉ちゃん!?」
「あぁ、それ以上の適任はいねぇだろ? 確か今日は暇してたはずだしな」
驚愕に目を見開く鈴音に、瑠奈が首を傾ける。
「あれ、鈴音ちゃんってお姉ちゃんいたの?」
「は、はい……」
瑠奈の疑問に、鈴音は一呼吸間を取ってから言った。
「向坂