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第05話 狩りの楽しさ……!

 青年ら四人が顔を絶望の色に染めて地面に蹲る中、右手に片手剣をぶら下げた瑠奈が一人佇んでいる。


 ゴブリンらも戦意喪失した四人はあとでどうとでも出来ると判断し、唯一交戦の意思を示している瑠奈へ注意を向ける。


 瑠奈は自分へ下卑た視線を向けてくるゴブリンらを見渡しながら、胸の奥に炎のようなものが熱く滾るのを感じながらも、冷静に状況を分析していた。


(ワタシのレベルは12でEランク探索者の中でもステータスが高いとは言えない……)


 ゴブリンもEランクモンスターのため、一対一ならまず負けることはないだろう。だが、なにぶん数が多い上、子供程度の知能を持つゴブリンはそれなりに連携を取ってくる。


(時間が掛かればこっちの体力が削られていってジリ貧。となれば――)


「早々に片付けるしかないよねッ!」


 グッと体勢を低くして地面を強く蹴り出した瑠奈。

 ステータスが成す推進力がグングン瑠奈の身体を押しやって、瞬く間に手近なゴブリンの眼前まで迫る。


「まずは一体ッ!」


 ズシャァ!


 片手剣を一閃し、ゴブリンの胴体を真っ二つに斬り裂く。


 ゴブリンは特にこれと言った防具を付けていないだけでなく、硬い甲羅や鱗がないので斬りやすい。


 瑠奈は止まらない。


「二体、三体……四体ッ!」


 近い場所のゴブリンから次々各個撃破していく。

 銀色の刀身が走り、赤黒い血の花を咲かせていく。


 瑠奈はこれまでただ姫プレイで楽々探索を行っていたわけではない。


 色々なパーティーに入って探索してきた。

 同じだけの数の探索者の戦い方をその目で見てきた。


 何を考えて戦っているのか。

 このシチュエーションではどう立ち回るのか。


 人によって動きが違う。

 得意不得意が異なる。


 正直これまで見てきた探索者はFランクやEランク、最高でもDランク探索者だ。戦い方が洗練されているとは言えないだろう。


 しかし、それらは今こうして確かに瑠奈の知識として活きていた。


(多勢に無勢だけど焦るな。群れを相手にしていると思うな。一体一体確実に狩っていく……でも、しっかりゴブリンの位置を把握しておけ。死角を突かれるな――)


 瑠奈の頭の中でビュンビュンと対多数戦の心得が流れていく。


 倒しても倒してもゴブリンらは次から次へと地面から湧き出てくるが、焦らず冷静さを保って戦う。


「十一、十二、十三っ! あははっ……!」


 前方のゴブリンを斬り払うと同時にしゃがみ、背後から飛び掛かってきたゴブリンの攻撃を躱す。

 その隙を突いて刃を突き立てる。

 左から新手がやって来るが突き刺した剣を抜いていたら間に合わないので、蹴りで対処する。


(怖い……怖い怖い怖い……でもっ、これは……楽しいっ!!)


 粗方ゴブリンは片付けたつもりだったが、やはりまだ湧いて出てくる。


 瑠奈は一旦仕切り直そうと大きく間合いを取って剣を構える。


 そんなとき…………


「ね、ねぇアンタ……何で笑ってるの……?」

「……はい?」


 戦闘に夢中でまったく気付かなかったが、すぐ傍には地面に縮まってる割り込む女性がいた。怪訝に眉を顰め、何か不気味なものを見るような目を瑠奈に向けてくる。


 瑠奈は首を傾げた。


(笑ってる? 今? ワタシが?)


 瑠奈は剣を持っていない方の左手で自分の顔を触ってみる。

 確かに口角が吊り上がっていた。


 無自覚だった。

 この絶体絶命の真っただ中で、まさか自分が笑っているなんて思ってもみなかった。


 別にこんなときでも可愛い仮面を被っているつもりはない。

 ただただ自然な笑み。

 胸の奥で滾る興奮の炎が誘発する、笑い。


「おかしいよ、アンタ……!」

「…………」

「何でこんな状況で笑ってられるの!?」

「…………」

「今から私達、死ぬんだよッ!?」


 この状況に対する不満や怒り、悲しみをぶつけるように、女性は瑠奈へ言葉を投げつけた。


 瑠奈は静かにゴブリンらへ視線を戻してから、やはり笑みを絶やさずに答えた。


「……確かに、こんな状況で笑ってるワタシっておかしいですよね。どうしちゃったんだろうなぁワタシ……」


 続く言葉に、その女性だけではない……青年らを含めたパーティーメンバー四人全員が、今眼前に群がっているどのゴブリンよりも恐ろしいものを見たような寒気に襲われた。


「でも、今はとにかく楽しい……この狩るか狩られるかの戦いが、ワタシを動かすのっ!」


 カッ、と瑠奈が金色の両眼を見開いた。

 残酷で、冷徹で、どこか嗜虐的な赤い眼光が確かに煌めく。


「あはっ、あはは……あっはははははははッ!?」


 再び瑠奈が駆け出した。

 グッと片手剣の柄を握る右手に力を込めて、


 ズシャッ、ジャッ、バシャァッ……!!


 瑠奈が駆け抜けるたびに散華する血、血、血。


「グウェァアアア!」

「っ、痛ったいなぁ……!?」


 回避し損ねたゴブリンの粗雑なナイフが瑠奈の脇腹を浅く切った。

 服が裂け、血が滲む。

 安物でもレザーアーマーがなければもっと深く切られていただろう。


 初めての痛みに瑠奈の動きが一瞬止まったのを見逃さなかったゴブリンらが、遠くから矢を射ってきた。


 瑠奈が自分を斬りつけたゴブリンを仕留めている間に、緩やかな弧を描いて飛来した矢が降ってくる。


 ドスッ、ドスドス――ッ!


「っ、つぁっ……!?」


 二本ほど外れた矢が地面に突き刺さるが、残り三本はすべて瑠奈の背中を捉えた。


(痛い痛い痛い痛いっ……矢で刺される痛み、尋常じゃない……!)


 恐らくこれでも興奮状態でドーパミンが大量に分泌されているため痛みが和らいでいるはず。しかし、それでも痛いものは痛い。


 だが、まだ初心者セットで購入しておいた低級治癒ポーションがある。この程度の怪我であれば、一瓶飲めばすぐに治癒するはずだ。


 ――と、そう思って瑠奈は腰へ手を伸ばすが何も掴めない。

 そこにあるはずのポーションを入れてあるポーチが、ない。


(クソッ……戦闘中に落としたんだ……!)


 チラリと少し離れたところを見やれば、地面に見慣れたポーチが転がっていた。


 ポーションと言っても本当にファンタジー世界のようなガラス製の容器に入っているわけではないため、割れて中身がなくなっている心配はないが、とても取りに行けるようなゴブリンの数じゃない。


(誰かに手持ちのポーションを分けてもらって――)


 そこまで考えたがすぐにその期待を破棄する。


 四人とももう完全に戦意喪失しており、気を利かせてポーションを投げ渡してくれる者など一人としていない。


 一体どうする――と周囲へ油断のない視線を向けながら打開策を思考していると、一つの案が閃いた。


 手早く左腕のEADを操作してホログラムで投影される自身のステータスを見た。



――――――――――――――――――――


◇ステータス情報◇


【早乙女瑠奈】Lv.12


・探索者ランク:E

(ランクアップまであと、↑Lv.8)


・保有経験値 :950

(レベルアップまであと、50)


《スキル》

○なし


――――――――――――――――――――



「確か、探索者の怪我の治し方は大きく三つ。休息による自然治癒、ポーションや回復魔法による治癒、そして……」


 ――レベルアップ時の完全回復。


 探索者はレベルが上がった瞬間、身体の傷や疲労がすべてなくなり、使った魔力も元に戻る。


 瑠奈はまだスキルを発現していないし魔法も使えないため魔力の回復は関係ないが、注目すべき点は怪我の完全治癒だ。


(あと経験値50でレベルアップ……そうすれば、この怪我も治る……!)


 痛みに歪んでいた口許が、再び吊り上がる。


「そうと決まれば――」


 瑠奈は左手を背中に回して、突き刺さっている矢に触れた。そのまましっかり握って、


「んいぃ……ッ!!」


 引き抜く。

 矢尻の返しが引き抜く際に余計な痛みを与えてくるが、奥歯を噛み締めて我慢し、残りの二本も同じ要領で引き抜いた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ははっ! じゃあ、早速ワタシのレベルアップの糧になってもらおうかなぁ!?」


 狂気的な笑みを浮かべた瑠奈が痛みを堪えながら地面を蹴り出した。


 剣を一閃、一閃、一閃。

 それに従ってゴブリンの断末魔が鼓膜を震わせる。


「はぁあああッ!!」

「グエェエエエ……!」


 ドーム状の空間内を走っては斬り、走っては斬り……ちょうど十体目を倒した。


 すると、これまで十一回経験したことのある感覚――身体の奥底から力が湧き出てくるかのような感覚がした。


 同時に脇腹の切り傷が塞がり、背中の激痛も収まっていく。

 これまでの探索、戦闘による疲労感もなくなった。


 それだけじゃない。

 ゴブリンの数が増えなくなっている。

 もう地面が盛り上がってそこから湧き出てこなくなった。


「……あはは」


 目算、ゴブリン残り二十体。

 瑠奈の体力、完全回復。

 探索者レベルも12から13へレベルアップし、先程よりも少しばかり身体能力が向上している。


 瑠奈が金色の瞳に宿る眼光を一層鋭くしながら、ニヤリと笑う。


 片手剣の刃はもうかなり刃こぼれしてしまっているが、残りを片付ける分には充分役目を果たしてくれる。


 形勢が逆転したことをゴブリンらも理解したのか。

 ジリジリと瑠奈から距離を取るように後退っていく。


 そんなゴブリンらを見据えながら、瑠奈が口を開いた。


「ワタシに探索の――狩りの楽しさを教えてくれてありがとねっ! だから、もうさ――」


 グッと瑠奈が体勢を低くし、キラリと銀色の刃を輝かせた。


「――死んで良いよッ!?」


 瑠奈が残りの二十体――正確には二十三体を狩り尽くすのに、そう時間は掛からなかった。

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