大穴を降りていくと、ドーム状の地下空間に出た。
部屋の端から端まではおよそ百メートル。
天井も高いため、五人で立つ分にはかなり広い空間に感じられた。
そして、何よりも目を引くのが――――
「わぁ!
「これ全部取って帰ったらいくらになる!?」
ドーム状の地下空間の壁際にびっしり並ぶ青黒い鉱石――魔鉄鉱。
探索者の装備を作る上で欠かせない素材であり、ギルドで換金してもよし、行きつけの装備店があるなら直接持ち込んで売るのもアリだ。
どちらにしろ、そこらのEランクモンスターの魔石を換金するよ
りも遥かに高額な取引が出来る。
(これは凄いけど……怪しすぎる……)
確かにこの量の魔鉄鉱は魅力的だ。
だが、それにしては余分な空間が広すぎる。
瑠奈が地下空間への入り口付近で佇んだまま警戒の色を露わにするが、他の四人は目の前にある大量の魔鉄鉱にテンションを上げて、不用心に進んで行く。
流石に警戒心が足りなさすぎる。
これまで装備のスペックに物を言わせて順調に探索を進めてきた弊害か。
「あ、あの皆さん! 何か嫌な予感が――」
と、瑠奈が声を掛けようとしたとき――――
ヒュルヒュルヒュルッ!!
「っ、入り口が!?」
四人が地下空間の真ん中辺りまで進んだとき、今自分達が通って来た道が植物の蔓によって塞がれてしまった。
「ん、どうした瑠奈ちゃん?」
魔鉄鉱に近寄っていた青年が瑠奈に振り向く。
瑠奈は自分の片手剣の刃を蔓に突き立てながら、慌てた口調で言った。
「出入り口が塞がれました! ワタシ達、閉じ込められてますっ!」
「何だって!?」
「ウソだろ!?」
「そんな……!」
「えっ、何で……!?」
魔鉱石に夢中になっていた四人の表情にも緊張が走る。
そうしている間にも、瑠奈は何度も蔓を斬りつけるがびくともしない。
多少傷は付けられるが、すぐに修復される。
おまけに蔓の一本一本が太く頑丈で、このまま続けても剣が刃こぼれしてしまうだけ。
(ヤバいヤバい! このままじゃ……!)
瑠奈が歯噛みしていると、突如空間が唸った。
それを切っ掛けにして、地面の至る所がボコッと盛り上がり始める。
「な、何これ!?」
「どうなってるの!?」
女性二人が身を寄せ合って、目の前の異変に怯える。
「皆っ、出入り口前に集まれ!」
青年が指示に従って、皆が蔓で塞がれた出入り口のところに集まる。
瑠奈に変わって他のパーティーメンバーも蔓の除去を試みるが、結果は同じ。
皆が徐々にその表情を険しくしていく中で、先程盛り上がった地面に亀裂が入り、そこからモンスターが続々と出てきた。
二足歩行で人間の子供くらいの体躯。
暗い緑色の体色を持ち、黄色い瞳と鋭利な歯を持つモンスター。
「ご、ゴブリンだ!」
青年が叫んだ。
皆が武器を手に取り、瑠奈の前に並ぶ。
瑠奈を守ろうという意思ではない。
そんな余裕はもう四人にはない。
単に自分の身を守らなければという思いのみ。
膨らんでいた期待は一気に萎み、絶望へ。
冷静さは微塵も残っておらず、額には脂汗、目は恐怖に揺れていた。
「だっ、大丈夫! Eランクのただのゴブリンだ!」
「そ、そうだ! 俺達の敵じゃない!」
「今まで何回も倒してきたしね……!」
「余裕よ、余裕!」
せめて言葉だけでも強気にと、四人は自分達を奮い立たせる。
「い、行くぞ!」
「「「おぉおおお!!」」」
四人は武器を手にして駆け出して行った。
湧き出したゴブリンらも粗雑な武器を片手にして飛び掛かっていく。
出入り口前で佇む瑠奈の視線の先で繰り広げられる戦闘。
最初の二、三分は良かった。
パーティーメンバー個人個人が装備のスペックでゴブリンの戦力を上回り、各個撃破していった。
だが、次第に疲労が溜まっていく。
擦り傷が、打撲が、切り傷が増えていくたびに、焦燥感に駆られていく。
そして、戦闘開始から五分が経った頃――――
「ちょっとアンタ邪魔なのよっ!」
「ふざけんなし! お前がどっか行け!」
「きゃぁっ!」
蓄積するストレスから仲違いを始めた女性二人。
片方がもう片方を突き飛ばす。
それを見たゴブリンらが、キラリと目を光らせて舌なめずり。突き飛ばされた女性に群がっていく。
「大丈夫! 今助けるぞ――ぐわぁあああ!」
青年がすぐさま駆け寄るが、ゴブリンの物量に押されて倒れ込んでしまった。
「何だよ……何なんだよ!」
「いやぁ……もういやぁあああ!」
「誰か助けてぇえええ!」
四人共が悲鳴を上げて座り込む。
この瞬間、皆が理解した。
立場が逆転したのだと。
探索者がモンスターを狩るのがダンジョン探索ではない。
ダンジョン内は弱肉強食。
食物連鎖が存在する一種の生態系。
一歩足を踏み入れた瞬間から、探索者もダンジョンという名の世界の生態系の一部になるのだ。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
今、弱いのは探索者側。
狩られるのはモンスターではなく、探索者。
(このまま、終わるの? ワタシの……早乙女瑠奈の人生も……)
嫌だ! と、瑠奈は強く思った。
右手に握られた、何の変哲もない片手剣の刃に視線を落とす。
(ゴブリンに良いように弄ばれて死ぬのなんか絶対イヤ……!)
ゴブリンが捕らえた女性をどのように扱うのか、想像に難くないが考えたくもない。
「狩ってやる……」
呟いた瞬間、瑠奈の胸の奥で火が灯ったような感覚がした。
「ワタシは可愛い……」
瑠奈が一歩踏み出した。
「可愛いは正義、神聖不可侵……」
一歩、また一歩と徐々に瑠奈の歩く速度が速くなる。
「狩られたくないなら、狩るしかないッ!!」
気付けば右手に片手剣を握り締め、疾走していた。
Lv.12のステータスを宿した身体は、体育の授業で走るときと比較するまでもなく軽く、速く進んで行く。
視線の先に尻餅をついている女性。
今まさに飛び掛かろうとしているゴブリン目掛けて――――
「可愛いは何物にも負けない――ッ!!」
ザシュッ!!
片手剣を横薙ぎに一閃。
ゴブリンの首が呆気なく飛んだ。
派手に散華する
どす黒い血液が座り込んでいた女性に降り掛かるが、瑠奈は気にしない。
死ぬよりマシだ。
(これが……自分でモンスターを狩る感覚……?)
瑠奈は血の付いた刃を見やる。
胸の奥で灯った火の勢いが少し大きくなる。
この危機的状況の中、瑠奈の口角が微かに持ち上がった。
今までのお姫様プレイの探索では味わえなかった感覚。
何かが足りないという霧のような悩みが少し晴れたような気がした。
(わからない……わからないけど、ワタシの探索者ライフに足りなかったのは
視界に映るのは、刃に粘っこく付着したゴブリンの血液。
ポチャッ、ポチャッ……と雫となって地面に垂れている。
「あはっ……!」
瑠奈本人も気付かぬ間に、普段可愛らしい金色の両眼には、どこか狂気的な眼光が宿っていた――――