探索者登録を終えた瑠奈は、ギルド本部に併設された探索者装備店で手頃な価格の駆け出し探索者セットを購入した。
(一番お得な駆け出しセットでも十万円超えるんだ……この日のために貯めてた貯金が消し飛んじゃったなぁ……)
駆け出しセットに入っているのは以下の通り。
・レザーアーマー
・レザーブーツ
・シンプルな片手剣
・低級治癒ポーション三本
どれも大したことのない品質だが、基本的に探索者の道具は高価。
むしろ十万円と少しで、すぐに探索に出られるようになる駆け出しセットは本当にお得なのだ。
(でも、今はそんなことより……)
探索者登録したギルド本部から徒歩五分。
ちょっとした広場の真ん中に、古風な西洋の両開き扉――それも高さ五メートルはあるかというものが鎮座していた。
「これがダンジョンゲートかぁ~!」
ダンジョンへ通じる門――『ダンジョンゲート』。
ギルドが制定するダンジョンの難易度は下の『Fランク』から上の『Sランク』まで七段階。
同様の七段階で探索者ランクも決められており、ダンジョン難易度と自分のランクを比べることで安全に探索出来るかどうかを判断する。
あまりにも自身のランクより高ランクのダンジョンには入れない決まりになっており、ゲートの前で探索者の出入りを確認しているギルド職員に止められることになる。
ちなみに、目の前のダンジョンゲートは最低難易度のFランクダンジョンへと通じているため、まだ駆け出しでFランク探索者の瑠奈でも問題なく入場可能だ。
「さてさて、ワタシもどこかのパーティーに入れてもらわないとっ!」
ダンジョンゲートがある広場には多くの探索者が集まっており、パーティー勧誘をしたり探索の打ち合わせをしたりしている。
所詮はFランクダンジョン。
別にソロでも良いのだが、どうせなら先達に同行して手解きを受けたいところ。
だが、その前に…………
瑠奈は左手首に付けていたEADへと視線を落とす。
指紋認証パネルに右手人差し指を触れさせ、起動コマンドを口にした。
「えぇっと……エンハンス・アビリティー!」
瑠奈の指紋、声紋、起動コマンドが認証され、EADが起動する。
一瞬EADが淡い輝きを放った途端、ブワッと身体の奥底から力が漲ってくる感覚がした。
「こ、これがステータスが適用された状態……」
瑠奈は手を握ったり開いたりして身体の調子を確かめる。
ついでに、EADの特殊空間に格納されていた駆け出しセットの装備も身に纏った状態になっていることを確認。
「よしっ、良い感じ!」
新鮮な感覚を確認し終えてから、瑠奈は入れてくれそうなパーティーを探して辺りをキョロキョロ。
すると――――
「ね、ねぇ。今からこのダンジョン探索するつもり?」
「はい、そうなんです! でもまだパーティーが見付かってなくてぇ……」
同級生か少し年上と思われる青年に声を掛けられた瑠奈。
答えながらチラッと上目で見詰め返すと、青年の頬がジワリと赤く染まっていく。
「だ、だったらさ、俺らのパーティーに来ない? 前衛が厚いから安全に探索できるよ……!」
瑠奈の口元が気付かれない程度にニヤリと歪んだ。
咄嗟に青年の手を両手で優しく包み込むように握り、可愛らしい笑顔を向ける。
「ホントですかっ!? ありがとうございます! じゃあ、お言葉に甘えさせてもらっても……?」
「も、もちろんだよ! 俺、祐介。よろしく!」
「ワタシ瑠奈ですっ! よろしくお願いしますね。ユ・ウ・ス・ケ・さんっ!」
「え、えっへへぇ……!」
目尻を下げて口許を緩ませる青年――祐介に可愛い笑顔を向けながら、瑠奈は内心でほくそ笑んでいた。
(いやぁ、やっぱり可愛いってだけですぐ声掛けてもらえるなぁ~。役得、役得ぅ~)
このTS美少女、本当に前世が男子高校生かと疑いたくなるほど、生粋の小悪魔である――――
◇◆◇
「瑠奈ちゃん、コイツ
「えっ、また良いんですか~? ありがとうございますっ!」
祐介を含めてパーティーは四人。
全員祐介の同級生だという男子だ。
その内の一人が、四肢を切断してこれ以上抵抗できなくなった昆虫型モンスターを指差して瑠奈に声を掛ける。
瑠奈は文字通り言葉通りの虫の息となったモンスターに剣を突き立て、止めを刺す。
絶命したモンスターは身体の端から黒い塵と化して霧散。消えたあとには、小さな魔石が一粒転がっていた。
この魔石をギルドで換金することで、探索者は収益を得ることが出来る。
「瑠奈ちゃ~ん、こっちに沢山スライムがいるよ~!」
「は~い! 今行きま~すっ!」
少し離れたところで祐介が呼ぶので、瑠奈は小走りで向かった。
すると、そこには辺りから祐介が誘導してきたと思われるスライム達が、一ヶ所に集められていた。
「これ、全部瑠奈ちゃんが狩って良いよ!」
「ホントですかっ!? やたっ、ありがとうございます!」
ダンジョンと同じようにモンスターにもF~Sの脅威度がギルドによって付けられており、目の前のスライムはまったく危険がないと言っても過言ではないFランクモンスター。
下手に近付いて顔に張り付かれ、口と鼻を覆われて窒息させられない限り、スライム相手に死亡することはない。
瑠奈はそんなスライム達へ、容赦なく剣を振り下ろしていく。
(ん~、楽しいなぁ~! 皆が積極的に貢いで――じゃなくて、モンスター倒す手伝いしてくれるから楽ちん!)
――と、かれこれダンジョンに入ってから一時間になるが、瑠奈はこんな調子で完全にお姫様プレイで探索していた。
(やっぱ、可愛いは正義っ! 最強なんだよっ!)
このあともう三十分ほど探索してから、ダンジョンをあとにした――――
◇◆◇
「探索お疲れ様! これが瑠奈ちゃんの取り分だよ!」
ダンジョンを出たあと、瑠奈は祐介ら四人と共にギルドへ行って、探索で獲得した魔石を換金した。
今、その報酬が分配されているところなのだが…………
「えっ、何かワタシの分け前、多くないですか……?」
今回の探索で得た魔石を換金した結果は、約二万円。
五人で等分するなら瑠奈の手には四千円が渡されるはずなのだが、今その手には一万円札が一枚置かれていた。
今回の収益の半分に当たる。
だが、祐介らは別に間違えていないよと笑う。
「ほら、瑠奈ちゃん今日が初探索だったんでしょ?」
「やっぱり初めての探索の思い出は良くしたいからさ!」
「それに、僕らも瑠奈ちゃんみたいな可愛い子と探索出来て楽しかったし」
「むしろ俺らが瑠奈ちゃんのレンタル料払うべきだよなぁ~」
「そ、そんな……い、良いんですかっ?」
「「「「もちろん!」」」」
瑠奈は四人の恩情に感極まったように両の瞳を潤ませて、一万円札を優しく胸の前で包む。
「皆さん……!」
瑠奈は自分に出来る限りの最高に可愛らしくいじらしい笑みを咲かせた。
「ありがとうございますっ……!」
「あっ、あはは! このくらい全然!」
「る、瑠奈ちゃんのためなら!」
「この笑顔が見れるならもう一万円だって……!」
「み、貢ぎたくなる尊さ……!!」
祐介ら四人が瑠奈の笑顔の前に、頬を赤らめて視線を右往左往させきょどり始める。
(いやぁ~、まさかここまでしてくれるなんてねぇ~)
瑠奈は思わず悪い笑みが浮かびそうになるのを、必死に可愛い仮面で誤魔化す。
(もしかしてワタシの探索者ライフ、姫プでイージーモードだったり?)
このあと、「また一緒に探索しよう!」と微かに下心を感じる四人から連絡先の交換を求められたが、瑠奈は「そうですねっ! また機会があったらご一緒させてください!」とやんわり断っておいた。
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◇ステータス情報◇
【早乙女瑠奈】Lv.2(↑Lv.1)
・探索者ランク:F
(ランクアップまであと、↑Lv.8)
・保有経験値 :120
(レベルアップまであと、80)
《スキル》
○なし