LIVE――――
○コメント○
『ソロでBランクモンスターは無理あった……』
『もうズタボロじゃん……』
『これは死ぬ』
『死ぬとことか見たくないよ!』
『無茶過ぎた』
『衝撃映像無理なやつは今すぐ動画閉じろ』
『死ぬ瞬間映るぞ』
…………
「はぁ、はぁ、はぁ……あはは、勝手にワタシ死ぬことにするのやめてもらって良いかなぁ……」
ライブ配信に押し寄せるコメントを尻目に、その少女は荒い息を立てながらも無理矢理笑みを作る。
獲物の大鎌を支えにし、切り傷擦り傷塗れで血の滲んだ華奢な身体を立ち上がらせていた。
視線の先には、ファンタジー世界に出てきそうな巨体を誇る蛇。その全長は優に人の背丈を上回っており、二つの細い目で少女を見下ろしている。
○コメント○
『ポーションで回復して全力で逃げるべき』
『果たしてモンスターが逃がしてくれるかどうか……』
『この怪我じゃもう逃げたところでだろ』
『失血死確定じゃん』
『戦うよりはマシでしょ』
『運が良ければ逃げ延びられる』
『ってかもうそれに懸けるしかないし』
…………
「うぅ~ん、残念。ポーションもうないんだよねぇ。でも問題はないかなぁ……」
少女がスゥ……と細く息を吐き、荒い呼吸を整えた。
身の丈を越える大鎌を低く構える。
表情に浮かぶのは笑み。
全身の痛み、残り僅かな体力を誤魔化すためのものではない。
真にこの命を懸けた戦いを楽しんでいる、心の底からの笑みだ。
普段可愛らしい両の瞳には、どこか狂気的で鋭利な眼光が宿っていた。
「ワタシ達探索者が怪我を治す方法は大きく三つ。一つは休息による自然治癒。もう一つはポーションやヒーラーによる回復」
そして最後にもう一つ、と少女は口角をニヤリと釣り上げた。
「レベルアップ時の完全回復……!」
○コメント○
『何言ってんのこの人?』
『え、どういうこと?』
『確かにあとちょっとでレベルアップって言ってた』
『だからどうした……?』
『適当に雑魚倒して回復しようってこと?』
『周りに他のモンスターいねぇじゃん』
『あ、もしかして……』
『まさかな』
『俺わかったかも……』
『絶対あり得ないこと思い浮かんだけど、違うはず』
『いや、目が完全にイッてる』
『これはやるぞ』
…………
「うんうん、話が早くて助かるなぁ。その通り……目の前のBランクモンスターを倒せば私はレベルアップして完全回復。あはっ、何の問題もないよねっ!」
キラリと大鎌の鋭利な刃と狂気的な瞳が光った。
「あはは……このギリギリの戦いでしか得られない栄養ってあるよねぇ! あはは、あっはははははははははははッ!!」
――この日、一人の少女の動画が探索者界隈に激震を走らせ、その名を広めることとなった。
もっとその少女に相応しい二つ名――【
本人の望むところではないそんな異名を持って、この先どんどん探索者界隈を震撼させていくことになるとは、
◇◆◇
「うんうん! 今日のワタシも可愛いっ!」
日本排他的経済水域内の某所に位置する、ダンジョンと共に発展・拡大してきた海上都市――『ダンジョン・フロート』。
その西部第三地区にある住宅街のアパートの一室で、一人の少女が鏡に映った自分の姿を見詰めてニヤニヤしていた。
身に纏う真新しいブレザー制服から、今日入学式を迎える新高校一年生であることがわかる。
背丈は百五十センチを少し超す程度でやや小柄。
胸も同世代の少女と比べると僅かに控えめだ。
しかし、線の細い身体と言いしなやかで長い四肢と言い、スタイルは申し分ない。
加えて、なかなか見掛けないほどに可愛い顔立ち。
童顔であどけなさを感じさせ、パッチリ二重の金色の瞳が二つ。色々な髪形を作りやすいミディアムロングの髪はふわっふわで薄桃色。
そんな彼女の名は、早乙女瑠奈。
誰もが口を揃えて美少女と称える女の子。
と、思わせておいて――――
「いやぁ、まさか陰キャでぼっちな男子高校生が生まれ変わってこんな美少女になるなんて誰も思わないよねぇ~」
――中身は男であった。いや、正確には男子高校生としての前世の記憶を引き継いだままTS転生した存在だったのだ。
「早乙女瑠奈として生まれ変わって十五年かぁ……」
前世はつまらなかった。
陰キャでコミュ障。友達を作るのが苦手で、人の繋がりを感じられたのは、趣味でやっていたゲーム配信での視聴者とのやり取りくらい。
(もうあんなつまんない人生を繰り返さないために、これまで自分磨きは欠かしてこなかった……)
オシャレを学び、コミュニケーション能力を高め、人を引き付ける術を身に付けた。絶対不変の正義である“可愛い”を追い求め続けた。
この自画自賛したくもなる容姿も、そんな弛まない努力の結晶。
(早乙女瑠奈として、皆に可愛がられる陽キャで楽しい青春を送るんだっ!)
それだけじゃない。
折角ダンジョンのある世界に転生して、親元離れてこのダンジョン・フロートまでやって来たのだ。探索者としても楽しまなければ損である。
瑠奈はグッと決意と覚悟を表すように拳を握り込んだ。
だが、すぐに鏡越しに映った時計が想像以上に時間の進みを表していることに気付く。
「って、こんなことしてる場合じゃないや! 早く行かないと遅刻しちゃう!」
瑠奈はキモ可愛いぬいぐるみのストラップを一つぶら下げた黒いリュックを背負い、学校へ向かった――――
◇◆◇
校長先生や来賓の方々の長~いお話が大半である入学式を終えて、瑠奈は一年一組教室の真ん中あたりの席に座っていた。
先程クラス内で簡単な自己紹介を終え、今は休み時間だ。
「ねぇねぇ、瑠奈ちゃんって呼んで良い?」
「瑠奈ちゃんってめっちゃ可愛いよね~!」
「お人形さんみた~い!」
「あはっ、みんな大袈裟だよぉ~」
休み時間に入るなり、瑠奈の席の周りに集まるクラスメイトの女子達。
瑠奈はそんな彼女らへ、可愛らしい笑顔を振り撒いていた。
第一印象は大切だ。
ここで自分の可愛さを存分にアピールし、人気を獲得し、クラスのカースト上位の座を確保しておかなければならない。
「瑠奈ちゃんオシャレだよね~」
「同じ制服着てるのに何が違うんだろ?」
「ねね、今度私にもオシャレのコツ教えてくれな~い?」
「えっ、私も私も!」
「ウチにも教えて~!」
「うんっ、もちろんだよ!」
皆の願いに愛想よく返事をする瑠奈。
こうして女子の群れが形成されて行くワケだ。
そんな様子を遠巻きに眺めるのはクラスの男子達。
イケイケな雰囲気の男子も冴えない男子も等しく、圧倒的人気を誇る瑠奈に話し掛ける勇気が持てず、内々で話している。
「入学初日なのにすげぇ人気だな……」
「早乙女さん、だっけ……?」
「ってか、クソ可愛いよな」
「マジで付き合いてぇ……」
「お前じゃ無理だって~」
完全にクラスの中心人物。
カースト上位の陽キャ女子。
地位は確立された。
瑠奈の目論見通り。
だが、今日はこれで終わりではない。
学校が終わったら、瑠奈には行く場所があったのだ――――
◇◆◇
学校が終わるなり瑠奈が真っ直ぐやって来た場所は、ダンジョン・フロートの中心部。
日本迷宮統括協会――通称『ギルド』の本部である。
「探索者登録をお願いしますっ!」
「かしこまりました。では、登録料一万円と身分証をご提示いただけますか?」
「はい!」
瑠奈はギルドカウンターに立つ女性職員の前に、財布から一万円と、今日学校で配布された学生証を置く。
「登録料をお預かりします。それから……はい、確認いたしました。身分証をお返ししますね」
では――と女性職員が今度は数枚の書類を取り出して、カウンターにペンと共に置いた。
「こちらに必要事項をご記入ください」
「わかりました!」
瑠奈は探索者登録の手続きに必要な書類に目を通して名前や住所などを記入していく。
「書けました!」
「はい、お預かりしますね。では、少々お待ちください」
カウンターの女性が隣の機械で何やら瑠奈の情報などを打ち込んでいく。
二分弱待った頃、機械の操作を終えた女性が「お待たせいたしました」と言って、カウンターにブレスレットを置いた。
「こちらがEnhanced Ability Device(エンハンスド・アビリティ・デバイス)――通称『EAD』になります。探索者の皆様にステータスを与え、能力を強化するデバイスです」
「わぁ……!」
EADを受け取って早速左腕に嵌めてみた瑠奈が、金色の瞳を希望の光に輝かせる。
(これで、今日からワタシも探索者なんだっ……!!)
――――――――――――――――――――
◇ステータス情報◇
【早乙女瑠奈】Lv.1
・探索者ランク:F
(ランクアップまであと、↑Lv.9)
・保有経験値 :0
(レベルアップまであと、100)
《スキル》
○なし
※探索者Lvに応じて、身体能力、肉体強度が増幅される。
※探索者Lvは、ダンジョン探索時に獲得出来る経験値を必要量満たすことによって上昇する。
※探索者ランクは、Dランクまでは探索者Lvを規定値まで上昇させることで昇格する。Cランク以降はギルドによる昇級試験を受け、合格する必要がある。