ひとまず事情を聞きたいけど、逃げているくらいだから王都まで急いでいるだろう。ここで話を聞いている訳にはいかなさそうだ。でも顔を怪我しているし、馬にもう一度乗ってもらうのも危なさそうだなあ。
「向かっているのは王都ですか?」
「はい、そうなのですが……馬が」
「怪我しているし、馬車に一緒に乗って王都まで送った方が良いかも。でも、確かに道中にいたあの子どうしよっか」
大きな馬車ではないし、さすがに馬一頭を乗せるのは厳しそうだ。荷物だって乗っているし、座席もある。かといって馬車の大きさ的にソーニャにもう一頭任せるのも危なさそう。
「俺が乗る流れか?」
「え?」
でもこの人にもう一度乗ってもらうにはなあ、と悩んでいたらカジキが言った。
手には剣──ではなく、獣の爪を持っていた。私達が話し合っている間に素材として剥ぎ取ったらしい。ちゃっかりしてる。ではなくて。
「そんなつもりは全然。でも確かに、私かカジキのどっちかが乗った方が良さそう……だけど、嫌なら私が乗りますよ」
研究所の人を軸に考えていたけど、 私達のどちらかが馬に乗るのが丸そうではある。ビア国の人は馬に乗った経験がある人が多い。私も〇ではない。かといって、すごく乗りこなせるという訳でもないけど。それでも、高度な事を要求されなければ、乗っているくらいなら問題ない。馬車は操れないけど、騎乗なら同じくカジキも出来るのだろう。色々な依頼を請け負う職務だから、余計にそうなんじゃないだろうか。
スピードを上げまくれみたいな事になったら困りはするけど、嫌そうに聞こえたので私が乗る話に持っていこうとしたら、カジキにちらりと私を上から下まで視線をスライドして、馬車の中に爪を投げ込み出した。
「無理だろ、その格好」
スッパリ断って、カジキは馬のいた方にどこか気怠げに向かっていった。
「あー……皮めくれちゃうかも知れないね」
ソーニャが困ったように笑う。私は自分の格好を見下ろしてみる。着ている服は、動きやすさのある軽めの服装だ。それでいて、元々成人の儀に出るための服だったから綺麗目の服。それに合わせた下も同様。太もも周りの防御力は薄い。
つまり、乗馬には全然適していない。
あの口ぶりからして、カジキの方は普段からいつ騎乗する事になっても大丈夫なようにしているのだろう。何だかちょっぴり悔しい気持ちがありはするが、どちらが乗っても良いし、馬の方はカジキに任せよう。
「じゃあ……私たちは馬車で向かおうか」
「うん、そうしよっか」
「お願いします……」
研究所の人が他人事では無さそうな顔をしていた。同じく乗馬に適した格好では無さそうだ。顔に傷がなくても、どのみち馬に乗せない方が良さそうだったな。
そんな事が頭を過ぎりながらも馬車に乗った。
残されていた馬の事はカジキに完全に任せて──今のところはこちらに向かってくる気配はないけど──私たちは再び馬車で王都を目指す。
投げ込まれていた鋭利な爪が足元で転がっているのは最初気にはなったけど、足の置き場がまったく無い訳じゃないから乗っていたらそこまで気にならなかった。
それよりも、今一番気になるのは隣にいる研究員の男の人だ。傷は深くなかったようで、止血も簡単に終えていたけど問題は彼が何かから逃げていて。それが何なのかだ。
「あの、一体何があったんですか?」
研究所で何があったのか。そこにあの少年の影があるのか。馬車での移動中の今ならば聞ける。
気になっていた事について問いかけてみたけれど、答えは返って来ない。研究所の人は口を閉ざしている。私たちはいち市民でしかないから、その事から話せないのかもしれない。
その上、私たちは三人ともがそれぞれの願望のために動いている。何か崇高な使命があるとかではないし、そういった役職を持っている訳でもない。あまり重要なものは聞ける立場にはない訳だ。だから一般人には言えないと言われてしまったら、それまでではあるんだけど。
「魔石の研究所の人ですよね? 研究所で何かあったんじゃ」
だからこそ、言及されない内に畳み掛けてみる。
「ええ……」
苦しげに、重そうな口を研究員は開いた。肯定はしてくれたが言葉は少なくて、たった一言だけだった。やっぱり、あまり外部とか一般人には言えない感じなのだろうか。
「獣とか盗賊に襲われているとかだったら、少しはお力になれるかも知れないんですが……そんなに酷い状況なんですか?」
負けじと言葉を続ける。商売として戦いにも身を投じてきているカジキはともかく、私はギリギリ数に数えられる程度かも知れないのだが。今から助けを求めるだろう、今まで訓練に励んできている王国の兵士と比べたら役には立たないだろうけど。目の前で私達が戦っていたのは見ていたのだから、説得力が全くないという事もないはず。
何とか聞き出そうと矢継ぎ早に聞いていたけど、最後の言葉のどこかに反応したのか、研究所の人は私の方に顔を向けた。
かと思えば、後ろの方を見る。男の人の真後ろじゃない。馬車の後ろだ。
そこには開けた空間がある。後ろの景色を見ているみたいだった。
「あの……?」
つられて見てみるけど、何もない。風景が流れていくだけだ。
唐突に馬車の後方を見た理由を知りたくて声をかける。研究所の人は大きく息を吸ってから、こちらを見た。
「細かい事はお教え出来ないんですが……今は王にご報告をしなければならなくて」
詳細はやはりというべきか教えてはもらえないようだ。でも、一切話さないという訳でも無さそうで。研究所の人は少し話してくれた。
私達の予想通り、研究所では何かが起きて。それは王に報告をしなければならない程の事件、或いは事故のようだった。
「ただ……実は……追われているかも知れないんです」
「追われている……」
──ということは、やっぱり襲撃?
話の内容からして、研究所で起きた事は事故ではなく事件。それで、追われているとなったら犯人だと考えられる。
「何とかヤツの目を盗んで僕は逃がしてもらったのですが……気付かれるのも時間の問題でしょう。それでも気付かれる前に王城に逃げ込みたいんです」
深刻な顔をして、研究所の人は拳を作る。その仕草で、どれだけの状況なのかが伝わってきた。
「皆さんを巻き込んでしまってすみませんが……王都まで、どうかお願いします」
詳しい事情は話せないながらも、この人はこの人で王都まで辿り着かなければならない。そして追ってきている可能性があるから、戦える私達の手が必要になる。細かい部分は言えなくとも、そこに変わりはない。
それは同じ馬車にいて目的地も同じである以上、こちらも同じだ。あの少年が関わっているかもしれない情報が手に入れられずとも、放り出す訳にはいかないし連れて行くしかない。
「とりあえず、王都まで行ってから……かな」