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13-4


 急いで追いはしたいけど、町を抜けるまでがどうしても時間がかかる。追いかけているとはいえ、町中を走らせる訳にはいかない。こちらは大型では無いとはいえ馬車なのだから余計だ。



 ──大きな町だから時間はかかったけど、ようやく抜けた。町を出た辺りから馬車の速度が徐々に早くなっていくのを体で感じて、御者台の方から前方を見る。さすがにまだ見えはしない。



「うわぁあっ!」



 しばらく走っていると、悲鳴が聞こえた。少し低くて焦った声。さっきの人かは判別つけられないけど、近い。

 同じく悲鳴を聞いたソーニャが手綱を操ったのだろう。馬車が減速を始めた。声の主を探そうと覗き込んで、左右を見てみる。



「近かったよね?」

「うん、でもまだもう少し先の方だと思う……」



 他者の悲鳴を聞いたからか。心臓が落ち着きをなくし始めていた。それでも目を走らせていく。正確な声の出所はわからないけど、そう遠くはなさそうだった。一体どこにいるんだ。



「あ! 馬が」



 徐行運転で声の主を探していると、ソーニャが手綱を操って馬を引き留めた。馬車の馬達には何かあった訳ではなさそうだ。

 と、いう事は。



──さっきの研究所の人が乗っていた馬がいる?



 馬を止めた事で馬車が止まった。馬車が完全に止まるか止まらないかくらいでカジキも私も馬車から飛び降りる。足の裏にじんと軽い痺れがあって数秒くらいは止まってしまったけど、問題なく進行方向の方まで移動出来た。

 ソーニャが見たと思われる馬がいた。でもその上には誰も乗っていない。騎手のいない馬はただその場に待機している。



「乗っていた人は……」



 いつ落ちてもおかしく無さそうな体勢だったし、落馬した悲鳴だったとしても違和感はない。でも、ここまでにはいなかった。馬は落ち着いているし、逃げていたなら尚更置いてはいかない気がする。何かあったんだろう。


 目と頭を動かして、探してみるとそうかからずに見つけた。

 見つけたと同時に足を動かしていた。



 研究所の人は、獣に襲われていたからだ。



「くっ……来るな、くそ!」



 距離を取ろうとしているのか走って逃げているけど、四足歩行の獣はすぐに追いついて異様に長い爪を振りかざす。あれじゃあ魔晶術も使えないだろう。逃げるしかない状態。あの人はこちらに気付いていない。こちらに気付いて来てくれれば、迎撃という形をとれるのに。



「こっち! こっちに逃げて!」



 大きく息を吸って、研究所の人に向けて声を出す。自分ではなかなか大きな声が出ていると思うが、気付いているのかいないのかこちらを見たりする様子がない。

 鞘から剣を引き抜いて、とりあえず走って向かう。今のところ逃げてくれているが、あちらは速い。その内一撃でも喰らいかねない。



 獣は咆哮を上げながら、研究員に追いすがっている。足をもつれさせた研究員が、滑るように地面に転がったのが見えた。



──まずい!



「伏せろ」



 剣を伸ばしたところで、獣のスピードからして私の剣は間に合わない。研究所の人もあの長く鋭い爪から逃れられない。そう思った私の前を先に走っていたカジキが短く。低く。されどよく通る声で言った。

 そこで漸くこちらに気付いたのか、それとも聞こえていたけど今までは体が動かずにいたのか。危機的状況に、研究所の人はその場に伏せた。頭を両腕でカバーして。


 そこに、振り上げたカジキの剣が降り落ちた。



 肩から入った剣は厚い身に入り込み、血を飛び散らせる。研究所の人を狙っていたその前足の片方が胴体から離れて地面へと落ちた。ノイズみたいな獣の鳴き声が上がる。体の外側が痺れるような感覚で、足が止まってしまった。



「イルドリ」



 血を剣から振り落とし、獣から距離をとるカジキに声をかけられてハッとする。獣がこちら側を向いていた。痛みの原因であるカジキに──こっちに標的を変えたんだ。見てから構えてたら、助けに来たはずのこっちがやられてしまう。柄を強く握って、体勢をとる。こちら側から仕掛けないと。カジキは最初から追撃を期待していたかも、とすら思う。



 息を吐いて。駆けてくる獣の動きを見て。その動線から外れるように体を外側に入れて、前に出している足で地面を力強く蹴った。


 迎撃という形に近いけど先に動けた。剣で爪を防ぎたい気持ちがありはしたけど、胴をに向かって剣を振るう。切れ味が非常に良い訳ではないから剣が手になったみたいに嫌な感触が伝わってくる。



「んぐ……っ」



 地元にいた頃と比べれば大分慣れてはきたけど、あまり良い感触ではない事は変わりない。差し込んだ剣は血肉や体毛と絡まり合い、切れ味だけでなく腕力と速度が足りないみたいで振り抜けそうになかった。

 仕方なく剣の角度を変えてノコギリに対してみたいに細かく動かしながら、引き抜いた。私の真横にあった体が、反対側に倒れる。息を吐いて体から力を抜いたけど深く息を吸う事になって、獣と血の臭いを吸ってしまった。



「うえぇ……」

「みんな、大丈夫!?」

「なんとか」



 御者台から降りてきたソーニャが心配して駆け寄ってきてくれた。臭いで口元が若干引き攣り気味な感じがしつつも笑って伝える。剣についた血を出来るだけ落としておく。念の為傍らに倒れている獣を見てみる。前側の片足が切り落とされ、私の一撃で胴体は半分近く傷が入っていた。二足歩行の状態で倒れたから、大体の体長が確認出来るけど、二メートルくらいはありそうだ。それが凶器を持って猛スピードで迫ってくるのだから、襲われている側は恐ろしかっただろう。


 その襲われていた研究所の人はというと、座り込んでいた。



「ええっと、大丈夫ですか?」



 地べたに座り込んで動かない研究員に声をかけてみる。

 漸く落ち着いた状態で見てみれば、衣服はシワになったり土や砂がついている。顔にまで視線を上げてみれば、片目を閉じていた。どこかで擦ったのか切り裂かれたのか額から血が流れていて顎の方まで伝っているからみたいだ。



「顔から血が……押さえないと」

「え? あ、ああ……本当だ。ありがとうございます」



 繁々と私達を見ていた研究所の人は必死で気が付いていなかったらしい。腕で顔を拭って、血のついた衣服を見て知った研究員に、ソーニャが押さえるのに使えそうなタオルを渡す。顔だから出血が多いだけで、大きな怪我を負っているとかでは無さそうだった。



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