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12-4








 大雨に進行を妨げられた事で出会えた二人が農家を営んでいる事は知れた。スープを少しずつ食べ進めながら、気づく。



──ここまで話しているけど、そういえば名前をまだ聞いてない。



「あ。私、イルドリっていいます」

「……ああ。私はエレナ。それから、彼がロジェ」



 一呼吸くらいの間の後、名乗ってくれた。しなやかでほっそりとした手が、調理スペースの方に向く。あの男性が顔だけ振り向いて、短く返事をした。



 エレナさんと、ロジェさん。

 私だけではあるけど、自己紹介をしあって、少しだけ互いを知る事が出来た。



 ──エレナさんは、人見知りとか寡黙って訳でもなく。だけど、あまり積極的に話すタイプの人ではない物静かなタイプの人みたいで、自己紹介の後はお互いに食事に集中していた。



 二杯目のスープを食べ終わると、結構満足感があった。量もだけど、ゆっくり食べたお陰だろう。


 旅小屋内には、調理スペースの近くに洗い場がある。食べ終わったので、そこまで持っていって一度器とスプーンを置いた。

 蛇口みたいな吐水口みたいなのがある。でも壁に繋がっていて水道管みたいなのから水を出す──という感じではなさそうだった。蛇口みたいなのは設置はされているけど。土台みたいなのが壁との間にある。



「……もしかして、これも?」



 設置されているソレをよく見てみる。

 そうしたら、またマークがあった。間違いなく水の魔石がここにあって、水の魔石対応タイプの人が共鳴したら水が出るやつだ。



──……そういえば、他の魔石で共鳴を試した事がないけど……いけたりしないかな。

 今必要だし、少しだけだし出てくれたりしたら嬉しいんだけど。



 コックらしい場所にある水のマークのところに手を置いて、火の魔石にやるように共鳴を試してみる。

 集中。

 いつもの火や熱の感じ──とは違う。対照的な水。流れる水。



──濡れる。冷たい? ぬるい? あれ? 水のイメージや感覚って具体的になんだ?



 自分の中に感覚を掴めない。浮かぶ物はあるけど、特徴を突き詰めていきたくてもぼやけてる。

 そもそも、イメージが湧かない以前に何も感覚がない。水だからなのか。普段、共鳴したら体の中に現れるあの感覚が、体のどこにもなかった。



「……やっぱりダメか」

「水を使いたいのか?」

「わぁっ!?」



 自分の身体の奥に集中するのをやめて、意識を外側へと向けた途端だった。声が降ってきて、心臓が飛び出る。実際に出た訳ではまったくないけど、本気で飛び出していったかとは思った。


 かけた声の主の方を見ればロジェさんがいた。ロジェさんが何か言っていたみたいだけど、全集中から解き放たれたばかりの時だったから何を言われたのか全く覚えていない。



「ええっと?」



 ロジェさんは私がまともな返答が出来なかったのに対し何も言わずにその場を離れた。二人はどちらも多弁ではないけど、エレナさんは物静かなのに比べてロジェさんは寡黙って感じだ。



 私が肯定も否定もしなかったからか、ロジェさんはどこかに行ってしまったと思ったけど、すぐに持ってきた。ボウルを持って。


 ボウルは、スープを食べるのに使った器が三個くらい入りそうなサイズだ。



──ボウル……? そんなのも持って来てるんだ。



 この国の地理はさっぱりなので、二人の出身の村がここからどの位の距離なのかは分からないけど、食事に必要な鍋や器や食器以外にも色々と乗せているらしい。

 持ってきたボウルをロジェさんは吐水口の真下に置いた。そして、コックに手を近づけた。


 手を翳してから数秒。水が出てきた。

 水はボウルの中へと溜まっていって、すぐにいっぱいになった。ボウルが水で満たせると、ロジェさんは手を離す。



「何に使うかは知らんが、これだけあれば足りるか」

「あ、ありがとうございます……。でも、こんなに水を出して大丈夫ですか? 疲れたりとか」



──水の魔石対応タイプ……。



 ボウルを持ってきて、共鳴して水を出してくれた事は驚きだけど。さっきの鍋の水も入れていただろうに、更に水を出して大丈夫なのかと、そっちが気になってしまった。個人差があるとはいえ、体調を崩して二階で休んでいる人物がいるから余計に。



「……ああ。仕組みはわからんが」



 ロジェさんはそれだけ言って、また離れて行ってしまった。器を二つ持って、テーブルに座っているのが見える。戻ってはこなさそうだ。



 スポンジも洗剤もないので出来うる限りにはなるけど、使った物を洗えるだけ洗った。と言ってもスプーンと器だけなので、すぐに終わってしまったけど。



──そういえば、カジキとソーニャは食べ終わったのかな? ついでに洗っちゃいたいけど。



 私がスープを二杯食べ終えたくらいだ。二人ももう食べ終えていてもおかしくはない。ソーニャのは二階まで回収に行くとして、カジキはどこだろうか。



 少し前にカジキを見かけた場所を見てみる。

 だけど、そこにはカジキはいなかった。室内全体を見回してみる。けど、カジキの姿は見当たらない。



「あれ……? いない」



──さっさと食べて二階に戻ったのかな。



 この雨の中、外に出たとは考えづらい。行ったとしても馬車の方だろう。ここは旅小屋としての最低限の設備しかないから、遊ぶような場所もないし。



「誰かお探しですか?」



 そんなにキョロキョロと見渡していたつもりはなかったんだけど、エレナさんに話しかけられてしまった。


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