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12-2





 カジキと話しながら一階まで降りると、昨日見た調理スペースに人が二人立っているのが見えた。



 この雨の中飛び込んで来た人にしては、どこか濡れていたりはしないし、恐らく昨日見なかったあの大型馬車の人たちだろう。

 鍋が置かれて、火がついている。調理の真っ最中らしい。



──あの鍋……貸してもらえたりしないかなあ。



 さすがに知らない人にいきなりは頼みづらい。借りられたら良いんだけど。



「使いますか?」

「え」



 思い切って頼もうか悩んでいたら、調理スペースに立っていた内の一人が振り返った。ベリーショートの髪の若い女性だけど、ソーニャよりは年上かな。ソーニャが少女っぽいからかも知れないけど。



「空いてますよ、一つ」



 そう言って女性はその場から横にズレて、スペースを空けてくれる。どうやら、私が見ているから使いたいのだと思ったようだ。



 だけど、調理スペースに入ったところで火にかけられるような物はない。立ち尽くすだけになってしまうだろう。



「あー……っとそういう訳では。私たち、鍋とか持っていないので大丈夫です」



 少し反応に遅れてしまったけど、断る。と、今度はもう一人の方が振り向いた。


 もう一人は男の人だった。服の上からでもわかる程、胸も腕も足も筋肉で盛り上がっている。ライオン。顔は、ライオンを思い出させた。髪はオールバックでヒゲがふさふさだ。ふさふさと言っても、サンタみたいなのじゃなくて、口ひげと顎髭が繋がっているだけなんだけど。



 年はわからないけど、女性よりは年上に、カジキよりは年下に見える。その目は、獲物を見つけたライオンのように鋭い──という事はなく。かといって優しい目つきという訳でもない。



「なんだ、何か作りたいのか?」



 その声だけで威圧感のある低い声だけど、気さくに聞いてくれている気がする。



「何か作りたいというか……白湯だけでも出来たらなと」



 あちらが気さくな感じで話してくれているだろうっぽいので、こちらもそれに合わせて話す。

 希望としてはお腹も満たせて温かい食べ物を作る事だ。でも、そのための食材はない。だからせめて、白湯だけでも作ってソーニャに持っていけたらなと思った次第だ。



「……あなた達もお二人で行動されているんですか?」



 男の人がチラリと鍋の方を見る。その間を繋ぐように、女の人が尋ねてきた。



「三人ですね。一人は今、体調を崩していて部屋で寝ているので」



──ここまで話したのなら、この勢いで鍋を貸してもらえるか尋ねてみるだけ尋ねてもいいかもしれない。



「もし、そちらがお嫌でなければ終わったら貸していただけたり……しませんか?」



 この雨の中、馬車をまた走らせるのではなく、この二人もこの旅小屋に滞在するだろう。

それなら鍋が使用されていない時間は長いはず。全部推測ではあるけど。



「貸すのはいいが、それならお前たちも食ったらどうだ」



──貸す……食ったら? お前たち、も?



 あっさりと。男の人から出てきた言葉を、もう一度頭の中で繰り返す。

 鍋を貸してもらえそうだと思った次に出た言葉は、どっちの意味なんだろうか。鍋を貸すから、白湯なんて言わずに料理すれば良いという事か。都合良く解釈するなら、一緒に食べないかと誘いかけてくれている事になるけど。都合が良すぎるだろうか。



 どう解釈していいのか悩んで、返す言葉が出てこない。



「大きめの鍋を持ってきましたから、全員問題なく食べられますよ。今作っているのはスープですけれど、それで良ければ」



──聞き間違いでなければ、どうやら都合の良い方だったみたいだ。



「ほらよ。先もう一人に持っていけ」

「え、あ、ありがとうございます」



 いいのか聞くより先に、大きな手がそれ以上に大きな器を渡されて咄嗟に受け取ってしまった。木のスプーンも突っ込まれている。


 覗き込んでみたら、汁気もたっぷりだけど具もたっぷり入っていた。肉類は入っていなさそうだけど、野菜がゴロゴロ入れられている。



「では……お言葉に甘えて」



──温かい内にソーニャに持っていってあげよう。



 あちらの有り難い提案を受け入れて、ソーニャのいる二階まで持って上がった。

 部屋に入ると、変わらずソーニャはベッドの上にいた。体勢は変わっているけど。顔は入口側に向いていて、傍らに近づけば眉間にシワが寄っているのが見えた。



「ソーニャ。スープなら食べられそう?」

「……スープ? ホントだ、いい匂い」



 眉間のシワが和らいで、ゆっくりとソーニャが起き出した。完全に座ってから、ソーニャにスープの入った器を差し出す。受け取ったソーニャは、スプーンで掬って、息を吹きかけてから口の中へと入れた。

 途端に、ソーニャの顔は綻ぶ。その後出てくるだろう感想を聞かなくても、続きそうな言葉がわかる。



「おいしーい」

「全部食べられそう?」

「うん、ありがとう~!」



 温かいスープが疲れた体にしみているようだ。食べる気力が湧かずにいたみたいだけど、元々食べていないのもあって今はどんどん食べ進めていっている。



──私も結局昨日は食べずに寝ちゃったし、私も食べよう。あの二人の事はソーニャには後で話そう。



 ソーニャは結構気を遣うようだから、スープは他の宿泊者からもらった物だと今は伝えない事にして、私は一階に戻る事にした。



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