イラ立ちがより隠せなくなって。相手が今までより力強く振ろうとしたのが見えた。
当たれば押し飛ばしそうなそれに、当たる前に引いた。
「っな」
突然遠ざかって、当たるはずだった剣がなくなった事でそのスピードを殺して留めるものがなくなった。すぐに止まれない。その隙を逃さず、ブレないように剣の柄をしっかり両手で握りしめて振り上げる。男は急ぎ体を引いたみたいだけど、反応は早いとは言えない。
私が振った剣は、男の顔を横切っていった。
一生残るような傷を与える気はない。最初から外側に向かって振っている。動く事を考えると正確にどの辺りを通っていくかは分からなかったけど、大事には至らないだろうと思ってのとにかく外側狙いだ。
外側ではあったけど、男の頬には擦り傷が出来てしまったみたいで血が滲み出ていた。不意は突いたけど、反応が遅かったし、相手は徐々に翻弄されてきているのかもしれない。
──こっちのペースになって、相手のペースが崩れてる! このまま畳み掛ける!
あちらのペースに戻されないためにも続けて攻撃に入った。脇腹に向かって振りにかかる。大きな舌打ちが聞こえた。
「お前も顔に一発いくか!?」
何かが顔に向かって動いた。目の前の男は体を捻らせている。私の両腕は男の脇腹に向かい続けている。
どうする。
押すか引くか。間に合うかわからない。
でも、何かアクションを増やさないと。
──ああもう、前に押し込む!
あれこれ考えている時間はない。このままじゃ直撃だ。
前に出ている足の方に力を入れて、体を沈める。腕はもう止められないので、いっその事振り抜く勢いまで力をかけた。
パラパラと、何かが視界の中で散っていくのが見えた。
剣先に何か重みが乗ったような──手応えを感じる。この男との戦いで一番感じた手応えだった。
「ぐあああああっ!」
後の事なんて考えられてなかったので、前に体重をかけすぎて情けなくも体が地面に崩れ落ちた。
今のやり合いでどうなったのか。当事者でありながらわからない。彼の叫び声は聞こえたけど、断末魔の叫びでない事を願う。
さっきまでの数秒、数十秒のやりとりの間は気付かなかった──それとも終わった今また激しく鳴り始めたのか──自分の心臓の音がバクバクと脈打ってる。それに合わせるみたいに、口からは言葉で言い表わせそうな程息が溢れ出ていた。
剣の柄から手が離れていたので、握って引き寄せる。剣先には血が伝っていた。
──戦っていた相手の男は?
「ぐっぐうぅ……っそ」
振り返れば、男の姿があった。
手からは剣が離れている。剣を握っていないその手は、腹部を押さえている。ただ、大出血しているとかではなさそうだった。
心底安堵は出来ないけど、色んな意味で安心した。腕と腹に傷を負った彼は、まともには戦えない。
でもそれは、私もだ。大怪我をした訳でもないし、長期戦をした訳でもない──体感時間ではそこそこ経っているような感じがするけど、恐らく実際には三〇分とかそこらだ──のに疲労感が大きい。なんだか甘い物も食べたい気分だ。
それに、酸素の薄い場所にでもいるみたいに、息苦しい。運動し慣れている体だから、スタミナ切れとかではなさそうだけど、もう一戦をすぐにとかは出来なさそうだ。
──そうだ、カジキとソーニャは?
こちらの決着は着いた。
カジキの方も簡単に突破できそうな感じではなかったけど、途中から見れなくなった。倒されていた一人も起き上がっていたけど、どうなったのか。息を落ち着かせるより先に、カジキ達の方を見た。
さっきカジキがやり合って足元に寝かされた一人はそのままだった。奥の最初に斧を持っていた男も、足を押さえてはいるけど起き上がってはいない。
フードの男は──足から血を垂れ流しながらも今まさに戦っていた。
戦うと言っても、カジキもソーニャも近付こうとしない。距離が空いている。一定の距離を保ったままでいる二人に近付いて声をかけた。
「……どうしたの?」
「面倒くさい事にな、あいつ『風』でな。近付いたらこうだ」
カジキが自分の服であるジャケットを持ち上げて見せてくれた。ところどころ切り裂かれている。表面にだけだが、小さなものがいくつかあった。
フードの男の方は魔石晶のアクセサリーを持っていたらしい。しかも風の魔石対応タイプだと。近付けば風の刃が襲って来て、威嚇発射されるみたいだ。
「お嬢ちゃん、馬車出せるように頼む」
「え? あ、はい!」
お嬢ちゃんと呼ばれたからだろう。見た目的には私とソーニャが該当してもおかしくはない。でも、私はカジキにソーニャに「お嬢ちゃん」なんて呼ばれないし、私からすればソーニャに呼びかけているのだとすぐに分かった。
一瞬反応に遅れたソーニャだけど、馬車という単語が出て、そこで自分の事を指しているとわかったようで、馬車の方に向かった。
今、ダウンしているのは三人。一人とは対峙しているけど、威嚇はすれどあちらから仕掛けに来ないし、足もケガしている。
──さすがにこの状況なら、もうここを離れられる。
「俺らはお前さんらの命には興味ねぇよ。お前さんらのお宝にも興味ないしな」
肩を竦めてカジキはフードの男に言う。説得しているというよりは時間稼ぎだろう。ソーニャは御者台に乗ろうとしているが、フードの男はそっちを見もしていないようだった。頭が微動だにしない。
「最悪を脱したと思ったのに、またツキが悪くなるなんて事あるか?」
「ツイてるだのツキが悪いだの。なんだよ、コロコロと」
そういえば、ここで顔を合わせたばかりの時にそんな事を言っていたのを聞いたのを思い出した。
一回目の襲撃──あの荷車の人から強奪して、成功した。その上、二回目に私達が誘き出せて。だからツイているだとか言ったのだろうと軽く流していたけど。
彼らにはその前に最悪な事があったらしい。
「
──あのガキ? まさか……
「もしかして……あの少年に会ったの?」