それだけが見えて。それ以上を見る前に私の視界は動いた。体がいきなり前方に引っ張られて、首元が苦しくなる。胸ぐらを掴んでいる手があった。目の前には、さっきまで戦っていた男の顔がある。
カジキに危険を伝えるために声を上げてしまったから、私の意識が逸れている事に気付かれてしまったんだろう。左腕を掴まれて引き寄せられてしまったんだ。
でも、剣で刺してくる様子はない。
なのに。嫌な予感がする。
「奇遇だな。俺も火に対応してんだよ」
剣の鞘の方で男の腹を殴って、更に片足を間に滑り込ませて蹴った。あちらの片腕は動かせない訳じゃないけど傷は負わせてる。片腕の反応は遅いだろう。そんな事は思いつつも、ほとんど反射だった。力一杯込めて手を振り払わせる。
瞬間。熱が一瞬肌を焼いた。
ともかく離れさせるのに夢中で後の事は考えてなかった。蹴った勢いからバランスを取れず、地べたにお尻をつき、見上げた時には熱の正体は消えていた。
でも、あのままだったら確実に直撃したに違いない。
地べたに落ちるように座ってしまって思い切り隙だらけになってしまったけど、相手も片腕の傷と、意識を向けていたせいで体勢を立て直せなかったのか尻餅をついている。
──すっかり忘れてた……。相手も魔晶術を使うんだ。
普段獣や虫を相手しているから、忘れていた。
人間であるという事は、基本的には魔晶術を使うための魔石晶を持ち歩き魔晶術を使える。そして、人と戦うという事はその魔晶術をあちらも使ってくるという事を。
──相手も火。でも……。
さっきあっちは私の胸ぐらを掴んで火の力を呼び起こした。これまでに使う機会はあったはずなのに、さっき初めて使った。カジキのように剣の腕が立っていて、魔石晶を使うより剣を使った方が早いタイプって訳でもなさそうだし。
それなら全員で取り囲んでいた最初の時点で使えばいい話だ。だけど、使わなかった。
一般的にペンダントに使われているのは魔石晶だ。魔石晶は魔石よりも純度が高いから、その分力も引き出しやすく、共鳴力が高ければもっとすごいのが出せる。でも、魔石晶は対応タイプさえ合っていれば誰でも使える。あとは距離。その二点だけだからこそ、街灯にも使用されていた訳だし。
──今のは、私のペンダントを使って火を起こしたように見えた。
わざわざ私のペンダントを使って火を起こした。状況的にパフォーマンスなんていうのも──無くはないが、まあないだろう。
──もしかして……魔石晶を今持ってない?
「くそ、焼き殺してやろうと思ったのによ」
「そんな火力は出ないよ」
「うるせえ!」
その人の素質もありはするけど、私が持ってる魔石晶はごく一般的な魔石晶のペンダントだ。所謂スタートから装備している初期装備に当たる。最大火力を引き出したところで、人を焼き殺せる力なんてない。
そんな事はあちらも分かってるだろうけど、この状況でそんな軽口に付き合える程余裕はない。
この人を押し留めて加勢させない事で、少しでもカジキ側を有利にしようと思ったけど。一人倒したと思ったら、また一人起き上がってきた。このままだと、もうあと一人もその内起き上がってくるかもしれない。
相変わらず目の前の男もイラだっているようだし、早く何かしらの形で片を付けた方が良さそうだ。
さっきまでと違い、相手は負傷している。今までみたいにバーサーカーみたいな猛撃はしてこないはず。
──なら、こちらのペースにするためにも、こっちから仕掛ける!
考えている間にあっちも起き上がっている。距離は少し離れてるけどすぐに詰められる距離だ。相手が動く前にこっちから飛び込んだ。
「はっ!」
息を吐くと共に力をこめて振るう。体勢を立て直せ終えているから、相手は難なく防いできた。初撃を防がれたけど、そのまま力任せに押し切る気はない。
あっちがしてきたみたいに、力のままに振るったり競り合ったところで負ける。押し返されて、どこかがガラ空きになる。
腕力勝負では勝ち目がないならば、持ちかけない。
防がれたのがわかったら、瞬時に引いて、空いている場所に向かって剣を振り上げる。さっきは上側だったから、今度は下からだ。
「そんなもんに当たるかよ」
今度のは、弾くように振り払われる。
それを認識した瞬間に、剣の方向を変えて反対側の側面を狙った。
「しつけぇぞ!」
イラだった声と共に、三撃目は体を翻して避けられる。それでもめげずに、攻撃を続ける。流れとして決められたものに従うように。
同じように空いている場所を狙って。
剣を振って。
防がれたり避けられれば、すぐに引く。
そして、再度隙を狙って攻撃を仕掛けるのだ。
そうして繰り返していく。ひたすらに剣を振るう。旅の事を考えて軽く若干小さめの剣を選んで良かったとつぐつぐ思わされた。お陰で、繰り返してはいてもそこまで負担になってない。あまり長引けばさすがにこの剣が重く感じてくるだろうけど、今のところはまだまだ振っていられる。
「当たらねぇって、言ってんのが、わかんねぇ、のか!」
相手は余裕綽々とまではいかないまでも、私の攻撃をすべて避けるか防いでいる。
──でも、それ以上の事は出来ていない。さっきまで私にしてきたように剣をムチャクチャに振り回して攻撃など一度もして来ていないのだ。