見ている間に動いた状況に、呆然としてしまう。何もアクションを出来ずにいたのは残った二人も同じみたいだ。ハッとして、一人が動いた。
「女二人押さえてろ! あいつはこっちでやっとく!」
一人が向かおうと踏み出す。だけど、数歩歩いたところで足が止まった。何かに驚いて左足を上げて見ている。地面には水たまりが出来ていた。最初ここに来た時にはなかった大きな水たまりだ。私も彼が足を突っ込むまでわからなかった。
「なんだ、水たまり? いつの間に」
水たまりはあるけど、地面が泥濘んでいる訳ではないから足をとられるという程ではない。でも、意識は逸れた。それをカジキは見逃さない。こっちに飛ぶように大きく踏み込んできていた。
私と戦っていた男が先に動く。水たまりに片足を突っ込んでいる男よりも早く。だけど、加勢させる訳にはいかない。彼の眼前に向かって剣を差し込んだ。
舌打ちが聞こえてきた後、また剣が響き合う音がする。そうして、もう一度彼と向き合った。
「くそっ、このアマ! 邪魔だ!」
荒々しい言葉と共に剣が叩きつけられる。打ち鳴らされて手が震えた。
本当に叩きつけるという言葉が正しいと思う。剣はただ振るわれている。何度も何度も。剣なのか木の棒なのか分からなくなりそうなくらいだ。邪魔者である私を排除するための力押し。
当たったら確実に痛いどころの騒ぎじゃないというのは何も変わらない。
「……ッ」
次から次に振るわれて、こちらからは何も出来ない。かといって押し負ける訳にもいかない。
「調子に乗るなよ、おっさん!」
「ぐっ」
加勢に行かせまいとしたその後ろで。カジキと男の声がした。目の前の男の猛攻のせいで、振り返って確認する事は出来ない。反撃をくらっているっぽい事はわかる。そうトントン拍子にはいかなさそうだ。
どのみち私のやる事は変わらない。目の前のこの相手とカジキの方のもう一人を合流させない。後ろは気にはなるけど。
「大人しくすりゃ物だけで許してやるっつってんのによっ!」
正面から振られていた剣が消えた。嫌な予感がして、彼の動きを注視する。腕が大きく横に広がった。そっちの方向に剣を滑り込ませる。
「ッう!」
横から大きく凪がれた剣が剣に当たる。もう少しで勢いのままに横腹に裂け目が出来るところだった。気付いたお陰で横腹は無事だが、脂汗が一瞬で噴き出た。
相手は完全に持って行く気だった。
あちらは気が立っている。ただ押し留めているだけではダメだ。
──この勢いを逸らすか何かして隙を作って、攻撃に転じないと!
このままやっていたとしても、腕力で負ける。そうなったら今度こそ私は終わりだ。
一撃。次の一撃を受け止めた後がチャンスだ。いくらムチャクチャな振り方をしていると言っても、振り上げと振り下ろしがある。そこを狙うしかない。
動きを見逃さないように体全体や特に腕を凝視する。私が反撃を考えている事など知らない相手は、ただ腕を振り上げる。彼との身長差は激しくない。だけど、腕は遠く高く上げられている。
──頭を狙ってる。
そう予想して、その場にしゃがんで剣を掲げた。同時に意識を首の方へと向ける。首から熱い意識は下っていく。
頭上で火花が散った。剣が腕ごと押された感覚に、私と相手の間に焔を呼ぶ。
「うおっ!?」
雷撃が空を駆け抜けたかのような──縦に伸びた炎が共鳴で呼ばれるままに出現した。五〇〇ミリリットルとかのペットボトル一本分ぐらいの長さかつか細い。とてもじゃないけど、大したものじゃない。こんな短時間で出したにしては上出来な方だ。
だけど、相手に隙を作るには十分だ。思惑通り、突然の事に相手は怯んだ。
剣を受け止めるために踏ん張っていた足を前に出す。前に出した足に体重を乗せ、後ろになっている足で思い切り地面を蹴った。相手の懐に潜るみたいに飛び込んだ勢いで剣を振り上げる。
「ぐぁっ!」
──当たった!
剣からはあまり感触はなかったけど、手応えは感じた。その手応えに急いで距離をとる。
男は片腕を押さえていた。どうやら胴より前に出ていた左腕が斬れたらしい。左の指先からは血が滴っている。
「こいつ、火に対応してるのか!」
反撃に成功したはいいけど、傷は浅そうだ。だからといって、もっと深手を負わせるのは気が引ける。出来るとも思えないが。でも、今の状態だったらまだまだ引き止められてしまうだろう。
それに。カジキが相手しているもう一人もいる。後ろの戦いはどうなっているんだろう。
今なら後ろをチラ見するくらいなら出来る。カジキ達の状況を少しでも見よう。
そう思って少しだけ後ろに顔を傾けて、カジキ達の様子を窺い見た。
カジキは片手で頭を押さえてはいるけど、無事みたいだ。戦っていた男は地面に転がっている。気を失っているんだろうか。
ともかく、ダメージはあるみたいだけど無事ではありそうで胸を撫で下ろした。
──なのに。
安堵は一瞬で取り払われた。
「カジキ! フード! 起きてる!」
前見た時には斧を持っていた男の上で倒れていたフードの男が、起き上がってカジキに迫っていた。