「盗んだ物? あいつの知り合いだったか?」
低めの男の声が嘲笑うように言う。振り返った顔は声の印象の通りに嘲っている表情になっていた。
──違う。あの少年じゃない。
髪も瞳も顔つきも、違う。ただ合っているのはその背丈と、恐らくだが盗んだという点のみだ。
「二人目か」
「ツイてるな」
声が複数聞こえたかと思えば、わらわらと複数の男が出てきた。大柄な男が斧を片手で持っているのが目立つ。他の男たちも剣を握っているけど。
追いかけていたフードの人物を入れて、全部で四人。彼らは私達を見てニヤニヤと笑っていた。彼らからは嫌な感じがする。嫌な感じしかしない。手が剣の柄に伸びていく。大きく息を吸って、吐き切ると同時くらいに剣を抜いた。
「下がってて、ソーニャ」
「でもイルドリちゃん……」
ソーニャは私の体を案じてくれているのだろう。だが、そうも言ってられない。最初と比べたら、大分良くなっているし、ヤムシの時よりはまだ動けるだろう。
それに、ここまで一緒にいたならはっきり分かってる。ソーニャは戦えない人だ。剣とかそういう武器の類を振り回した経験が少なく、どこかで習ったりもしていない。その分商業に人生を費やしてきた人。そんな人に戦闘を期待するのは酷ってモノだろう。
ただ、安全と言い切れる場所は多分ない。数が多いから、むしろ目の届かない場所まで離れない方が良いだろう。
「出来るだけ近くにいてね」
言って、あまり頼りにはならない言葉だなと我ながら思う。良くなってきているとはいえ負傷している身かつ、かといって完治していたところで武器を持った殺る気満々の男たち四人と戦って勝てるほどの技量はないからだ。
さっきの荷車のところで息を引き取っていた男性。彼は恐らく彼らにやられたんだろう。暴行と強奪。それを厭わない人物たちだ。あちらは迷いなくこちらを殺しに来る。応戦しなければ、ここで終わる。少しでも戦えるのならば戦わないと。
「なんだ、やる気か?」
あちらの方が数の有利があるからか、こちらを半笑いで見ている。車と違ってエンジンかけたらすぐに走り出せる訳ではない馬車では、程々に相手をして逃げる──なんてのは出来そうにない。逃走を図るにしても、何人かは伸さなければならない。
つまり、どのみち相手するしかない。
だけど、まともに戦って勝てるかも怪しい。
──逃げ道と、逃げる時間さえ作れれば。彼らから逃れられるだろうけど……。
「……ソーニャ。多分、全員を倒して安全にここを去るっていうのは難しいと思う。チャンスを見て離脱するつもりでお願い」
「わかった。でも、初速は遅」
ソーニャの声が違う音で掻き消える。私達がコソコソ話しているのを、いつまでも許してくれる訳がなく。男の一人がこちらに剣を振り下ろし、私はそれを剣で受け止めた。鞘から両手の手の平にじんと痺れが伝わってくる。
動物は動物。人間は人間。そんなこの
──やりたくない。
体が反射的に拒否し、その場から退いて刃の一筋の閃光から逃れた。
心臓がうるさい。獣やら虫やらとやる時とは違う感覚だ。何とか深呼吸を繰り返して、自分を落ち着かせていた。
「目的を忘れんなよ?」
他の男が言って、フードの男が動く。フードの男が馬車の後ろの方に向かったのがわかった。幸いというべきか、彼らの目的は積み荷の方のだけのようだ。あくまで窃盗が主目的。
ただ、邪魔になれば殺す。そんなところだろう。
「うわっ!?」
馬車の後ろから声がした。盗むために入ろうとした男の声だろう。すぐ近くにいる男たちの視線がそちらに向く。私もそっちを見れば、布が頭に被さった男がよろめきながら馬車から離れている。斧を持った男がため息をついて彼に近付いた。
「何してんだお前は」
彼の頭に被さった布を取りに行った男の横から人影が飛び出す。次には地面に鮮血が散った。出血量は多くない。痛みと驚きがあるだろう中、斧が反撃に動いたのがわかった。
「危ない──!」
斧が横から迫って。思わず声に出る。斧は首を刈り取る位置にあって。正直、私が出した声で動いていたら間に合わない。
そう思っていたら、斧を持った手は届く前に後ろに傾いた。いつの間にか布が体に巻き付いている。フードの男の頭にあった布が代わりになくなっていた。でも布はフードの男に対してと違い、目は覆わない。斧を持つ腕も巻き込んで、後ろにどんどん重心が傾いていく。
見る間に斧を持った男はその場に仰向けに倒れた。斧を手放したら自分が危ういと思ったのか、手に握られている。
「ぐぅああああぁっ」
直後、苦悶の声が上がった。短いものだったけど、倒れた男からだ。
「こいつ、やりやがった!」
「ごッ」
身悶えている男が片手で足を押さえているのが見えた。倒れた際に瞬時に足を斬りつけられたんだろう。一人が悶えている内に、傍らのフードの男の体には膝による一撃が入れられていた。そのまま流れるようにフードの男は地面に寝ている男の上に倒される。今度は空に血が飛び散った。
「ほいよ、上がり」
下にいる男の手から斧を放させたみたいで、片手に斧を持って二人から離れていく。馬車の後ろに乗っていたカジキは斧をこちらに見せて軽く振って見せてくれた。