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11-5





 しばらくして、馬車が止まった。

 また何か獣やら虫やらが出たのだろうか。それにしては急に止まった訳ではなく、減速していって止まった感じがあったような。



「ソーニャ? どうしたの?」

「馬車が……止まってる、んだけど……」



 戸惑っているような声でソーニャは説明してくれる。でも、何だかやけにはっきりしない。止まっているという馬車に何かあるんだろうか。前の方を覗き込んでみたけど、馬車がある事しかわからない。


 馬車が止まっている理由は馬車の中にいてはわからなさそうだ。先にカジキは降りていて、私も降りる。



 止まっている馬車は、私達のような馬車ではなく、荷車みたいに小さく天井のない簡素なものだった。だけど、そこには何も乗っていない。馬車の形は荷車みたいな形だから御者台の方も見えるけど御者台にも誰も乗っていない。というか、馬もいない。



「こんなところに放棄された馬車……?」



 町からは結構離れてきたけど、下は整備されていて次の町に向けて伸びていっていて街道と言える。相変わらず辺りには森みたいなのは見えない。それにしても、堂々とした棄てっぷりだ。

 ただ放棄したにしては、馬車──馬がいないから最早単なる荷車か──はどこか壊れていたりとかはない。使った形跡はあるけど。



「こいつは……」



 カジキが御者台の方に向かったかと思えば姿が消えた。私もそっちに向かえば、カジキはしゃがみ込んでいる。何か地面に見付けたんだろう。私もそちらを見てみる。



「うッ」



 咄嗟に出たのは喉で息が詰まった音だった。驚いて、言葉が出なかったけどよく見てみる。


 男の人が仰向けに倒れている。口の端や鼻の下には血の痕がついていて、もう乾いていた。動く様子はなく、数秒見てみても体が上下したりもしない。でも、背中の方に血溜まりが出来ていたりという事もしない。



「ダメだな、もう死んでる。致命的な刃傷の類は見当たらないし、打撲か?」



 先に調べていたカジキが言う。打撲と聞いて、体の奥の方が疼いた気がした。

 遅れて、思い出す。検問所で倒れていた兵士達の事を。躊躇や容赦の無さ。もしかして。



「あっ! 誰かいるよ」



 荷車付近ばかり見ていたら、ソーニャの声が聞こえて視線を上げた。離れた場所に誰かがいる。頭まで覆われたフードとマント。白い背中。背丈は、離れていてよく分からないけど高くはない気がする。


 ──その〝誰か〟は走っている。逃げるように。



 それが分かった瞬間、御者台の方に飛び乗っていた。御者台は手綱を考慮しても、二人までなら乗れるくらいのスペースがある。それでいて、乗り降りがしやすい。追いつけそうになったら、後ろで乗り降りするより早く追いつけるのだ。カジキは定員オーバーだからか、後ろ側に乗ったようだ。

 ソーニャが後ろを確認してから馬車を走らせる。男の人を供養してあげられる余裕など私達にはない。横を通り際、せめてもの黙祷を捧げ、見えなくなると正面の後ろ姿をただ見つめる。



 ほろ馬車は二頭立てなので、あまり速くはない。背中は見えてるのに、なかなか追いつかない。あちらは追いかけられている事がわかっているからか、道を逸れていく。街道を外れてしまうと、途端に揺れが大きくなっていった。横転でもしなければ大丈夫だとは思いつつ、御者台を手で掴んで支える。



──全然スピードが落ちない。あっちの体力が尽きてくれれば……。



 持久戦になれば、こちらに分がある。何とかこのまま撒かれる事なく追い続けられれば。


 馬車もあちらも止まらない。馬車による振動なのか、自分の心臓の鼓動なのか。追跡している間、衝撃が体を揺れ動かしてるのがわかる。



 あの少年なのか。

 あの少年であれ。


 追いつけ。追いつかない。

 分かってはいても、追いつけない事に焦れったく思いながらも、白い背中を見続けて。ふと、後ろから声が聞こえた気がした。多分カジキが何か言っていたんだろう。前の方に集中していて、聞き逃してしまった。



「あれ、何か見えてきたよ」



 カジキに聞き返そうと思ったら、ソーニャに教えられて意識をそっちに戻す。逃げている先に小さな建築物が見える。納屋っぽい。手綱を操って、ソーニャが速度を緩めた。速度が落ちたので、辺りを見る。


 いつの間にか街道からは大きく道を外れ、岩や登れそうな低めの崖が連なっている。今まで見てきたフェロルトの景色にしては珍しい。



 そして、肝心の追っていた人物は納屋の前で立ち止まっている。



 速度を落とした馬車が止まり、馬車から降りる。深呼吸して、ゆっくり近寄っていく。彼は逃げる様子はない。後ろからは御者台から降りたソーニャも来てくれている。



 目の前にいる人物は背丈は、多分同じくらい。息を整える事に集中しているのか、こちらを向かない。顔を見ればすぐにわかるのに。

 ただ、両手は自由な状態で、何か持っている感じじゃない。



「盗んだ物は……どこに?」



 あの少年が盗み出したビア国の『聖遺物』である杯が見当たらない。それほど大きな物ではないし、手でいつまでも持ち歩くには少々邪魔になる。ポケットには入る大きさではあるけど。


 目を動かして『聖遺物』を探していたら、唐突に目の前のマントが風に揺れた。こちらを振り返っている。




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