──ただ通り過ぎる人が多い中で、その中の何人かはこちらを見たり、近寄って足を止めてくれる人がいた。
あれこれ聞いて来る人もいたが、値段だけ聞いて黙ってコインを差し出す人、見るだけ見て立ち去る人と様々だ。
私が売るために用意した物は大した物じゃない。たまに遭遇して戦った獣の牙や爪や角みたいな明らかな素材はあるけど、戦闘要員であるのは私とカジキの二人なので相手取っていた方になるので多くはない。
体の調子もあるけど、単純に遥かにカジキの方が強いし立ち回りが上手い。のだと思う。
なので、ほんの僅かな獣から取れた素材と、出来るだけ形が似た物を集めた石だ。楕円系で手の平に乗るくらいの物ばかりで、この石を集める事自体も割と苦労した。
ただ戦闘よりは明らかに楽だ。戦ってたら治りが遅くなりそうな気しかしないけど、石集めはもう一つ二つ目が欲しくはなるし腰への負担はあれど肝心な部位にはそんな障らない。集めている時にカジキからは「石集めだけしてたらどうだ?」的視線を受けていた気がするけど。
その〝割と苦労して集めた石〟を、今まさにお客さんが手に取っていた。集めた石は一つにまとめていて、それをお客さんは一つ一つ眺めて確かめている。
石の値段は相場が全くわからなかったので、ソーニャに聞いて相場より安い値段に設定していて、それはもう伝えた。あとはお客さん次第だ。
「……大きさはこれしかないのか?」
「そこに無かったらないです」
昔インターネットで見た言葉を急激に思い出し、ほぼ反射的に口にしていた。手に入れたのは自分なので、他にないのは分かっているし返答に困っているとかでは全然なかったんだけど。
私の時代の常套句を聞いたお客さんは、特に不快そうな表情をしておらず、何か考えているようで黙り込んだ。
「……なら、これだけでも貰おう」
しばらくして、手が差し出された。咄嗟に両手を彼の手の下に掬い上げるように広げれば、その手の中に金貨が落ちてくる。
──う、売れた……。
英語のことわざだったか、他人にとってはというやつで。売れるもんだなぁ。薄っすら感動しそう。苦労と釣り合っているかと言われたら肯定は出来ないけど。
「あ。ありがとうございました~!」
思わず手に入った金貨を見つめてしまっていたけど、買ってくれたお客さんはとっくに離れていっていた。慌ててその背中に礼を言っておく。
ふと、ソーニャの方を見たらソーニャの方は数人のお客さんの相手をしていた。大盛況って訳ではないけど来てくれている。仕入れた物も手に取って見てもらえているみたいだ。
ソーニャの方、って言っても一人一人誰の売り物とか分けられていない──というか分けるほど木箱の上にスペースもない──から、担当エリアがあるとかいう訳ではないんだけど。
だから、こちらも一人相手を終えたのでカジキもいるしソーニャの方に寄った。ソーニャは元気いっぱい笑顔いっぱいで接客している。一人のお客さんの相手をしている内に他のお客さんが会計を希望したので、それを受け持った。
忙しいってほどではなく、販売は比較的穏やかなものだった。減りはするけど、そんなスピーディじゃない。誰かしらが手が空いてる事がほとんどだった。
「んー……ちょくちょく売れてるけど、全部は売れなさそうだね」
「売れた方だろ」
いくらかは売れているが、まだ残っている。残り少ないので売り切りたいようなもどかしさは出てしまうけど。最初の状態と比べたら減った。素材系はほとんどない。
「まさか石があんな早く売れるなんて……」
「しばらくは石拾いだな」
「いやぁ……それは……」
売れたのは嬉しいし、いざ売れた時は感動すらしてしまいそうでもあったけど。石を見つけて、選別してという作業の大変さを思い出す。
そして売値も。
「一セットであの値段じゃ、なあ」
「安い飯一食食えるだろ?」
楽しげにけらけら笑われた。渡されたのは一枚だけ。相場と同価格にしたところで、安いご飯が普通のご飯にグレードアップするだけなのだ。雀の涙ってやつである。
「うーん、そろそろ終わりにしよっか。売上の計算するから、商品を馬車に入れておいてもらっていい?」
会話に入らず道行く人や周りを見ていたソーニャから引き上げを伝えられたので、閉店作業に入る。
閉店作業と言ってもほとんど残っていない。なので、木箱の上の物を一旦馬車の中に入れて、木箱を後から入れてその中に放り込むだけだ。元の数も少ないけど、今はもっと少ない。半分以上がなくなっていた。
「くそっ、やられた。どうする?」
「どうするも何もねぇよ……今日はひとまず休もう」
木箱を積み込み終えると入口方面から複数人の声がした。ちょうど片付け終えたのもあって、ついつい意識はそっちに向く。
男性三人だった。パッと見は同じような年頃の人たちで構成されているような印象。
──あとは……服が砂だか土だかで汚れているような?
発言的にも、一戦闘でもあったのだろうか。多くはないけど、獣や虫も出るし。三人で戦って服が汚れるほどの戦いとなると、大型だったか、複数だったか。その上で負けたっぽいので、手強かったに違いない。
これから私達はこの町を越えて、例の旅小屋を目指すので大丈夫だとは思うけど、遭遇したくはない。
「あの盗人野郎、顔見たか?」
気をつけたいと思いながらも聞いていたら、続けて聞こえてきた言葉にドキリとした。意識の比重が大きくそちらに傾く。今確かに盗人と言っていた。その単語は、今の私には大きな意味を持つ単語だ。
「いや……フードもあったしな。すばしっこくて小柄ってのは覚えてるんだが」
フードに小柄の盗人。
絞りきるには情報が足りない。でも否定しきるにも情報が足りない。
完全に遅れをとっているかもと思っていたけど、あちらも何かしらあって遅れており、この辺にいる──なんて可能性はある。
もしこの近くにいるなら、逃したくない。すぐに出発するのはやめて、聞き込みをしてもいいかもしれない。
とりあえず、一緒に積み込みをし終えて手持ち無沙汰になったのか、あくびをしているカジキの腕を引っ張って、三人組について取り急ぎ伝えた。
三人組が指している「盗人」は誰かはわからないが、結構な被害に遭ったのか、まだその事を話していた。今度は二人で聞いていたけど、それ以上の事は聞こえて来ない。聞けるだけ会話は聞いていたけど、三人組は立ち去ってしまった。追って更に話を聞いても良かったかもしれないが、聞いたところで成果は芳しくなさそうだ。
「盗人……なあ。ビアみたいな国は少ないが、ここは大国だしな。盗人なんてザラだろーよ」
「でも、あの少年だったら、みすみす逃してしまう事に」
「あーなあ」
カジキも大体同じ気持ちらしい。腕を組んで上を向いたり、下を向いたりと上半身まで使って悩んでいた。
「……この近くにいるんなら、何か知っているやつがいるかもな」
しばらくして、私と同じ結論が出た。