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10-4




「次に着くだろう町の事はわかる?」



 一つ隣をチラリと見てみれば手の平を枕にして、カジキはいよいよ眠っているっぽかったので、出来るだけ御者台に近い場所に座り直して尋ねる。ソーニャはまっすぐ正面を見ながら「うーん」と呟いた。



「道中に問題がなかったら着く町があるんだけど、そこは今の町より、ちょっと大きい町かなあ。大きな風車が町のシンボルで……あ、あとはフェスティバルの時には広場で火が上がるんだよ」



 長閑な田園風景が頭に浮かぶ。お祭りの時には火が焚かれるというのは、よくある小さな焚き火ではなく、キャンプファイヤーみたいな規模が大きめの方のだろう。何だか楽しそうだ。



「立地的に人が立ち寄りやすい場所。物も色んなのが売れるよ。物流拠点とか流通地点って訳じゃないけど」



 次の町は、総合するとちょうど良い町ということか。ビア国で王都に向かう道で止まった町の一つを思い出す。あそこ程ではないけど、物も人も集まりやすい場所みたいだ。



「じゃあ、そこで集めてきた物とかを売るの?」

「うん、そのつもり!」



 振り返って、馬車内にある荷物を見る。ソーニャが仕入れてきたものは、そう多くはない。商品や客層にもよると思うが、販売時間が数時間と考えるとちょうど良いか少ないくらいかもしれない。

 私も私で、一番の目玉だったかもしれない針がないから、頑張って到着までの休憩タイムなんかに集めておかないといけない。



「いくらか売って、宿に泊まれたりしたら良いね」

「そうだねぇ。たくさん売って、良いベッドで眠ったら気持ち良いよ」



 歌うように弾むソーニャの声は、その喜びを知っている者の声だ。それはもう売りに売って、疲れた体をベッドに投げ出して気持ちよく眠ったのだろうソーニャの様子があまりにも簡単に目に浮かんだ。



「あ、でも……運が良ければベッドで眠るのは叶うかも」

「それは、運良くお客さんの好みに合致したとか、そういう?」



 言った後で、バカ売れみたいな物量はここにはないから違うだろうなと思い直す。



「ううん。次に着く町の先なんだけどね。そこにはちょっと大きめの旅小屋があるの。そこのベッドが空いていたら休めるよ!」



 旅小屋かどうやら、運が良ければというのはベッドが空いていたらという事らしい。

 こうして旅をしていると、旅小屋の存在がとても有り難く感じる。無料な分、簡素ではあるけどベッドで眠れるというだけで上々だ。



「空いていたら良いね」

「あとは、そこに着くのが暗くなる前くらいだったらいいけど……昼間でも、そこに泊まっても良いかもしれないね。……あ、二人は追いかけていて急ぎだろうから、最終手段とかになるだろうけど」



 朝ならともかく、昼間なら宿泊しても良いのではないかというのは賛成する気持ちと、さすがに追いつくまでに距離が空きすぎるのではという気持ちの両方が出てくる。

 だから、どちらとも返せなかった。



 そんな風に話しながら、ソーニャが座っている御者台の左右の空間から景色が見えてくる。見えてくるのは街灯とかで、あまり緑は見えない。



「そういえば、道が結構整備されてるね」

「うん、そうみたい! いくつかの国に行ったけど、今のところフェロルトが一番道が整備されてると思う」

「へぇー大きな国なのにね」



 いや、むしろ大きな国だからなのか。

 広大な土地の全てではないだろうけど。国が割と潤っているのか、きちんとやっているのか、それとも発展しているのか。最後に関しては、少なくともビア国よりは発展していそうな気はする。


 ともかく、道が整備されているとなると、車輪がハマったりなんて心配はしなくて良さそうだ。



「森とかに入ったりとかは、あまりなさそうだね」

「山手の方に近づかなければ、あまり無いと思う。わたしも、出来るだけ街道を通るし。街道なら、ヤムシにもそんなに遭遇しないで済むし」



 明るかった声がワントーン下がった。私も、ヤムシの針は集めてはおきたいが集団で行動しがちな相手にまた襲われたくはない。反対する気持ちは一つもなかった。


 街道を通るなら、ヤムシに限らず戦闘はかなり避けられそうだ。



「……売れる素材、集まるかな」



 次に訪れる町で販売する。私達が行くのは、平坦で整備された道。となると、気になるのは素材集めだ。恐らく、集められる物なんて〇に近い。

 ソーニャはともかく、私たちは販売が主目的ではないとはいえお金を稼ぐ重要性は高まってきた。主に私が、だが。稼げる時には稼いでおきたい。



「難しく考えすぎないで大丈夫! ちょっと前にも言ったけど、土とか石とかでも大丈夫だから。フェロルトでは土……よりは石の方が売れるかなぁ。不揃いでも売れるけど、形や大きさや重さが揃っている物とかも売れるんだよ」



 果たしていくらぐらいで売れるのか分からないけど、どちらにしても売れないよりはマシか。ドカンと大きな物を狙うより、少しでも売れそうな物を取っておこう。



「今日中には到着しないから、あとはゆっくり休んでいていいよ。到着したら、すぐに露店の申請出しに行くし」

「ありがとう。でも、そんなに早く申請って通るの?」



 ソーニャの話だけを聞いている感じ、手続きは簡単ですぐ済みそうに思えてくるけど、お役所仕事と考えると、どうしても時間がかかるイメージがある。丸一日はかからないまでも、数時間かかるのではないかと多めに時間を見積もってしまう。



「わたしはやった事なくて、待っていた側なんだけど……そんなにかからなかったよ? 受付で話したり書いたりして、出店料を払うだけだって。国や町によっては、声かけて名前とか言うだけでいいところもあったし」



 役所の窓口で回されていく感じを想像していたけど、もっとラフな感じなのか。だとしたら、ソーニャの言う通りそこまで──数時間も待つ事はなさそうだ。

 次の町に着いたら、割とトントン拍子で進んでいけそう。



 ソーニャとの会話で、色々と知る事が出来た。ひとまず知りたかった点は大体知れた気がする。

 このまま他愛もない話を続けてもいい気がしたけど、乗り込んだ時と比べて、ゆるゆると眠気が起こり始めていた。



 カジキにも「さっさと治せ」なんて言われてしまったし、今なら眠れそうだし、少し眠らせてもらおうかな。



「ごめん、ソーニャ。任せっぱなしでごめんだけど、私寝るね」

「ううん。謝らないで。わたしがやりたい事でもあるんだから」



 さっきまで会話していたソーニャに一言二言謝りを入れておく。ソーニャは全く気にした様子がないどころか、むしろ楽しげだった。



「体、辛いだろうししっかり休んでね。休憩で馬車を止める時には起こすから、それまでは寝てても大丈夫だよ~」

「……何かあった時にも起こしてね。ヤムシがまた出た時とか」

「その時はすぐ起こすから大丈夫!」



 妙に力強く肯定されて、思わず笑いが出た。

 畳んで置いている使っていない予備の布を手にとって、開く。広げた布を膝にかけてから目を閉じる。じっとしていると、足の方があったかくなってきた気がしてくる。錯覚かと思うような程度だけど。

 それでも、買ってよかったなぁ、なんて思えてくる。包まれている安心感を買った気がする。


 ──そんな、ぬるい温度につられるように。睡魔はおびき出されていった。

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