食事を終えて、馬車の方に戻ってソーニャと交代で馬車に乗り込む。
一応、多少とはいえ内装は変わったのだがカジキは気にした様子はなく、席に座った。あくびをして両腕を上げて体を伸ばしている。飲み食いしたから眠気が来ているんだろう。寝るかもしれないので、私は少し離れたところに座った。
──ソーニャが戻って来るまで暇だ。眠いっぽいカジキにベラベラと話しかけるのも悪いし。
といっても、人の気配がそこらにあるせいか今のところ眠気はないし。
あまりにも手持ち無沙汰なので、適当に地図でも開いてみる。故郷のビア国と現在地であるフェロルト国との境界線から、フェロルト国の中心の方まで指でまっすぐ線を引いていく。中心までは結構な距離だ。
この間に、町はどのくらいあるんだろう。夜の事もあるし、出来るだけ寄りたくはあるけど。
「……十日。最低十日かあ」
「早くて、な」
横から訂正が入る。あくびはしていたが、声は眠そうではない。
「それより、お前さんは体を治せよ」
「わかってますよ。養生する気は満々なので」
何日かかかると判明した時に、体を休める方向で考えようと決めている。まあ、完治までに十日以上もかかるとは思わないけど。いや、戦闘があるからそうでもないか。
「今、あのガキに会ったところでお前さんがその状態じゃ、また同じ結果だろうしな」
──あの少年。私の知る地球に帰る方法を知っていそうなあの少年を追って、ようやく再会が出来た国境検問所での事。
あの時は話し合う事しか考えていなかったから、完全に不意打ちを喰らって負傷してしまった。しかも、何をされているのかわからずに。
「……次は戦わないといけない」
「そうだな。そうなってくると、気になるのはやつの攻撃手段だ」
決めていた事を口にすると、カジキは話に乗ってくれた。
「光で見えなかった……偶然とは思えないし、目眩ましは絶対として……」
今私の体に残っている痛みのその原因は彼だ。だけど、どんな手段を用いて危害を加えてきたのかはわからない。光で目眩ましをさせられたせいだ。目を潰されている間に殴打されたっていうのが一番無難なところか。
ただ、その光すらどうして発生したのか分からない。
思い浮かぶのは魔晶術だけど、魔石のタイプは火、水、風、氷、雷の五つ。事象としては光とか聖属性とかが浮かぶけどそんなのは聞いたことがない。
五タイプの中にあるとすれば、雷かな。
「あの光って、なんとか出来る?」
「なんとか、っつうか。簡単な話、アレがあいつに因るものなら、視界を奪われる前にあいつ自体を何とかすりゃいい。目眩ましの光も魔石なんだったら、それを手放させれればいいワケだしな」
「確かに……」
魔石の力で光を発しているなら、その魔石を彼から引き離せばいい。魔石との共鳴には、共鳴出来る範囲が存在する。でなければ、あちこちで火やら風やらが起こりまくっている。
何かの書物に明確に範囲が示されていたわけではないが、その範囲は狭い。精々手を伸ばした先くらいだ。
「でも、大体ペンダントですよね? 次点で指輪とか……基本的にそういう身につけられるもの」
魔石晶はペンダント型での流通が主流だ。戦える人が多いからか、邪魔にならないようにだろう。
ペンダントは首から下げる。そして、私もそうだけどペンダントは服の下に入れている人が多い。ほぼないけど盗難とか、動いて邪魔にならないようにとか、無くさないようにとか。理由は色々だけど。
あの少年の手にはそれらしき装飾品はなかった。だとしたら、一般的に流通しているペンダントなんだけど。
「どうやって手放させれれば……?」
少年から魔石晶を遠ざけるには、首元まで手を伸ばす必要がある。だけど、距離を詰める前に目を潰されてしまう気がする。
「魔晶術を使うには時間がかかるだろ?」
「時間……まあ。時間といっても意識を傾けるだけだから、少しだけだけど」
「その『意識』だ。意識が必要なら、魔石に集中させなければいい。意識を逸らす事は視界の確保になる。視界が確かなら、やりようは増えるだろ? 人数だって、こっちの方が多い。分担も出来る」
彼の言う事はもっともで、視界さえ無事ならやれる事は増える。自分一人だけならともかく、私たちは三人で行動している。一度にやる必要はない。誰かが意識を逸らす役割を担い、他の二人が取り押さえる事が出来る。
私への質問の答えは、段階は踏むけど力ずくか。
画期的な方法ではないけど、わかりやすくて良い。
「分担作業か……ソーニャにも話しておかないと」
「まァ追々で良いだろ」
大きなあくびをして、カジキは目を閉じる。今度こそ寝に入ったみたいだ。若干、途中で切られた感もあったけど、重要な部分は話し合えた気がするので止める事はしなかった。
結構話していた気がするけど、ソーニャはまだ帰ってきていない。ゆっくり食事しているのだろう。
ちょっと抜け出して、売る用の素材集めでもしようかな。
なんて思ったところで足音が聞こえてきた。間隔の狭い足音が近付いてきて、人の形が差した。
「お待たせ! 結構待たせちゃった?」
「ううん。ゆっくり出来た?」
ひょっこり顔を覗かせたソーニャだ。考えていたら、ちょうど帰ってきたみたい。笑顔で首を縦に振ったのち、ソーニャの姿が見えなくなる。
馬車がゆるやかに動き出した。御者台の方を見れば、ソーニャが乗り込んでいるのが見える。ソーニャに共有したい事はあったが、連携が必要な事なため三人で話し合わないといけない。落ち着いた状況の方が良いので、今はやめておいた。
代わりに、他に今後の事で訊きたい事があったので、そっちの話を振る事にした。