主にカジキと、たまにソーニャと他愛もない話をして時間を潰した。暗くなり始めた 頃には次への町へと続く街道に入った。ただ、町らしきものは見えない。町はまだ先のようだ。
街灯が照らしてくれる場所で幌馬車に停め、馬車の中で一晩を明かす事になった。人の通る道として整備されていて、景観を楽しむ程度の緑しかない。その事に川があればなあ、なんてソーニャは言いながら馬の世話をしていた。
ソーニャのリュックの中にある食料をみんなで分けて、それを夕食にした。
寝る時には、みんなで仲良く雑魚寝するには少し狭いので横になる人と座って寝る人で分かれたけど私は負傷者という事で横になれる組だ。
有り難く私は横になって、その日は眠らせてもらった。
──横になって休んだと言っても、ベッドとは違う固い床板の上に直に寝転んだ訳なので、起きた時には体が痛んだ。それでも、馬車に揺られていれば次第に痛くなくなった。
街道に沿って走っていけば、いよいよ次の町が見えてきた。遠くから見る限りは町の全体が見えないけど、遠く霞んでるようにも見えない。中規模くらいの町だ。
「んじゃ、換金してくらぁ」
着くや否や、戦って得たヤムシの針を抱えてカジキは離れていった。
換金しに行くって言ってたけど、多分お金にだけ替えて戻っては来ないだろうなあと彼を知ってきた今想像がつく。
「ソーニャはどうする?」
換金後は大体どこに行くかわかるため、カジキの事は置いておいてソーニャに聞いてみる。
「うーん……わたしは色々お買い物したいかなぁ。あの子達のごはんとかもいるし」
馬車一式をもらえるとは思わなかっただろう彼女の荷物自体にはエサ自体はない。人間用の飲み水を分け与えているところは目撃したけど。街道に入る前は時々停めていたような気がするので、その時に野草を食べさせたりしていたのかも。
どのみち、馬のための食料も必要な訳だ。
「じゃあ結構いるだろうし、馬車に乗せるの手伝おうか?」
箱で買わなきゃいけないほどの量になりそうな気がする。そうなったら、ソーニャ一人では大変だろう。箱で買ったとしても、二人で持てば運べるだろうし。支払いの負担は出来ないけど、それくらいなら手伝えそうだ。
「……あ。でも、それだけ買うだけのお金とか大丈夫? 私払えないけど……」
「ありがとう! 大丈夫、この時のためにずっとお金貯めてきてたから」
屈託のない笑顔で返されて、無用な心配だったとすぐに胸を撫で下ろした。でも、ソーニャの言葉で疑問が浮かぶ。
──この時のためにずっと。
前から用意していたという事になる。そういえば、ついて来るのにやけに熱が入ってた気がする。承諾した時も大喜びだったし。
「この時のために?」
「うん。わたし、自分のお店を持ちたくて。旅も好きだから世界中を回って、色んな物を見たいなあって思ってたの」
貯金していた理由を訊いたら、ソーニャはあっさり話してくれた。
家族でやっていたみたいだけど、そうじゃなくて、ソーニャはソーニャで自分の店を持つのが目標らしい。多分、やり方的にはどこか一つの場所で店を構えるんじゃなくて、今までやってきたみたいに移動販売の店なんだろう。
「お金もあって御者も出来るって、いつから? つい最近?」
「ううん。操縦出来るようになったのは五年前とか。お金は一年前かなあ?」
「すぐには始めなかったんだね」
もう少し商売のコツみたいな事とか、両親からしっかりと学び取りたかったんだろうな。必要な道具を揃える手立てだけでなく、独り立ちするならそういった準備も大事だろうし。私は会社を経営した事のない、ただの勤め人だったから憶測でしかないけど、そんな風に入念な準備をしていたんだろう。
──そう思って、軽く言ったんだけど。
なんとなくソーニャを見たら、ソーニャは自分の頬を隠すように両手を頬にあてていた。
もしかして聞きすぎた? 空気を読めてなかった?
「ええっと……道こっちで大丈夫かな」
「や、ヤムシがね……」
適当に話を流そうとしたら、ソーニャから言葉が聞こえてきた。ヤムシと最近聞いたばかりの単語が。
「わたし、ヤムシがどうしてもムリで……」
わかりやすく声が震えている。その声音から彼女が如何にヤムシが苦手かよく伝わってきた。同時に腑にも落ちた。
ヤムシと遭遇した時の取り乱しっぷり。普段の彼女と打って変わって弱気になっていたのは、かなり自分の方で手一杯だった私にも分かったくらいだ。
「なのにヤムシって、どこにでもいて、よく出るでしょ……? 旅に出たら絶対に遭遇する……」
──読めてきた。
旅が好きだから、世界中を旅しながら自分のお店を持って売り回りたい。だけど、世界中にいるヤムシが苦手。その矛盾のせいで、なかなか行動にも移せない。あの様子だと、ご両親はご存知だろう。ヤムシと戦ったりなんか以ての外っぽいソーニャに一人で旅なんて反対してきたんだろうなと思える。
一応、ヤムシ除けの忌避剤は持っていたっぽいけど。出会ってからすぐには使えていなかったし。一個あたりの値段とかはわからないけど、必要経費とはいえ、あれに頼り切りなのは商売人的には痛そうだ。しかも始めたてなら尚更。
そこに、世界中を旅する可能性のある私達の登場。しかもカジキも私も戦える。夢を叶えたいけどヤムシが怖い想いと相反するソーニャにとって、まさに渡りに船。私がソーニャの立場だったら、恐らく飛びつく。両親の立場からもそれならと旅に出せる。ご両親の態度も納得だ。
「でも、この先ヤムシが苦手なままで大丈夫? 私もカジキも人を追いかけて旅をしているから、いずれは一人でやる事になると思うんだけど」
「……大丈夫! 軌道に乗ったら人を雇わなきゃいけなくなるだろうし、戦える人を雇うから。人を雇えないくらい軌道に乗らないのは、そもそも良くないだろうし」
──完璧な作戦ではなくても、考えてはいるみたいだ。
「だからイルドリちゃんが稼ぐ話をしていたけど、わたしもわたしで少しずつやっていくつもりだよ。
今は売るような物は積み込まれていないけど、これから徐々に増えていくわけだ。そうなると、今後寝る時の事も考えないといけなさそうだ。今ですら三人とも横になれない訳だから。
「そっか、大体わかった。私たちも馬車に乗せてもらえて助かってるし、ヤムシとか出た時は任せてよ」
「本当に、ほんっとうに助かるよ~!」
お互い様なのだが、ものすごく感謝されてしまった。