馬車が走る中、自分の腕を見る。血は垂れ流れて手のところまで来ていたけど、出血は激しくない。服に思いっきり血がついてしまっているけど、腕の方は拭いていってしばらく布を──他にも何枚もあったので、新しい方で──押し付けていたら割とすぐに止まった。思ったより傷は浅めっぽくて今はもうピリつく程度だ。塞がった訳じゃないから動かしたらもう少し強い痛みが来たりはするけど。
ただ、ミミズ腫れとしてしばらくは残りそうだ。
効くような塗り薬とか塗っておいて、あとはとにかく刺激しないようにするしかない。
──で、隣のカジキは何をしているのか。
自分で治療しているとはいえ、戦闘で負傷している人物よりも気にして見ているのは何本もの針だ。もちろん、ヤムシから回収したやつ。
「道中の物は回収するとは言ったけど、それも売るの?」
疑問に思ったので聞いてみると、カジキはこちらを向いてニヤリと笑った。
「当然だろ? これに関しては持ち込んだ方が良いけどな。お前さんの分の一本を足りなかった分としてもらうぞ」
「良いけど……買い取ってくれるところまであるんだ。どう使うんだろう」
「削ったりするとか聞くけどな」
そのまま使うよりは、粉末状にして何かに混ぜたりするのが主な使い道か。何に混ぜるかとかは分からないけど、カジキの口ぶりからして一定の需要はあるっぽい。カジキへの借金分で二本の内一本はカジキの物に、もう一本は渡された。
針は見た目相応の重さがあった。私が持っている剣より重いか同じくらい。削るにしても、一本だけでも、まあまあの量にはなりそうだ。ケガと釣り合うかはともかく、早速多少なりともお金が入ってきそうだし、幸先は悪くないのかもしれない。
とはいえ、今ある痛みが引く前にまた新たなケガを生んでしまった。今の状態で彼に会ったところで、まともに戦えないだろう。
「地図でも大きいのはわかるし、大国だと聞いているけど……お城とか中央都市にあたる部分までどれくらいかかるか分かる? 二人とも」
ソーニャにも聞こえるように声を張り気味に二人に訊いてみる。カジキは分からないが、ソーニャは売り回っている訳だし、分かりそうだ。
「うーん、わたしは売ったり仕入れたりしながらだし、馬も違うからはっきりとは分からないけど……十日は最低でもかかるんじゃないかなあ?」
「十五日とかな」
「うわあ……」
思わず声が出た。体の事を考えても十分な休養日数だ。
馬車に乗っているけど、移動速度は徒歩とそんなに変わらない。大国だし、横断する訳でもない場所までで十日以上かかるのは納得出来るけど、日数で示されると実感が湧いてくる。
彼より早くこの国フェロルトが保管している『聖遺物』のある場所まで行って、盗む前にビア国の『聖遺物』を取り返す──のは出来ないのは目に見えてる。待ち構えるには、追い越されすぎている。精々、背中に追いつくくらいだろう。
到着まで時間がかかるみたいだし、出来る限り大人しくして、早く治す事だけを考えた方が良さそう。さっきの戦闘でよくよく分からされた。
「ま、焦っても仕方ないだろ。時間かかればかかる程、褒賞金も上がるしな」
褒賞金を欲しがっていて、私との取引も承諾したくらいなのに、カジキは呑気というか。コンビニに行く感覚とは違うけど、ちょっと遠いスーパーに欲しい物を買いに行くみたいな感じに見える。それは性格もあるだろうけど経験の差もあるかもしれない。
さっきのヤムシだって、負傷しているとはいえこっちはかなり手こずったのに対しカジキ達サイドはそんな苦労してなさそうだったし。
「じゃあ、時間がたっぷりあるから聞きますけども。カジキが今まで受けた依頼の中で、この仕事ってどれくらい……なんです? ランクというか」
時間を要する事も分かったので、自分であれこれ予想しているより本人に直接訊いてみる。
「あーランクなあ」
「現時点で、だけど」
「中程度かちょい下」
小腹が空いたのか、食べ物を取り出して食べながら言った。
彼曰く、国から出たこの仕事は中の中から下の上くらいらしい。国境も越えているし、割と度合いが高そうに思えるけど。これよりも上のものがあるのか。
「ちなみに……もっと上だと、どんな……?」
聞くだけで辛いような、とんでもないものでも出てきたら怖いな、と思いつつ聞いてみる。
「ヤバいの想像してるかもしれんが……こちとら、しがない個人営業なんでね? そんな大層な仕事は来ないぞ」
「じゃあ、どういうのが上のランクなんですか?」
「討伐して一定数素材集め。レア物大量入手。……辺りがまァそこそこ依頼として来て厄介だな」
素材集め。
クエストとかで定番で出てくる依頼だ。地味だけど、よく依頼として割と出てくるような。高ランクというには、肩透かしを喰らったような。
そんな風に思ったけど、すぐに思い直した。深刻さを感じない程に端的に言われて、すぐに身近なものが連想されたから深く考えなかったけど、どちらも結構な労力と前者は危険も伴う。
「退治系は命を懸けるから高額になりやすい」ってカジキ本人に教えてもらっていたんだった。わかっていたはずなのに、頭からすっぽ抜けていた。
その退治が伴う上に素材で集めるとしたら数がいる。ケガを負うリスクもその分高まるし、依頼に出すって事はそうそう倒せないような生き物なのでは。レア物の方も単純に労力は途轍も無いだろう。
そんな依頼と比べたら、確かにカジキにとっては、そんな難しい仕事ではないだろう。
「た……大変でしたね……」
「情け深いお言葉ドーモ」
心から出た労いの言葉は、サラッと流された。