一度蘇りだした痛みは収まってくれない。頂点まではいかないけど、痛みがゆるく続いている状態だ。耐えられないような痛みじゃないけど、地味にきつい。ただ、またさっきみたいに体を捻るような大きな動きをしたら、確実にまた痛むだろう。やられた時程の痛みはないとはいえ、戦うのに支障は出るし下手に刺激したくない。
だから、傷んでいるだろう部分を刺激しないように動きを最小限にするしかない。片足ずつ重心を傾けて避ける。どちらかと言うと剣で防いでいる方が体が楽なので、剣は構えっぱなしにしている。私とヤムシの間に障害物を置いているような感じなので、精神的にも楽ではある。
流すようにして体を翻して、ヤムシ達から何とか逃れている。気分は闘牛士だ。
──でも、長くは続けられない。
どれぐらいの時間耐えたかはわからないけど、完治していない体で五匹からの攻撃に耐え続けるのはきつい。
やっぱり一匹だけでも減らしたい。
不意にヤムシの一匹が針を飛ばしてきた。
あの太い針を小さな動きで避けられるわけがない。出来るだけ足の方を動かして距離を作った。でも、気づくのが遅かったのか、反応が遅かったのか、二匹目の針は私の腕を思い切り掠めた。
「っツ゛!」
肌を思い切り擦った感覚があったので、軽いかすり傷ではない事はわかった。
でも、これで二匹、針がない。
針がないヤムシも襲っては来るがあの凶器がないだけで違う。針がまだあるヤムシに特に注意をしないといけないから、数が減ったのは有り難い。とは言っても、腕に切り傷が出来ただろうから、イーブンか若干下回るくらいかも。
「あ、ま。まって、取ってくるから」
針が一つ減った事で少しだけ余裕が生まれたので周りを見てみると、ソーニャが馬車の方に駆け込んでいるのが見えた。あっちではどんな話になったのか分からないけど、ソーニャは何かを取りに行ったらしい。
カジキの声は聞こえない。カジキはどうかと見ようとしたけど、目の端で何かが動いた気がしてやめる。
──ヤムシが一匹、高く上がっているのが見えた。針のついた尾を構えて、羽が激しく動いている。
来る、と。思ったのと同時ぐらいに落下するように飛んできた。そんな速度出せたのかと思う速さで向かってくる。
あんなデカい針を今まで以上の速度で勢い良く刺されたら、風穴の出来上がりだ。絶対に避けたい。
「うわ!」
上空にいる一匹を見ていたら、視界が急にヤムシの体だらけになった。多分針のないヤムシが私に纏わりついているんだろう。このままでは間に合わない。
一か八か。
意識を首の方に傾けた。
首から下。鎖骨。そこにある熱。その熱が噴き上げて、弾けるように。熱い衝撃を目の前に呼んだ。
「弾けろッ!」
急速だったから、それはもう「
とにかく大きな奔流が発生して飲み込まれてくれればいいと。それだけのものが出るような石ではなくても。意識と力を眼前にぶつけた。
「──ッ! ────!」
体の中ではなく外側に熱さを感じた。本当に爆発でもしたかのような衝撃が起こったような気はするが見えはしない。ただ、熱が目の前にあったのは確かだった。
その次には、私に
肝心の上空にいたヤムシは、いない。辺りを見回してみれば、足元──半円を描くように逸れた形で地面に突き刺さっていた。
針は抜け落ちている訳ではなく、ただ勢いが強かったために地面に刺さっただけみたいだ。
──ほぼ反射的に剣を振った。体液を撒き散らしながらも真っ二つになったヤムシは、当然もう動く気配はない。振り抜いた後にじんじんと腕が痛んだけど、一匹減っただけだ。
「イルドリちゃん、そのままそっち向いてて!」
「え」
恐らく少し遠くから。はっきりとソーニャの声が聞こえた。
体が自然と振り返りかけたけど、その場で踏みとどまる。頼りなく揺れてしまった私の近くで、何かが弾けて風を起こした。薬っぽい匂いと果物系の酸っぱそうな匂いが混ざったよう匂いが、巻き上がった風に乗ったのか私のところまで来ている。匂いだけじゃなくて、薄く煙りも出ていた。
「……あれ?」
ヤムシ達が急に蛇行飛行したかと思えば、揃って反対方向へと飛んでいった。一匹残らずだ。
さっきまで私が苦戦していた敵の姿がなくなって、戻って来やしないかと何度も去った方を見たけど、戻ってくる気配はない。
思いもしなかった終わりに、何かを投げて助けてくれたソーニャの元に向かうと、ソーニャは地面に座り込んでいた。腕にはリュックにシワが寄る程に抱え込んだ状態で。
「よ、良かった~! 持ってきてたの思い出して」
「今のは?」
「ヤムシ除けだよ~。いっぱい持って来てたのにすぐには思い出せなくて」
ある程度は予測はついたけど、ヤムシの忌避剤らしい。ソーニャの慌てぶりからして、本当に頭からすっぽ抜けてたんだろうな。
ソーニャの使ったヤムシ除けの効果がどれくらい続くものなのかは分からないけど、多分長居は出来ない。早くこの場所を離れた方が良さそうだ。
「今のうちに出発しよっか」
「う、うん……そうだね……って、イルドリちゃん結構ケガしてる! まだもう少しは大丈夫だろうから、先に手当てしよう」
そこでようやく私を見たソーニャに
そう思ってカジキを探すと、カジキはヤムシが打ち出して置いていった針を回収していた。
「とりあえず血を止めるね」
カジキの方を見ていたけど、ソーニャが手当てを始めようとしている声を聞いてそっちを見る。リュックから物を取り出しているのが見えたけど、リュックの奥の方に同じような物がいっぱいあった。それを掻き出したらしき、入り乱れた跡がある。見えただけでもゴロゴロ入ってそうなソレが、多分忌避剤だろう。
乾いた布と塗り薬らしき物が入ってそうな容器と、液体が入った瓶をソーニャは出して私と向き合うと私の顔に押し当ててくる。優しく当てられているけど、ピリッと滲みるような痛みがした。
「顔だけでいいよ。ソーニャは馬を操らなきゃいけないし、少しでも休んでおいて」
「え、全然大丈夫だよ?」
きょとりとした顔で私を見てはソーニャは首を横に振る。御者はした事はないけど、自動車を運転するようなものだと思えば、気も消耗していくし腕とか手とか疲れるだろう事くらいは分かる。
けど、ソーニャからはそんな事を感じさせない。御者を続ける事も嫌がる感じじゃない。
「暗くなっちゃう前に町とか、安全そうな場所に着けた方がいいし」
でも、こちらとしては申し訳ないので、それっぽい事を言っておく。
ソーニャはそれを聞いて少し考えた様子だったけど、待機してる馬二頭を見て何度も頷いた。
「……そうだね。それはそうかも」
──納得してくれたみたいだ。
納得したけど、そのあとはやる気満々といった感じで念入りに顔の傷の手当てをしてくれた。最後に塗り薬をたっぷり塗ってから、一式を置いて御者台の方にソーニャが戻る。
その数分あとぐらいにカジキも戻って来て隣に座った。両手には針が握られている。
カジキも乗ると、ソーニャが振り返って確認した後に、再び馬車は走り出した。