お金を借りようとして、違う声が会話に入った。
人影が馬車の中に入ってきて、目の前にチケットみたいな長方形の紙が出される。受け取ってみると、紙は厚くて簡単には破けそうにない。文字が色々書かれていて、一番最後に国の紋章が入っていた。
そこに書かれていた内容と、紋章でそれが旅券だと思わせた。その旅券を見てから、入ってきた人──カジキを見る。カジキは「ふぅ~」なんて息を吐いていた。
──全員大丈夫だと判断したみたいで女性はいなくなった。御者台の方に行ったんだろう。間もなくして、馬車は動き出した。
手近な町には送ってもらえるから、それまでは体を休められる。だけど、それで治るような軽いものじゃない。そこからが大変だ。なんとかなると思いたいけど、戦う事とか考えると不安はあった。
そして、あの少年。私が一番気になっている、あの少年の事をカジキに聞かないと。
「カジキ。聞きたい事がある」
「あ。旅券代は貸しな」
「それはわかってた事だから良いん、ですけど」
時間もお金もかかるって言っていた旅券をいつ手に入れたのかとかは気にはなるけど。今の今まで近くにいなかった彼が、一番あの少年の行方がわかるのは間違いないのだ。
彼はこれまで見てきたのと同じように軽い感じで、機嫌も良いとも悪いともとれない様子だったけど。じっと睨むように見ていたら、ひらひらと手を振った。
「逃げられた」
「どこに行ったかとか、わかりますか?」
盗まれた『聖遺物』も持っていなさそうだし、私が最後に見たあの光景みたいに追いはしたけど取り返す事は出来なかったらしい。あの正体不明の光や攻撃の事もあるし、簡単に捕まえるなり取り返せるなり出来るとは思っていない。
「近くの町までは追ったんだけどな。あの妙な光で見えなくなって、晴れた時には見当たらなかった。上手いこと紛れ込んだんだろうな」
「あの目眩ましのせいかあ……あれ、厄介ですからね」
「で、兵を見掛けたから話して一緒に戻ってきたわけだ。ついでに旅券も頼んでおいたぜ」
気軽に言うが、訪れて現場を見た兵は大変だっただろう。私が頼まなければいけない事だったから、代わりにやってくれたカジキには感謝しているが、一般兵士である彼らの事を考えると何とも口には出しづらい。というか、ビア国の紋章だけど、いいのかな。駆けつけたのフェロルトの人では。緊急事態だし、その辺はあちらで処理をしてくれるのか。余計大変そうだ。
不意に、カジキが大きく口を開けてあくびをした。
「そんな訳で、寝ずにここまで戻ってきた俺は眠いから寝る。あとは若いのでやってろ」
そう言ってカジキは背を向けてしまった。
実際寝ないで戻ってきて、他にもソーニャと一緒に働いている二人とも話を通してくれたんだろうから、寝てほしい。止める事はしなかった。
カジキが早々に眠ってしまったので、〝若いの〟ことソーニャを見る。ソーニャと目が合った。
「ねえ、聞いてもいい?」
「私でわかる事なら」
食べ終わって、口元を拭ったソーニャは何か聞きたい事があるらしい。ここまで色々してくれた人だ。出来る限りのお返しをしたい気持ちもあって、快く承諾した。ソーニャにも言ったように、あくまでわかる範囲にはなるけど。
私は承諾したけど、ソーニャからはなかなか質問が来ない。何か考えているみたいだった。口を開いたのは、しばらくしてからだった。
「えっと……二人は何をしてるの?」
「何って、仕事とか?」
真っ先に浮かんだのは仕事で、ほとんど反射的に尋ねた。でも、ソーニャには首を振られた。
「何かを追いかけてるんだよね? 逃げられたとか」
「あー……」
早めに王都を抜けてきたとソーニャは言っていたから、王都での聖遺物の盗難についてどこまで知っているかわからない。騒ぎがあったのは知っているみたいだけど。
どこからどこまで話したものか悩んだけど、とりあえずは現状を簡単に話す事にした。
「んーと……盗まれた物を取り返しにある人物を私たちは追っているって感じかな」
「盗まれた? そうなんだ……ドロボーを追ってるんだ。取り返せるといいね」
「ありがとう。ただ……他の国でも盗むかもしれなくて」
どうやって帰るのか、そのやり方はわからないけど。『聖遺物』一つで帰れるなら、もっと違う動きをする気がする。
ただ逃げるにしては衣服で姿は隠してるけど、堂々と歩くし。帰るような素振りもないし。隣国にただ逃げたようにも見えない。フェロルトにある『聖遺物』も狙っているんじゃないかと思えた。
だから、帰るのに必要なのは一つじゃないんだ。
最初『聖遺物』が帰るのに必要なんじゃないかって予想の一つとして思っていた。でも違う予想として、何か目的があって『聖遺物』を集めているんだとも。
今回ではっきりと帰るのに必要だとわかった。両方と全部予想が当たっている訳じゃないけど、概ねは合っていた。
だから、結果的には変わらない。
彼は隣国でも『聖遺物』を手に入れようとする。もしかしたら、隣国どころかすべての国で。
「取り返さなきゃいけない。もし、追いつけなかったら世界中を回る事になるかも」
「世界中を!?」
世界中と聞いてソーニャが身を乗り出してきた。すぐに我に返ったように引いていったけど。
話し合っただけで、あちらから仕掛けてきて、いきなりボロボロにされてしまって一国目から雲行きは怪しいけども。
せっかく帰るための手がかりを見つけたんだ。追いつけるまで追いかけたい。
──質問には答えられたみたいではあるけど、ソーニャは私の話を聞いてから「そっか」と言って何か考え込んでしまった。
私も、考えないと。今後の事。カジキに背負っていってもらう訳にはいかないし、あとは食費とか宿泊費とか。野宿して食べ物探すとか。知識ないと後者は厳しそうだ。
早く町に着いてほしいような、ほしくないような。そんな気持ちでいながらも、馬車は順調に走り続けていた。