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8-1









「う……っつ」



 気がつくと同時に体のあちこちが痛む。主に左肩と右足、そして腹部。痛みは若干だけど薄れてきていた。まともには無理だけど、立って歩けそうなくらいには痛みは減ってる。

 軽く動かしてみたけど手も、足も動く。



「あ。気が付いた?」



 とりあえず起き上がろうとしたら、水色と白色がふわりと視界を舞った。私の顔を覗き込んできたその顔には見覚えがある。彼女の名前だってわかった。



「ソーニャ?」

「なあに? あ。動いちゃだめだよ」



 名前を呼んだら、ソーニャは柔らかく笑った。ソーニャとは長い付き合いがあるわけでもないのに、その笑顔を見ると、なんだか安心した。

 起き上がろうとした私の体をゆっくりと倒してタオルを服の下に入れて肩に当ててくれる。タオルは濡れていて気持ちいい。


 起き抜けでまだ状況がはっきりしない。

 私は今どこにいるのか。なんでソーニャがいるのか。あのあと、どうなったのか。



──最後に見た景色では、あの少年は去ろうとしていて、カジキがそれを追おうとしていた。



「……そうだ。カジキは? カジキはどうなったか知らない?」

「カジキ?」

「えっと……変わった服を着た男の人いなかった?」



 カジキは無事だろうか。もしかしたら少年を捕まえたか取り返しているかもしれない。彼の衣服はこの辺の人とは違う。見ていたら印象に残りやすいはずだ。

 でも、ソーニャは首を傾げている。考えるような仕草をしたあと、首を振った。縦ではなく、横に。



「ううん。そんな感じの人は近くにいなかったよ」

「いない……?」



 返り討ちにあって怪我をしたとかではない事には安心した。

 いないという事はあの少年を追いかけていったんだろうか。ともかく、今は近くにいないという事だけはわかった。



──なら、カジキの事は今は一旦置いておくとして、今の私の状態だ。



 あの検問所にはソーニャはいなかったはず。私はまだ検問所の付近にいるのだろうか。誰かが運び出したり、勝手に体が動いたりしていない限りはいるはずだと思いつつ目で辺りを窺う。


 そこでようやく辺りを見てみた訳だけど。辺りは木、といった感じだった。木そのものではなく、木製のもの。木箱とか、木製の壁とか。壁という事は私は今、どこかの中にいるという事だろう。ただ、確か検問所にあった建物は木造ではなさそうだったから、検問所の中ではないのかもしれない。



 自分で確認してみたけど、思ったよりも掴めなかった。さっきから患部を何度も冷やして手当てをしてくれているソーニャに聞いた方が早そうだ。



「ごめん、何がどうなっているのかわからなくて……ソーニャが知っている範囲で良いから教えてくれない?」

「うん、いいよ。わたしも詳しい事はわからなくて、ほとんど見たままの話になっちゃうけど」



 説明を求めたら、ソーニャは快く承諾してくれた。ソーニャは事細かに知らない事に申し訳なさそうにしていたけど、あの後の事が全然わからない私にとっては、少しでも情報がもらえるなら有り難いことだ。



「イルベリちゃんも知ってると思うけど、ビア国の王都で売ってたの。三日間はいる予定だったんだけど、なんだか王都で騒ぎがあって王都の人たち落ち着かなくてね。あまり買いに来なくて。早めに切り上げて、別のところで売ろうって話になって、とりあえず隣国のフェロルトに向かって検問所に来たの。そうしたら……たくさんの人が、倒れていて。みんなで兵士の人を……詰め所って言うのかな。体を休められる場所まで運んだの。それが昨日の話」

「昨日?」



 国境検問所に着いた時には、一応まだ明るかった。今私が体を休めている場所も太陽の光が入ってきていて明るい。私は丸一日眠っていたみたいだ。でもそれなら、カジキは丸一日戻ってきていないのか。それも気になる。ただ追っているだけならいいけど。あの人掴めないから、何ともどうなっているのか結論が出ない。



「じゃあ……私は、詰め所……にいるとも思えないけど」

「うん。ここはわたし達の荷馬車の中だよ。中はいっぱいで……こんなところでごめんね」

「ううん。運びこんでくれてありがとう」



 ソーニャが色々と話してくれたお陰で、大分掴めてきた。


 ──例の少年と会ったのは昨日。

 私が少年と話して、カジキが追ったあと、ソーニャたちの荷馬車が国境検問所に到着した。検問所の様子を見たソーニャたちは、倒れている兵士を休憩所に運び込んで、場所が足りず私は荷馬車で手当てをしてもらって、翌朝私は目を覚ました。まとめると、こんな感じかな。



「他に聞きたい事はない?」



 取り押さえるような事態はそうそうないし、最低限の人員だろうけど、両国の兵が配置されている。昨日確認出来なかったけど、私が受けたようなものよりも、もっと酷いものだとしたら。何人かは、犠牲になってる。無事であってほしいと思うけど、ソーニャに言わせるのも悪いし、聞くのも怖い。だから聞かない事にした。



「……ううん。今のところはないかな。ありがとう」



 それに、私は自分の事も考えなきゃならない。

 まず、あの少年をまた追わなければならない。私が元いた場所に帰るには『聖遺物』が必要だとわかった。けど、その『聖遺物』を少年は持ち去ってしまったままなのだ。早く追わないとフェロルトの『聖遺物』が盗られてしまう。


 だけど、私は元気とは言えない。歩けない事はないけど、治るまではこの体じゃ前よりもペースが落ちる。



 他にも気になる事はある。多分あの少年が使った魔晶術。あれは魔晶術なんだろうか、とか。光と痛みがあった。

 魔晶術はいわゆる魔法じゃない。魔石にこもった力を、現代に生まれた私たちが持つ能力で引き出すもの。属性は五つだって言われている。この世界では二〇年生きてるけど、光なんて聞いたことがない。

 もし、また追いつけても彼から取り返すなら戦う事になる。



──まあ、とにかく今は追う方が優先かな。




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