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6-3






「おい、起きろ」



 掠れるような低音。音と共に体が少し揺れているような気がした。

 これは、声だ。声は、だんだんと怒っているような声色になっていっていて。そこまではっきり分かるようになったら、これはカジキの声だとわかった。


 もう朝が来たみたいだ。まだ眠いけど目を開けた。



「うわっ!」



 目を開けたら、目の前にはカジキがいた。

 近くにいるような気はしてたけど、思ったより近くて思わず声が出た。当のカジキはこっちを見ていない。周囲に意識を向けてる。辺りはまだ薄暗い。明るくなり始めてるくらいだ。


 だけど。

 林の間からこっちを見る複数の目が光っていた。こっちを見る目が辺りを取り囲んでいる。一気に目が覚めて剣を引き抜いた。


 焚き火は、弱まってはいるけど、まだついてる。火を恐れているのからか飛び込んでは来ない。

 かといって、何匹もいるから、こっちは下手に動けない。こっちから無防備に攻撃に入ったら、間違いなく何匹かに襲われる。


 目の前のカジキが、ちらっとこちらを見た。



「やっと起きたか。最悪の目覚めのところ悪いが、こいつらの相手を手伝ってくれな」

「って言っても、どうします?」



 薄暗いとはいえ、早朝に近付いている時間だ。細かいところまでは見えなくても、大体の数ぐらいは見える。見える範囲では一〇匹もいない。どれも同じ種類の獣なのか形は似通ってる。耳が大きくて長毛。大型犬くらいの大きさだ。

 それに囲まれているからなのか、寝起きだからなのか、さっきからずっと心臓が少しうるさい。 深呼吸をして、息を整えて、ひとまず自分を落ち着かせた。



「お前さんには便利なモンがあるだろ。どれだけ出せるか知らんが」



 便利なものと言われて浮かんだのは火の魔晶術だ。火を恐れている獣たちには恐ろしいだろう。効果的ではあるから、周囲に火を放つのが一番良いのかもしれない。あまり大きい火は場所的にあまり良くないけど、ちょうど獣たちがいる場所くらいになら、出来る。


 ただ、大人しく焼かれてくれるとは思えない。



「いや、やってみるしかないか」

「そーそ。まずはやってみろ、若人」



──何だか適当に聞こえるなあ……



 同じように囲まれているとは思えないほど、カジキは軽い物言いだ。私の口から勝手に乾いた笑いが出てきた。


 でも。カジキは一歩。前に出て持っていた剣を前に向けた。それに反応して一瞬獣たちで出来た波が揺れたけど、今のところは入っては来ない。焚き火の効果が高いように見える。それに、カジキも獣達が襲いかかってきたら剣で戦ってくれるだろう。さすがに私は私で自分の身を守らなければならないだろうけど、それでも数は減ってくれるはずだ。



 ただ、火を起こした事で驚いて彼らが走り去ってくれれば、一番良いと思っている。全部を焼ける保証もない上にその分大きな力を引き出さなきゃいけないから疲れる事と、剣で戦う事自体と比べたら、労力は少ない方が良い。

 恐らく、この感じだと戦ったは良いけど二度寝という訳にはいかなさそうだし、少し休んだら出発になるだろうから。出来れば体力とかは残したい気持ちがある。



「……彼らの足元に火を出して、脅かして逃げさせるとかはどう?」

「言ったろ。まずはやってみろって」



 カジキはどうやら任せてくれるみたいだ。成功するかはわからないけど、ひとまず前は任せる事にした。



 すぐにペンダントに意識を向ける。

 純度だとか、この石にこもったパワーだとか。あとは私自身の共鳴力。そういうので、引き出せる力の上限は変わってくる。感覚としては、あまりよくわかっていないけどこのくらいなら出せる。過去に出した経験があったから、はっきりと言える。


 思い描く理想のイメージとしては、爆発するような火だ。それが足元からいきなり出てくるような感じだ。体の中心で小さな火が燃え上がって、体が熱い。次には獣たちの足元に火が起こった。



 突然起きた火に驚いて乱れ始めた。驚いて飛び跳ねるみたいに後退して、何匹も逃げていく。でも残った何匹かがこっちに飛びかかってきた。鋭い牙が目前に迫って、咄嗟とっさに剣を振った。



「っ……!」

「ガッ、ぐ」



 喉から低く唸る声が間近で聞こえていたのが、遠ざかる。息を吐いた次にはもう一度飛びかかってきた。今度は鋭く伸びた爪が引き裂きにかかってくる。背を低くして剣を横に振って迎え撃った。



 剣越しに嫌な感触が伝わってくる。調理で肉を切るのとは違う感覚。何回か経験はあるけど、直接触っている訳じゃないのに、好きにはなれない感覚だ。

 空を切るまで剣を振り抜くと、その場に獣は倒れた。襲ってきた獣一匹の対応を終えて、肩から少しだけ力を抜く。



──そうだ。カジキは?



 自分の方で夢中になっていて、カジキの事を忘れていた。残ったのは一匹だけじゃなかったはず。彼は無事だろうか。


 カジキの方を見ると、三匹に襲われていた。

 でも、いなすように軽く避けて、避け際に一撃で沈む。三匹を相手しているとは思えないほどに、軽い。二匹目は攻撃を受け止めて斬り上げてる。迷いがない。それぞれバラバラに動いているのに翻弄される事なく、三匹目も突き刺して仕留めた。



「これで終わりだな」



 さすが、やってきているだけの事はあって簡単に終わらせてしまった。何の心配もいらなかったみたいだ。



「終わった……はいいけど、結局戦っちゃいましたね」



 理想としては、火に驚いて全部逃げてくれれば有り難かったが、そう上手くもいかない。数は減ったけど、剣を振ることになってしまった。



「相手取る数があれだけになって、ケガなし。十分十分」



 カジキは特に気にした様子はない。

 さっきまでの戦いぶりからして、彼にとっては大した物ではなかったんだろう。


 足元を蹴って、葉っぱや土を被せる傍らに話してる事からも、そんな印象を受ける。確かに、大成功ではないけど失敗ではなかったし、ちょっとヒヤッとしただけで戦いもすぐ終わった。気にしなくて良さそうだ。



「……もう出発します?」



 空に朝日が輝きだした。本格的に明るくなった朝の空が眩しい。徹夜明けみたいな気分になる。この世界では、娯楽ほぼ無しな田舎町の健康生活を送ってきた身には、幸い気分なだけで目にそこまで滲みなかったけど。



「……そうだな。ある程度は血の臭いは隠したが、どっからか寄ってきたら面倒だ。奴らの嗅覚は鋭いからな。まァ、向かうっていうかは、一旦この場を離れるに近いが」

「わかりました」



 眠る事は出来ずとも、休息は入れてもらえそうだ。焚き火を消して、とにかくこの場を離れた。




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