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5-3







 この人がどれだけやり手の人なのかはわからない。どちらかというと、フラフラしてそうな人だ。でも、恐らく真っ先に国外に向かおうとしている辺り気が抜けない。この先、何度も会って話の邪魔をされる可能性も捨てきれなかった。



「あの。それ、私も手伝っていいですか?」



 だから、カジキというこの人物とはこうした方がいい。

 手を組んで、理由の詳細は明かさずに味方になってもらった方が良さそう。そう判断して、言ってみれば目を丸くしたあとに、カジキは苦笑いした。



「就職にはうちは向かないぞ」



 本気だと思われていないのか、本当に就職を希望していると思われているのか。どちらにしても、こちらを受け入れる姿勢ではない。



「個人でやっているからな。他を当たってくれ」

「就職をしたいんじゃなくて……私も、追ってるんです。でもそれは、お金が目的じゃなくて」



 本気で扱ってくれていないようなので、こちらは真面目に伝える。私にとっては願っていた元の地球に帰る事が叶うかもしれない事なのだ。

 気付けばテーブルに手をついて立ち上がっていた。手に力がこもる。



「会って、話をしなきゃいけないんです、と。だから、手伝うという形で私と手を組んでもらえませんか」



 私とカジキは同じ人物を追っているけど、目的は違う。


 私は彼から地球──元いた場所や帰り方について聞き出すため。

 カジキは報奨金のため。もし、帰るのに過去の地球の代物であろう『聖遺物』が必要なら渡せないけど、そうじゃないなら王城に持ち帰ってもらえばいい。必要なら、その時はその時だ。



 相手にとっても悪い話ではないはず。カジキは、先程までとは違い顎に手を当てて考え込むように私を見ていた。怪しまれたとも、真面目に考えてくれているとも取れるそれに、心臓はバクバクと言い出す。別に怪しまれたところで、そこまで痛くはないはずなのに。



「わかった。話さえ出来りゃいいんだな? そんなら手を組んでもいい」



 話を聞いて考え込んでいたみたいだけど、提案した条件で承諾してくれるようだ。

 一時的でも、協力関係を結べた。単純に人手が増えるのも有り難い。これで、彼と話せる可能性は少し上がったかも。



「とりあえず、まずは検問所を目指すんですか?」



 味方になったところで、早速これからの方針について切り出した。さっきのカジキの言葉の通り、まずは国境検問所だ。

 あの少年が通る可能性があるのはもちろん、隣国に行くなら私達も検問所を通らなきゃならない。だから、具体的な目指す場所としては検問所になる。


 でも私は生憎その辺りは詳しくない。カジキの方がよっぽど詳しいだろう。



「あー、そうだな。お前さんは顔見りゃわかるんだろ?」



 言われてあの少年の姿が思い浮かぶ。

 全体的に色素が薄くて、無機質ささえ感じる少年。鮮烈な色なんて一つもないのに、妙に覚えてる。出会いの記憶を直接、体全体に叩き込まれたみたいに。



 それを置いておいても、彼の容姿はかなり珍しい。目立つ訳ではない。むしろ、見落としそうになる。なのに、彼に焦点を合わせれば目が離せなくなるくらいに目を引く。



「大丈夫だと思います」



 確証はないけど、出会えばわかる。そんな気がした。

 だから、頷いてみればカジキはにへらっと笑う。三日月みたいに唇を薄く広げたカジキは、身を乗り出してきた。



「なら、俺達はリードしてる。国から教えられたのは、盗まれた物の見た目と小柄って事だけだ。同じく取り返そうとしてる奴らは、盗人の性別も顔もわからない。顔を見たらわかるなら、大きい。小柄なやつなんて山ほどいるし、盗品をぶら下げてる訳もないからな」



 どうやら、あの少年の見た目を知っている人はいないらしい。背丈が似ていて、居た場所で私が確保されたくらいだ。よっぽど上手く逃げたのだろう。


 しかし、察しが良いというか読み取るのが上手いというか何と言うか。私がと言ったのを聞き逃さなかった。そして、そこから思考を伸ばして私が彼の姿を知っている事実に辿り着いた。

 私はどこまで国から情報をもらっているのかわからなかったから、こちらとしても知れたのは有り難い。



「で、検問所までの道だが」



 肉をつまみつつ、その下に敷いている布ごと私の方に少し寄せた。食べていいぞ、という事だろう。有り難く一つとって噛む。濃縮された肉の旨味と塩味を噛み締めながら、話の続きを聞いた。

 カジキは自分の荷物から紙を取り出す。カサカサと音を立てて拡げたそれは地図だった。随分使い込まれているみたいで、紙は日に焼けていたり欠けていたりとする。その地図を指差しながら、カジキは言った。



「途中で街道が途切れる。で、草原が続いて林道や森があるエリアもある」

「森はあまり通りたくないですね」

「それにはまァ同意だ。だから草原を通る。……が」



  腕を組んでカジキは顔を顰めた。



「ここから検問所の間までは、休憩できる小屋も町もない」



 カジキが顔を顰めた理由がわかった。今までこの世界で二〇年生きてきたから、話とかも聞くし多少はわかる。


 草原は小動物に襲われる可能性はあるけど、足元はともかく四方八方の見晴らしが良いから大型な危険生物や、不審人物にいち早く気付ける。ただ、見晴らしが良くて見付けやすいのは相手にとってもで。四方八方、どこからでも襲える訳だ。ビア国は比較的治安の良い方だと思うけど、物取りとかもゼロではないだろうし。お金や食料なんかを奪われたら最悪だ。


 林道は草原よりは見通せない。身を隠したり盾に使えたりってほどでもないけど。あとは、動きづらいから戦いってなったら剣を振り回す時には気をつけなくちゃいけない。


 森は身を隠せるし、もしかしたら小川があったり食べられる物があったりするかもしれない。火の扱いには気をつけないといけないけど、私は主に剣を使うのでそこまでだ。ただ、あちらも身を隠せるし、森に住む動物達は多いから襲ってくる可能性は高い。



「持っていかれるのが一番困る……かなあ」



 「どれが最も安全か」と訊かれたらどれも安全とは言えない。私達に出来る選択は、「どの危険を選ぶか」になる。そう考えた時、一番困るのはやはり盗まれる事だ。撤退を余儀なくされる。


 全部盗まれて、少年にも会えない。

 なんてのは悲惨としか言いようがない。



「……ちなみに、ここから検問所まではどのくらいかかるんですか?」

「今からだと一日、二日くらいだな」



──野宿は確実。夜行性動物の事を考えたら森はやめた方が良さそうだ。

 ああ、もっとサバイバル系のチャンネルを見ておけば良かった。あのでっかいチャンネルの動画とか。



 多少わかってはいても、森や竹林や草原で一晩過ごした事がない身にはそれ以上が浮かばない。サバイバルの動画を見ておけば、もう少し考えが浮かぶのではという後悔はありつつも方針を考えに戻る。



「日中は草原で、夕方からは林道みたいに変える事って出来ますか?」



 辺りが明るい内は見晴らせる草原。

 辺りが暗くなり始めたらそこそこ遮られる林道。



 今私が考えられる一番マシなルートはこの辺りじゃないだろうか。



「ちょっと逸れるが、いける。ありだな。林道に近い道を行くか」



 地図からはわからないが、少し逸れる程度で済む上に林道エリアと草原エリアは隣り合っているらしい。時間帯で切り替えるという案でまとまったので、あと少しだけ休憩したら出発する事になった。





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