「盗んだ物をただちに出すんだ」
「私じゃありません」
衝撃的な出来事から、頭がどうにかなってしまいそうな私に待っていたのは兵士たちとの問答だ。城の方に連行され、一室に閉じ込められた。そこでずっと『兵士に盗んだ物』についてあれこれ言われているが、当然私は窃盗した覚えなんてない。
恐らく──いや、ほぼ間違いなくあの少年だ。
背丈が似ていたし、着地した場所に私がいたから間違えたのだろう。突っ立ってしまった私も悪いけど、兵士達も結構焦ってるっぽかった。かなり重要な物なのだろう。
「王がお呼びだ。そちらの娘も連れて来るようにと」
部屋の扉が開いて、違う兵士がやってきた。まだ誤解が解けていなかったけど、この国の王からの命令だ。
兵士と共に部屋を出て、王様のいる玉座の間へと向かう。疑いは晴れてないけど、犯人とは言い切れないからか何だかんだと、連行されている間そんなに警戒はされていなかった。
国王の前に出された時も、特に刃を向けられたりとか縛られたりとかもない。玉座に座る王も、どことなく困った様子で私を見下ろしていた。
「聞きたい事があるのだが」
「何かを盗んだという疑惑に関してなら、誓って私じゃありません」
もう何度も兵達から聞かれた事だろうと先にはっきりと言っておく。それを聞いた王は特に慌てた様子はなく、否定する様子もない。かといって私が犯人ではない事を肯定する様子もないけど。
「ふむ。聞き及んでいる。ただ、犯人が逃げた場所にいたとの事だが、誰か見たのか聞きたいのだ」
一瞬。言葉を呑み込んだ。
あの少年の事を言うべきか言わざるべきか迷ったのだ。言ったところで疑いが晴れるとは限らないけど、伝えて少しでも疑惑を晴らすべきか。
でも、そうしたら、あの少年に会えなくなるのではないか、と思ってしまった。
あの謎の少年は何かを知っている。私が一番知りたい事に深く関わるだろう何かを。
だから、あの少年にはもう一度接触して話を聞きたいのが本音だ。そんなすぐに捕まるとは思えないけど、叶いづらくはなる。それは困る。
──そもそも、こんなに兵士が動員されたり、王様が来るなんて。一体何を盗まれたんだろう。
「国王陛下。私は何が盗まれたかすら知らないんです。私は……私は、お店巡りをしていただけで」
嘘はつかずに、でも探りながら伝える。少年の事はまだ伝えない。一歩一歩、地面を踏みしめて確かめているような気分になる。上下関係に厳しくない国で良かったとも同時に思った。いくら発言をしても、兵士が口を挟んだり武器を向けて来たりはしないから。
「そなたの言い分はわかった。先程の私の言葉は、そなたを罪人と定め自白を促している訳では無い。ただ……大事な物でな、少しでも情報がほしいのだ」
落ち着いた調子で言う王は、本当にただ情報が知りたいように見えた。それほどまでに大切な物。国宝級の物なのかもしれない。
「……もしかして、国の宝……とかでしょうか?」
思った事を尋ねてみれば、王はしばらく沈黙する。さすがに正直に聞きすぎただろうか、と若干不安になりながらも見ていれば、王は深く息をついた。
「……聖遺物だ」
「聖遺物?」
悩んだ末に話してくれたが、思わぬ単語が出てきた。日常的に聞かない単語でこちらがフリーズしてしまった。国の宝と言われて言ったという事は、国宝なんだろう事だけはわかる。
「毎年、成人の儀で使われるものなのだ。今年はもう使用したが、あれは次の年まで保管しておかねばならんのだ」
今年使用した。成人の儀で。
そう聞いて、頭の中に光景が浮かんだ。成人の儀で王様が中央で杯にお酒を注いで一息で飲んでいた、あの時の光景が。
閉幕のキッカケとなっていたあの時に使用していた杯。あれが『聖遺物』と呼ばれていて、あれを盗まれたんだ。
確かに年代物そうだったし、盗まれてもおかしくはなさそうな品だ。思い返してみれば、少年が抱えていた物も、そんなに大きくはなさそうだった。マニアとかでなくても、欲しがりそうな人はいそうだし。
「
「え……今、なんて」
サラッと言われて、危うく聞き逃しそうになった。あれは、私が見たいと思っていた国で保管されている『古代の遺物』だったんだ。杯は見た事のあるようなデザインではあったけど、私のいた地球にあった物かはさすがにわからない。
それよりも、あの少年が盗んだ事の方が重要な気もする。あんな意味深な発言をしていた。私
──もしかすると、『古代の遺物』が帰るのに必要だったりするのかもしれない。
真相はわからないけど、『古代の遺物』と『謎の少年』が繋がっている。そうなると、やはり私は彼に会ったり他の品を見る必要があるように思えてならなかった。
「近くを通ったか、見かけたか程度でも良い。何か知らぬか?」
その重要性を伝えながら、再度王は問う。
あの少年にもう一度会わないといけないという想いは強まった。でも、ここであらぬ嫌疑をかけられる事も望まない。
「……合っているかはわかりませんが……今日、何かを持って走っていく人なら、見ました」
「なんと! どのような見た目で、どこに行ったのかなどわかるか?」
「それはさすがに……フードを被っていて。すぐにいなくなったので、まだどこかに隠れているかもしれませんが」
どちらに振り切る訳にもいかない私は、濁す形で答える事にした。嘘も少し混じえて。
だからバレやしないかと心臓はバクバクとうるさかったけど。
王は信じてくれたのか──或いはよほど情報がなかったのか──すぐに兵士に言って手配され、私はあっさりと解放された。それほど長い間拘束された訳じゃないから太陽はまだ高い位置にあったけど、お詫びなのか情報提供の謝礼なのか宿の手配までしてくれて、その日の宿泊場所はその宿に決まった。