そうしていると、壇上に数名の兵が上がり始めた。一定の位置についていってる。もうすぐ始まるのかなと思っていると壇上に男女が上がった。身綺麗にしていて、装飾品をいくつも着けてるけど華美すぎない。上品だけど、でも親しみやすさもある。
なんだろう、雰囲気かな。どことなく穏やかな感じがする。
「王と王妃だ」
近くから──クライトさんから声が聞こえた。
あそこに立っているのが、この国の王様と王妃様。国からの遣いで直接関わりのあるクライトさんが言うのだから間違いないだろう。
「礼とか何かした方がいいのかしら」
ぽつりとアイリスが言った言葉にはっとする。王様への挨拶なんて前世でも今世でも馴染みがないんだが。偉い人に対しての礼なんて今世で習っていない。傍らのアイリスも戸惑っている。
すると、王様は咳払いしてから言った。
「我が国の若人たちよ、成人おめでとう。これより、成人の儀を行う」
王様の開幕の言葉で、始まった成人の儀は滞りなく行われた。
成人の儀の内容は端的に言うと、王様からの言葉を聞きながら飲み食いする──という公民館とかで行われる成人式と学校とかで行われる成人式が混ざったような感じだった。この国で一番偉い人達の前ではあるけど、国民性からかゆるめだ。お陰でこっちも緊張せずに済んだけど。
祝いの言葉と共に、成人してから出来る事や、職など簡単に話された。
大体そういった話をされた後。
会場の中央に王様と一人の男性がやってきて。傍らに立つその男性が布に包みまれたものを中央のテーブルに置いた。静かに包んである布をとる。
──あれは……なんだろう、杯? ずいぶん古そうなのに、綺麗
表面には幾何学的な紋様はあるみたいだけど、ところどころ欠けてる。汚れもあるし。でもそうじゃないところとかは輝いてて、綺麗だ。
王様は濁りや色のないお酒を、その杯に注いだ。そして、その杯を天高く掲げる。
「君たちの今後に、祝福があらん事を」
そう言い放って、無色透明な酒を
──それが閉幕の合図だったみたいで、終わるや直ぐに杯は片付けられ、王様達も立ち去ってしまった。兵士はまだ会場内に残っているし、料理やテーブルはまだ置きっぱなしみたいだけど。退場は促されないし、あとは自由に過ごしてよさそう。
杯は目を引いたけど、儀式めいた事はなかった。ビア国らしい、のんびりゆるい感じが強調された感じだったなあ。
「イルベリ、ちょっと話が聞こえてきたんだけど……成人の儀が終わったらお祝いに少し何かもらえるみたい」
「え。そうなの?」
「部屋を出たら誘導されるって。お金だったら助かるし、わたしは行くけどイルベリはまだいるの?」
こっそりアイリスが良いことを教えてくれたので、私もそろそろ会場を出る事にした。
一緒に会場の出入り口へと向かおうとしたけど、アイリスが足を止めている。クライトさんを見ていた。そうだ、クライトさんもそろそろ自国に帰るだろうし、会えるのは今日だけかも。
「あの……アドバイスとかもらえたりしますか?」
アイリスが期待のこもった目でクライトさんを見る。成人の儀を終えて正式に成人としてこれからを過ごす。その旅路とも言える今後に、何か言葉をもらえたらと。
なんか投げ銭機能でメッセージもらうアレ感があるなあ、と思っていたらクライトさんと目が合った。
「死なない事。それだけだ」
短い助言。でも、私には自分の中に重く沈みこむ言葉だった。
道中でのことが頭に浮かんで、深く頷いて出入り口に向かった。
「成人おめでとう」
背中にクライトさんの声が届く。振り返ってお礼を言うのは違う気がしたので、そのまま大広間を出た。
部屋から出ると兵士に別室を示されて、入るとそこにいた兵士に宿にして三日分の宿泊代と、各々の魔石タイプに対応した小さな魔石が中央にある花の模したブローチをもらった。魔石はついているけど、大きさからして私だったらせいぜいマッチ程度の火をつけられるくらいだろう。
お祝いの品ももらったので、お城から出るとアイリスが数歩前に出て、振り向いて私を見た。
「イルベリは今日はこの後どうするの?」
「実はお城の中に用があるんだけど……」
例の手がかり『古代の遺物』が見れるようなら見たいけど、成人の儀の後片付けとかで中はバタつきそうだ。そうなったら、中でうろつくのも悪い。
門番をしていた兵曰く、成人の儀の前後は一般開放をやめているようだから明日までは入れなさそう。宿泊費として使えるお金はお祝いでもらえたから、待ってもいいかな。
「一緒に出てきちゃったわね。それなら戻る?」
「あ、ううん。明後日にでも来ようかなって思ってるから」
「そう。結局、イルベリは移住はしないのよね?」
やりたい事があるから、しばらくは近辺にいるだろう事は確定ではあるけど移住はやっぱり今は考えてない。
そうなると、アイリスとはなかなか会えなくなる。会ってから数日ではあるけど仲良くなれたし、アイリスも寂しく思ってくれているのかもしれない。
「うん、残念ながら」
「わたしは、これから働く場所をあちこち見て回って……気になるところはすぐに聞いてみるつもり」
「そっか」
時間もあるし、探すの手伝おうかなとか思ったりもしたけど、すぐに応募とかってなったら邪魔になりそうだ。まだ滞在してはいるけど、アイリスとはここでお別れかな。
「じゃあ……元気でね。また会おう」
「ええ! きっと華やかなところで働いてるから王都から出る時には声をかけてね」
笑顔を見せてアイリスは駆けていった。