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4-1






 昨日、一般人の入場は出来なかった城内は予定通り開放されていた。参加者は集まって入るわけじゃなくて、自由入場なので私も好きなタイミングで中に入った。城門で番をしている兵に何か聞かれたりとかかも特にない。

 城内は案内とかはなかったけど、花で飾りつけがされていて成人を祝福してくれているのが伝わってきて少し嬉しくなった。



「あっ、アイリス~!」



 地元ファヌエルを出立してから今日までに知り合って仲良くなった女の子──アイリスの姿を見付けて手を振った。呼ばれてこちらに気付いたアイリスは、振り向いて私を見ると微笑んで歩み寄ってくる。



「おはよう、イルベリ。いよいよね」

「おはよう。いよいよだね~。アイリスは成人の儀が終わったらすぐに移住の準備するの?」



 上京を主な目的としているアイリスからしたら、成人の儀の終了こそが始まりだろう。昨日会ったときは買い物を楽しんでいたみたいだけど。



「そうねぇ。家は借りられたから……働く場所を探さないと」



 どうやら、あれから住み家は見付かったらしい。既に荷物はたくさんある状況だったから良かった。まだ働き先は見付けていないみたいだけど、何だかんだ順調そうだ。


 ──そんな雑談をしながら、一つの部屋に入った。

 その部屋は大広間だった。テーブルが並んでいて、テーブルの上には料理が置かれている。貴族のパーティのようなものではなくて、もっと庶民的で。すごい華やかという訳ではないけど、パッと食べやすそうだし美味しそうだ。華美ではないだけで、綺麗に皿に置かれている。



「アイリス、もう食べてもいいと思う?」



 ちょっと食べたい。手で口とアイリスの耳を隠しながら耳打ちして聞いてみる。



「いいんじゃないかしら? 既にもう食べてるみたいよ?」



 アイリスが会場内を指差す。確かに、ちらほらと食べている人の姿が見える。儀式と言っても厳かなものではなさそうだからか、みんな自由に過ごしているようだった。


 成人の儀はどのように執り行われるのかわからないけど、まだ始まりそうな気配もないし私も食べよう。今回はちゃんと朝食を取ってきてから臨んでるから、あまり大量には食べられないけど。特に気になるものを重点的にとっていく事にした。



「あら? あれってクライト様じゃない?」

「ふふぁいと?」



 少しずつ、用意された料理を堪能しているとアイリスに聞かれて料理たちから視線を外す。アイリスを見れば、どこかを見ていた。視線の先を見てみると、奥の壇上の傍らに人が立っている。



──あれは……昨日見た騎士?



 そこにいたのは昨日見かけた騎士の女性だ。黒い髪の毛先に赤色がグラデーションで入っていて目を引く。でも、昨日とは格好が違う。鎧やマントがない。軽装だ。腰に剣を差してはいるようだけど。


 壇上で話をするとかではないのかな?

 今日は公務ではない──プライベートとして立っているのだろう。騎士として参加する訳にもいかないだろうし、それもそうか。昨日来た訳だし、せっかくだからと王家に誘われたのかも。


 居る理由はそうだとして、しかし。周りを見てみれば。チラチラと彼女を見ている気がする。他国の騎士だけど、アイリスも知っているみたいだしそんなに有名な人なんだろうか。



「知ってるの?」

「もちろんよ! クライト・カリル。ブラックバーン国の騎士団長で、度々この国に訪れてるみたい」

「騎士団長なんだ」



 あの人がブラックバーン国の騎士団の団長。隊長どころか騎士団長クラスの大物だった。それなら有名なのも納得だ。



「一人みたいだし、声かけてみる?」

「え? いいのかな。邪魔になったりしない?」

「仕事中じゃなさそうだし、邪魔にならないように少しだけよ。話せるまたとない機会なんだから、話したいわ!」



 アイリスは彼女と話したいらしい。純粋に憧憬の気持ちでも持っているのか、アイリスはすごい興奮しているけど抑えられなさそうだ。ぐいぐいと引っ張られていく。ファンみたいな感じかな。少しだけみたいだし、付き合う事にした。



「こ、こんにちは、調子はどうですか?」



 近くまで来たアイリスが上擦った声で無難に話しかける。声をかけられた事でクライト騎士団長さんはこちらを見て一礼した。



──おぉ……。



 思わず感嘆の声が口から出そうになって心の中で留める。

 慇懃な態度で応えてくれたクライトさんは、中性的な顔立ちで、かつ大人っぽい。服は肌の露出が抑えられている上にある程度体の線が隠れているんだけど、関節部分とかはちょうど重なる切れ目だったりして動きやすそう。


 立ち振る舞いも騎士団長という騎士のトップに立つに相応しいし、風格がある。これは周囲の視線も納得。私から見てもカッコいい。



「何か困り事だろうか」



 クライトさんは一礼の後、落ち着いた声調でそう言った。アイリスは憧れの相手から返事をもらって慌てている。



「そういう訳じゃないんですけど、まだ始まらないので何かお話でもって思って」

「ああ……そうか。あまり話のタネは持ち合わせていないが、それでいいのなら私は構わない」



 承諾を得られるとアイリスの表情がパッと華やいだ。どうしよう、と言いたげにこちらを見上げている。良かったね、と微笑ましい気持ちで私は視線を返した。



「えっと、普段は何をしているんですか?」

「普段か……普段は鍛錬をしている事が多い」



 そのまま二人が会話を始めた。質疑応答って感じでテンポは良くはないけど。私は入らないようにして、適当に近くの物を摘んで会話が終わるのを待つ事にした。



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