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 雨が止んだ夕方頃、町に着いた。


 結局、あの人を捨て置けず一緒に乗って、町まで来た。馬車の中に人はあの場所に置いておくしかなかったが。町に着くや兵士と御者が二人がかりで男性を連れていったのを見送った。あの人は、しばらくしたら死んでしまうだろう。

 でも、これがこの世界の常識だ。



 現代なら助かるだろう怪我も、ここでは助からない。

 大きな怪我をしない。傷になるようなものは特に。自然とみんなが頭に入れている事だ。


 だからみんな、魔石を手放さないようにしたり、剣や槍など武器を学んでいたりする。かくいう私も昔から剣を習っていて、戦いが問題ないくらいには使える。怪我の原因として一番多いのは人や獣との戦闘だから。



 ──でもそれは、日常的にそこまでいらなかった心配だ。

 事件や事故まみれな訳ではないが、事件や事故がない訳でもなかった日本は、それでも安全だった。少なくとも、この世界よりずっと。



「……帰りたい」



 もちろん、この世界にも良いところはたくさんある。でも、帰れる事なら帰りたい。安全性や娯楽だけじゃなく、家族の事も気になる。


 でも。転生してしまったなら、もう戻れないのだろうか。一応子供の頃に何かないか探してみたけど、ろくな情報が見つからなかった。というより、あの町周辺で手に入れられる情報なんて、たかが知れているのだ。前例だってない。


 だから、あれ以降切り替えようとしていた。



 だけど。

 目の前でああいうのを見る事になると──どうしても、帰りたい気持ちが強くなる。



 ここはどうしようもなく現実で。ゲームやマンガのようにはいかない。

 成人して、せっかく王都付近まで来たのなら。地方と比べ給金の高そうな王都付近で職について、情報を集めるのも手かな、と思い始めた。でも、何ひとつ情報がないから思い切って舵を振り切ろうにも、二の足を踏んでしまう。



──すぐに帰る予定だったけど、王都で情報を集めてからにしようかな。



 せっかく王都に行けるのだ。半ば諦め気味だったが、王都に情報があるかもしれないし探すだけ探してみよう。もしかしたら思いがけず何か情報を得られるかもしれないし。



 王都での予定を今日立てた私は宿をとった。着いた町は小さな町で、宿は少なかったけど今回は無事に一部屋確保できた。宿の中には食事するところはなかったので、適当に酒場に入る。小さな町だったが、酒場は広く仕事を終えたらしい人々で賑わっていた。仕事終わりに酒を飲んで発散するのはどこも同じなんだなあ、とこういう場面を見ると思う。

 お酒は解禁されている年齢としなので、私も飲もうかと思ったが明日の事を考えてやめておいた。



「はあぁ~……。嫌になんなぁ、世の中」



 すぐ近くから聞こえた言葉にドキリとする。私が思っていたような事だったから。


 声の主は隣のテーブルの人だった。

 私が転生する前──前世の年齢に近そうな男の人だ。もう少し上かも。うなじまである茶髪は不潔ではないが、ボサッとはしてる。顎髭が生えてるけど、短い。顔立ちはこの辺りじゃない。なんだろう、日本人みたいな顔立ちで親近感があるかも。


 今までアジア系の顔の人はいなかったし、年も近そうだしで一方的に親しみを持っていると、目が合った。



「ぼやきが聞こえちまったか? 悪いな」

「いえ。今日、ちょっと嫌なものを見てしまったから、共感しちゃって」

「嫌なもの?」



 話しかけられて、少しだけ迷ったけど正直に今日見た光景を話した。ジョッキを片手に、グビグビ酒を飲みながら男性は話を聞いていて、聞き終わると覚えがありそうな微妙な顔をする。



「……という訳で。あの後は、多分……」

「あ~……まあ、ある事とはいえ、やるせないよなあ」



 普通にある事。だからといって何も思わない訳じゃない。

 そんな、私と同じような気持ちなのか。ただ共感を口にしているだけなのか。わからないけど、話して受け入れてもらえた事でなんだか心が少し軽くなった気がする。



「あ、そうだ。私、イルベリっていいます」



 軽くなった事もあって、自己紹介を忘れていたので名前を伝えると、男の人は眉を上げたあと、口元を緩める。



「そりゃご丁寧にドーモ。俺はカジキだ」



──カジキ。名前まで日本人っぽい。



「普段は王都とかで依頼とか受けてる」

「依頼……ですか?」

「戦う便利屋って感じのやつだ。ご用命あれば引っ張っていかれるんで、ぜひどうぞ。お嬢ちゃん」



 金さえ払ってもらえればだが、と忘れずにカジキさんは付け足した。フリーでやっているのか、組織でやってるのか。ともかく、彼は王都辺りで依頼を受けているらしい。


 今のところ依頼をする予定はないけど、機会があれば頼んでみてもいいかもしれない。金額がわからないのが怖いところだけど。



「この辺りに拠点があるんですか?」

「んあ? いやいや。一応王都でやらせてもらってますよっと。ここには依頼で来ただけ。……で、終わったから一杯引っ掛けてる」

「なるほど……」



 仕事終わりの一杯だったか。

 普段は王都にいるみたいだし、近い内にまた会うかもしれない。そう思いながら、食事を終えた私は宿に戻る事にした。


 ──明日はいよいよ、王都だ。




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