目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
2-1









「よく寝た。天気は……いまひとつだけど」



 昨日はアイリスのお陰でベッドで眠る事が出来た。馬車での移動が主だったけど、移動で疲れていた体からはすっかり疲れがとれている。また今日も移動がありはするけど、残らないならそれに越したことはない。


 昨日泊めてくれたアイリスにお礼をもう一度お礼を言って──アイリスからもお礼を言われて、二人してお礼を言い合う事になった──用意されていた馬車に乗り込んだ。

 次は大きな馬車だし、人も最初より大分増えたからアイリスの近くに行く事は出来なかった。残念だけど、仕方がない。



 ──今日の天気は曇り空。それも暗く重い。雨が降りそうで降らなさそう。御者の人も雨が降ることを心配してか、急ぎ気味な気がした。もしかしたら、次の町で今日は終わるかもしれない。さすがに、大雨とか降ったら突っ切れないだろうし。


 そんな風に考えていたら。

 まるで私の嫌な想像をなぞるように、にわかに雨が降り始め、あっという間に土砂降りになった。想像よりも最悪なのは、まだまだ町につくような距離ではないという事だ。



「うわっ、道がガタガタだ」

「全然道が見えない」



 雨で地面が濡れ始めたみたいでへこんでいたり、雨で遠くが見えないでいる。みんな焦った声だ。

 でも町までまだ時間がかかるなら、停車している訳にもいかない。


 馬車は多くの人を乗せられるように荷馬車が使われているから、全員が十分に寝られるスペースはないし、食料が積み込まれていたりもしない。雨が止むかマシになるまで寄せておける場所もない。そのため馬車は走り続けている。

 が。身を預けている乗客である私達は気が気じゃない。ちょっとした事でも何か起こると不安げな声が聞こえてくる。



 だけど、私達に出来る事はない。

 これ以上悪い事が起きないように願う事くらいか。



「うわっ!」



 不意に。

 馬車が大きく揺れた。馬車が傾いて、そのまま止まってる。



「止まった……?」



 止まったまま馬車は動かない。前の方を見てみれば御者が降りたのが見えた。



「ああ、クソッ」



 そう時間も経たずに御者の焦った声が聞こえた。他の子達が身を乗り出して様子を見てる。私も後ろから覗き込んだ。

 雨のせいで見えづらいけど、車輪を見ているようだった。泥濘ぬかるんだ地面のせいで車輪がハマってしまったのかもしれない。



「悪いが、全員一旦降りてくれるか」



 御者にそう声をかけられて、馬車から降りる。雨は当たるけど気温は低くないからか、そんなに冷たく感じない。ただ長時間雨に濡れたら、拭く物もないし風邪を引きそうだ。それを忌避してか、雨宿りが出来るものがないか辺りを見回している子もいた。


 私はというと、御者と御者台から先に降りていた兵士の視線の先を見てみる。やっぱり片輪が地面に少し沈んでいた。



「やるぞ」



 兵士と御者が力を合わせて馬車を押す。

 乗客全員は降りたけど、大型の馬車は二人で後ろから押しても動きはするが上手くまだ安全な地面に乗り上げてくれないようだ。地面の泥濘ぬかるみ具合だけでなく、木材が水分を吸ってしまっているのも大きいだろう。



「ダメか。結構雨の中走ったからな……。馬を走らせてみるから、悪いがみんなで押してみてくれ」



 そう言って、御者が前の方に走っていったのが見えた。乗客数は多いし、全員でなら可能性はありそうだ。

 誰も文句を言わず、ぞろぞろと馬車の後ろへとつき始めた。私も手をついて、力を入れる。壁を押しているような気分になる。


 みんなで押したら、何とか乗り上げてくれた。人手が多いお陰だなあ。

 手が汚れた人は、水の魔石を扱える人に手を洗わせてもらっていたが、これ以上雨に当たらないようにと、さっさと乗っていった。



 ちょっとしたトラブルがありはしたが、みんなで切り抜ける事が出来た。雨のせいで、まだまだ地面は濡れてドロドロになっているところもあるからか、最初よりスピードが上がっている気がする。さすがにちょっと怖い。



「ちょっと飛ばしすぎ──ぅわ!」



 勢いよく走っていた馬車が、急に止まった。前につんのめった私は馬車の前の方を見る。御者が手綱を握ったまま何かを見ている。兵士が降りたのが見えた。


 何かがあったのは明らかだけど、天気と人で見えない。人波を掻き分けて御者台の方に向かい、何があったのか覗いた。


 そこには、道の真ん中で横転している馬車があった。



 兵士が座っていた方から出て、馬車から飛び降りる。馬車の方まで寄ってみると、兵士がしゃがんで馬車の中を見ていた。

 馬車は人を乗せて走るような小さなもので、どこかの国の紋章があったりもしない。要人や参加者とかではなく、ただ移動していた馬車のようだった。



「た……たすけてくれ」



 絞り出すようなかすれた声。

 雨音に混じって聞こえたような気がして、馬車の裏の方に回ってみる。


 男の人が馬車を背もたれにして座り込んでいた。その座っている部分には雨と混ざった血が──赤い水たまりが出来ていた。



「足を怪我しているんだ……薬草か何か持っていないか?」



 薬草は飲んだり、軟膏にしたりして患部に塗ったりするようなものだ。薬草に特別な力なんてものはなく、止血したり治すのを早めたりするもの。せいぜい擦り傷や軽度の切り傷なんかに使う物だ。



──剣の練習で出来た傷なんかに塗るために、一応小さいものは携帯してる。携帯してる、けど。



 彼の傷はそんなもので治るようなものじゃない。

 足を引きずったのか地面に跡が残ってる。歩いたり立ったりが出来ないくらいの傷を負っているという事だ。



 ──この世界には治癒魔法なんて存在しない。

 医療技術は手術レベルのものはないし、薬なんてのは薬草とかで。ゲームでいう薬草とかポーションとかが店にあるだけ。


 大怪我なんてすれば、そこで終わり。助からない。


 今、目の前にいるのは──そういう人だ。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?