「本当にありがとう!」
「いいのよ。お礼を言いたいのはこっちの方だから。一部屋にベッドは二つあるし」
思わぬところで宿を確保できた。まさに天の助けだ。
連れてきてもらった宿は、馬車が停車した馬車の近くだった。豪華ではないけど、大きめな宿だった。宿の一階には食事が出来るところ──と言ってもレストランみたいな感じではなくて、酒場みたいな感じ──もある。成人式の参加者らしき子達もあちこちで見つけた。馬車から近いし、ここの宿をとった子が多いのかも。
私と、声をかけてくれた子が泊まる部屋は二階の突き当たりにある部屋だ。早速部屋に招いてもらった私はありがたくベッドの一つに寝転ばせてもらった。疲れをベッドが吸い取ってくれているみたい。離れたくない。
「そうだ。わたしはアイリス。あなたは?」
「私はイルベリ。よろしく、アイリス」
名乗ってくれたアイリスに、その場に座ってから私も名前を伝える。お互いに名前を知ったところで、アイリスは身を乗り出した。
「ねえ、王都で成人の儀を終えたらあなたは何をするの?」
「何って……お土産買って帰るけど」
「……それだけ?」
正直に答えると、アイリスは目を丸くして首を傾げた。もっと、とんでもない答えを期待していたのかな。残念ながら、期待には応えられないのでそれ以上の事は何も言えない。
前屈みになっていた彼女は、後ろへと体を少し倒した。不興を買ったという程ではなさそうだけど、でもちょっとつまらなさそうだ。
だけど、少ししてから欠けた月みたいに笑った。どことなく楽しそう。
「わたしはね、これを機に王都で暮らすの」
そう嬉しそうにアイリスは言った。
会ったのは今日が初めてだけど、ファヌエル発の馬車の時にいた子。ファヌエルは結構地方寄りだから、いわば上京のようなものだろう。田舎から都会に出る時の未来へのワクワク感が全面に出てるから、やむを得ず王都に移住するといった感じではないのは明らかだ。
だから、私も同じ上京組じゃないかと思って聞いたのだろう。それで私が同志じゃないから残念そうだった訳だ。
「そっか。私は移住はしないけど……観光はしようと思ってるの。楽しみだね、王都」
「そうよね。新しい物もたくさんあるし、王都にしかない物とかもあるし。虫や獣とも無縁そうだわ」
大陸の端の方にあるファヌエルには王都の情報なんて、ほとんど届かない。風の噂だったり、よそから来た人から聞くくらい。大元の情報源がそんななので、想像が膨らんで、それを他の子と話して、広まってたりする。だから、実際の王都がどんなものかはわからない。だからこそ私は楽しみでもあるんだけど。アイリスは周りの噂とかを聞いて、王都に憧れているみたい。アイリスの言っているような王都なんだろうか。
何にしても、王都に着くのが楽しみな気持ちは私も同じだ。
「そういえば、あなた魔石は?」
「持ってるよ。私のは火」
服の下に手を入れて、行く時に母に渡されたペンダント状のそれを見せる。赤いエネルギーを燻らせる魔石をアイリスはまじまじと見たあと、ポケットに手を入れた。アイリスが手を開くと、指輪が一つあった。
指輪には石がついている。石の内側は黄色に近い緑色を帯びていた。どことなく爽やかな感じがする気がする。多分これは風の魔石だ。
「……風?」
「そうよ! あまり大きな力は引き出せないから、大した魔晶術は使えないんだけど、風の刃で少し切るとか、風を吹かせるくらいなら出来るわ」
──魔晶術。
この世界に浸透している魔石は、属性みたいなものを帯びている。パワーが内側にあるみたい。それは私が暮らしていた現代でも聞くような話に似ている。鉱石には力があるとか。自然の中に長くあった事で力が宿ってるとかなんとか。そうだ、パワーストーンが近いかも。
パワーストーンも持ち主に共鳴するとか何とからしいけど、魔石もそんな感じだ。
この世界を生きる人類は魔石と共鳴する力が強い。石の中にある力を引き出して自然現象を起こす事が出来る。その現象の事を『魔晶術』と呼ぶ。私も一応使える。
自然現象と言っても、魔法の高位とかにあるようなド派手な事は出来ないっぽいけど。なんだか、そこだけ妙に現実的だ。
「でも、魔石対応タイプが火なら、日常的に使えるし働き先も多くて便利そうね」
魔石の属性はいくつかある。『火』と『風』の他にも『水』『氷』『雷』の全部で五属性だ。
そして、共鳴できる属性の事を魔石対応タイプと呼んでいる。基本的に、共鳴できるのは一人一属性らしい。生まれ持ったものだから、後から変えるとかも出来ない。
大体の魔石の概要はそんなところだ。
生まれた時から魔石と魔晶術があって馴染んでいたから、ここまでの過程で学んだけど、思ったよりはすんなりと覚えられたんだよね。完全に耳慣れない感じじゃなかったから。ゲームやマンガで今までに聞いたような物とかだったから受け入れやすかった。
それに、アイリスの言う通り私の魔石対応タイプ『火』は日常的に使うから、余計にだ。
「そうだね。料理の時が多いけど」
火を起こすのにちょっと呼ばれたり、なんてよくあった。料理と聞いて、思い浮かべたのかアイリスはくすくすと笑う。
──この世界にとっての他愛もない話で今日は埋められそうだな、なんて。その笑顔を見て思うのだった。