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 成人の儀と一言で言っても、なかなか大変だ。遠くまで出かけられるこの機に、色々と見て回ったりしたいんだけど。次の馬車があるって事を考えると、それがなかなか出来ないのが難しいところだ。



 ふと。

 頭にスローライフ的なファヌエルでの光景が浮かぶ。だけど、それを覆い尽くすように電子機器が、動画が、マンガが浮かんだ。



 ──私は娯楽に飢えていた。すごく。



 スマホ一台で簡単に見れる娯楽の数々は今は一つも見れていない。もちろん本とかならばあるし、娯楽小説くらいなら、なくはない。ただあの町ファヌエルにはなかった。

 のんびりとした暮らしをするのは悪くないし、慌ただしくストレス満載な社会人生活に戻りたいかと言うとそういう訳じゃない。


 だが、疲れて帰ってきて、適当な食事をしながら、動画配信サイトにあげられている動画をボーっと見る時間。あれはあれで好きだったのだ。


 だけど、今はそれがない。ならせめて、他の娯楽がほしい。

 だから、王都なり何なりを見て回って新しい何かを見つけられたらなあとか、そんな思惑があるのだ。



「よし、結構集まってきたな。──みなさん、乗ってください」



 声が聞こえてきて、声のした方を見た。一緒に乗ってきていた兵士の人だ。いつの間にか参加者が集まってきている。見覚えのない子もちらほら見えた。この町の子だろう。どんどん馬車に乗っていく人波の方へ、私も慌てて入っていった。また出入り口近くを確保する事に成功して、馬車は動き始めた。



 長い長い時間。

 景色がただ流れて、元気な子達の会話が聞こえる時間。

 そんな時間がしばらく。本当にしばらく続いて。馬車は止まった。馬車は何かに襲われる事もなく、馬車や馬を含めてみんな無事である。



「かっ、体が……」



 五体満足なんだけど、長時間同じ姿勢だったせいで、背中やらお尻やらが痛い。詰められているから寝転んだり、無闇に体を動かせなかったから余計にだ。


 一つ目の町とは違い、ゆっくりと馬車から降りたけど、町の方から目に飛び込んできた。

 多くの建物が並び、窓からは光が漏れて街を照らしている。一日の終わりも近付いて来ているというのに、多くの人が行き交っていた。人影が重なり合っているが、それを覆う光が薄めている。



「わぁ……」



 ファヌエルではまず見ない光景に、感嘆の声が漏れる。心臓が嬉しげに脈打っていた。今日の馬車はもう終わりなので、明日に備えて宿──に直行するのはもったいない。町を見て回ろう。体の痛みを忘れて、弾むような足取りで町を駆けた。



 最初の町も、それなりに栄えているような感じだったけど、この町はそれ以上だった。観光地みたいな感じではなくて、商売に全振りって感じだ。どこもかしこも、お店だらけだ。

 色んな地域から物が集まっているみたいで、見たことがない物がたくさんあった。服なんかも、色んな種類がある。そして、それらを求めて色んな人が買いに来ているみたいだった。


 お土産屋さんが町規模になった──そんな印象だ。



「王都もいいけど、お土産はここにしようかな? 雑貨とかもいいなあ」



 雑貨やアクセサリーなんかは、特に多様で、見ているだけで面白い。値段もピンからキリまでで、ぎょっとする値段の物もあった。帰りもこの町に寄るだろうし、お土産はこの町で買おう。


 お土産の購入は帰りにするとして、今度は今夜泊まる宿探しだ。とりあえず見かけた宿に入ってみた。



「満室……ですか」

「そうなの。この時期はねー、どうしても多いから」



 どうやら、馬車で疲れたのだろう子達は先に宿をとったらしい。それに、この賑わいだ。私達のような成人の儀の参加者以外の人達も宿泊のため、宿をとっているのだろう。しかも成人の儀が近いから、早めにとっているのかもしれない。


 と言っても、だからこそ町の人達は宿屋も多くあるみたいで。他にも宿屋はあったので、他の宿屋でも部屋がないか聞いて回ってみた。が。



「あ、甘く見てたぁ~……」



 満室の連続だった。ちょっと町を見て回った程度でそんなに埋まるとは。

 一応空いているところも無くはないけど。そこは多分この町で一番高い宿で、お土産代とか食事代とかで持ってきたお金が全部吹っ飛ぶ金額だったのでパスするしかなかった。



「あ、ここにいたのね」

「え?」



 女性がこちらに歩み寄ってきて、片手を差し出した。そこにはお金を入れる程度の大きさの袋があった。



「ありがとう。結局使わなかったから」

「ああ、あの時の。返しに来てくれたんだ」



 声をかけてきたのは、車酔いしていた子だった。捨てても良かったのに、わざわざ私を探して返しに来てくれたらしい。受け取って、中にお金を戻した。人もまだたくさんいるし、スリに遭わないように素早くお金を入れて、しまいこむ。女性は返却をしたけど、どこにもいかずにまだそこに立っていて、私を見ていた。



「なんだか落ち込んでいたみたいだけど……何かあったの?」



 宿が見つからなくて困っていた私の事も見ていたらしい。気遣わしげな目が向けられている。



「あーえっと……宿がどこも満室で。まあ、どこか良いところ見つけて野宿かなあって状態になっていたところ」



 自分の見通しの甘さを伝える事になるので、ちょっと悩んだけど正直に話す事にした。野宿は今視野に入れたところだけど。



「それなら……一緒に泊まる?」




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